とある小学校の『お悩み相談チャット』に寄せられた悩みが酷すぎる件

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お悩み相談

 僕の勤める小学校で、児童が自分の悩みを匿名で相談できるチャットサービスの運用が始まった。その日の担当となった教師が昼休みの時間限定で、児童からの相談を受け付けるというやり方だ。


「さて、始めるか〜」


 職員室にて。僕は12時のチャイムが鳴ると同時、チャットサービスと繋がったノートパソコンの前に腰を下ろす。そう、今日は僕の担当の日だった。


 匿名とはいえ先生に悩みを相談したい子はいないんじゃないかと思っていたのだが、意外なことに相談は盛況らしく、始まって間もない物珍しさもあってか、昨日は1時間で8人もの相談があったらしい。


 一応、一人相談に乗るごとに特殊勤務手当を申請できるので、タダ働きというわけではないらしい。一人100円という子供のお小遣いみたいな金額ではあるが、残業代すら出ないのが教師というモノであるため、タダ働きでない事は評価したい所だ。


 なんて事を考えていると『ピコン』というお悩み相談チャットルームへの入室を知らせる電子音が響く。


 僕は急ぎパソコンへと視線を向け、チャットルームの画面を開く。



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【ゲストさんが入室しました】


 そんな表示がチャット画面の1行目に表示されている。ゲストとはつまり、悩み相談に訪れた児童のことだ。


...入力中... という表記が画面に現れ、自動からのメッセージが表示される。


≪こんにちは......≫


 それに対し、僕は返事を打ち込み送信した。


『こんにちは〜』


『悩み事の相談でよかった?』


 それ以外無いだろとは思うのだが、つい間を持たせるためにそう聞く。返事はすぐにあった。


≪はい≫


≪私の悩みは、夜怖くて一人でトイレに行けないことです≫


『......なるほど!』


 可愛らしい悩みに、思わず顔がほころぶ。何年生の子かは分からないが、これは恥ずかしくて匿名でしか相談しづらいだろう。

 僕は少し考えて、返信をする。


『実は先生も、小学生の頃はそうだったよ』


≪先生もですか?≫


『うん。でも大きくなれば絶対、自然に怖くなくなるよ』


≪本当ですか?≫


『うん! これは僕の体験談だから、信じて大丈夫!』


≪......はい!≫


≪相談して気が楽になりました≫


≪ありがとうございます!≫


【ゲストさんが退室 しました】


────────────────────────


「ふぅ」


『ゲストさん』が抜けたチャットルームを眺めつつ、僕は安堵のため息を漏らした。


 初めてにしてはうまく行った気がするぞ。僕はやや満足げにチャットルームを閉じようとする。すると、ピコンという入室を知らせる音がまた響いた。僕は画面に視線を向ける。別人が入室したようだ。


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【ゲストさんが入室しました】


≪こんにちは。五年生の男子です≫


『こんにちは〜』


≪今日は匿名で、プライバシーを守れると聞いたので、相談したい内容があります≫


『どうぞどうぞ』


≪あれは、今から一週間ほど前の話です≫


『うん』


≪日曜日、ぼくは山田(仮名)、佐藤(仮名)、宮野(和也)の4人で、遊園地に行きました≫


『よく見たら宮野和也くんのプライバシー丸出しだよ?』


≪その日はみんなでジェットコースターに乗ったり、ゴーカートに乗ったり、ご飯を食べたり、すごく楽しかったです≫


『それは良かったです』


≪しかし、惨劇は突然訪れました≫


『急に不穏だ』


≪友達の一人がばけ屋敷に行こうと言い出したのです≫


『おばけ屋敷のこと?』


≪はい。僕は「ばけ」が嫌いなので、敬称の「お」はつけません≫


『思想強くない?』


≪犯罪者にさん付けしないのと同じですね(笑)≫


『その例えに対して『そうだね』とは言えないよ』


≪僕はばけが嫌いだと絶対バレたくなかったので、仕方なくばけ屋敷に入りました≫


『恥ずかしいもんね』


≪心臓が不規則に脈打ちます≫


『怖いよね』


≪まるで、メトロノームのように≫


『メトロノームは規則的だよ』


≪ばけ屋敷に入ると早速、ばけこうが大きな音を立てるなどの嫌がらせをして来ました≫


『ばけ公って言葉は聞いたことないね』


≪予想していた通りと言うべきでしょうか。残念ながら、僕は驚いてしまいました。とはいえ、しかし、それはなんら恥ずべき行動ではありませんでした。なぜなら、突然予想外の方向から大きな音がすれば、体が自分の意思とは無関係に、勝手に反応するのは人間として当然、むしろ危険から身も守るための素晴らしくて、そして当たり前の反射現象です。こんな道理は猿でもわかりますよね?≫


『急にめっちゃ喋るじゃん』


≪僕はばけ屋敷を歩く間、終始嫌な気持ちで時間を過ごしましたとさ≫


『昔話?』


≪あと、ばけの話題になった時、必ず一人は『本当に怖いのは人間』とかしょーもないことを言う人がいますが、絶対にばけの方が怖いです≫


『うん』


≪そういうくだらん事を言う人は、ぼくがみんな殺したるわ≫


『謎に関西弁』


≪死者が生き返ることなどあり得ないのだと、その身に刻んでやりたいです≫


『今の君、ばけより怖いよ』


≪そこで相談です。私のばけ嫌いは、キチンと治りますか?≫


『ちゃんと本題に戻ってきてえらい』


≪どうもです≫


『おばけ嫌いは大人になったら治るよ。これは僕の実体験だから信じて』


≪それを聞いて安心しました≫


≪ありがとうございます!≫


【ゲストさんが退室 しました】


────────────────────────


「長々話したけど、回答は一つ目の悩みとほぼ変わらなかったな......」


 『大人になったら良くなる』なんて、よく考えたら未来に解決を丸投げするズルい回答かも知れない。

 僕は伸びをして体をほぐした。パキパキと肩甲骨あたりから音が鳴った。そのとき、また入室を知らせる音が鳴る。


「うおっ、また来た」


 これは思ったより忙しいぞ。僕は思いながらチャットルームを開く。


────────────────────────


【ゲストさんが入室 しました】


≪先生こんにちは≫


『こんにちは〜』


≪私は料理についての悩みです≫


≪昨日、私は友達2人と一緒にデザート作りに挑戦しました≫


『おっ! 良いですね〜』


≪まずはフルーツゼリーを作りました≫


『美味しいよね〜』


≪でも、ゼリーを固めるための粉と砂糖の分量を逆に作ってしまいました≫


『あらら』


≪その結果『噛むと水の出るゴム』みたいなものが出来上がりました≫


『残念......』


≪『これ、遭難した時とか重宝しそうだよね!』なんて、私は笑いました≫


『ははは、確かに!』


≪静まり返った部屋の中には、秒針が時を刻む音だけが響きます≫


『全然ウケてないじゃん』


≪気を取り直して、次に、抹茶のプリンを作りました。でも、抹茶を入れ過ぎたせいで『全く手入れされてない朽ちたビオトープ』みたいな色になりました≫


『すごい色だね』


≪なんだか我が校のビオトープみたいですね(笑)≫


『我が校のビオトープは手入れされてます』


≪味はというと、隠し味に入れたきなこが抹茶と喧嘩し、水分を奪い尽くし、食べるたび不愉快な何かが喉に絡みつく有様でした≫


『悲惨すぎる』


≪『味のゴミ箱や』≫


≪そう、友達が言いました≫


『鬱の彦摩呂?』


≪さて、ここからが悩み相談なのですが、料理が下手な私は、死ぬべきでしょうか?≫


『深刻に考え過ぎてない??????』


≪でも、女の役目たる料理が出来ない私に価値などないのでは?????≫


『考えが時代錯誤過ぎる』


≪先生は料理ができなくても良いと思いますか?≫


『そりゃもちろん!!!! 多様性の時代だし!!!!』


≪先生にそう言ってもらえて勇気が出ました! ありがとうございます!≫


【ゲストさんが退室しました】


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「まあ、別に解決はしてないけどね......」

 

 心に整理がついて悩みが軽くなったなら、それで良いか......。そう考えていると、再びチャットルームへの入室を知らせる音が響く。大人気だな。 僕はルームへと入室する。


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【ゲストさんが入室しました】


≪先生こんにちは。悩み相談良いでしょうか?≫


『どうぞどうぞ』


≪私の悩みは、大人になりたくないというものです≫


『ほうほう』


≪私には大学生のお兄ちゃんがいるんですが、すごく大変そうだからそう思いました≫


『なるほどね〜』


≪お兄ちゃんは今年の夏休み、初めてコンビニでアルバイトをはじめました≫


『初バイトなんだね』


≪でも、初めてのお仕事でうまくいかないことも多く、お客さんからお叱りを受けることも多いみたいです≫


『最初は仕方ないよね〜』


≪ここ最近も『ふざけるなよ、未成年のクソガキが。偉そうなことを言うな。殺したろか』という貴重なご意見を頂いたと言っていました≫


『それはもう『ご意見』とは呼ばないよ』


≪このように、コンビニには、まるで綾瀬はるかのように傲慢なお客さんが大勢来店します≫


『綾瀬はるかに倣慢なイメージないだろ』

 

≪そんな時は心を落ち着かせるために、火を見ます。大きければ大きいほど、落ち着きます。そう、大きければ、大きいほど。≫


『最後の余韻が怖い』


≪大人になると、こういう理不尽を許容しないといけない、不自由な生活になると思うと、大人になるのが嫌です。この悩みは解決するのでしょうか?≫


『難しい質問だね』


『......たしかに、君の考え方もよく分かるよ。でも』


『でも僕は、家と学校以外どこにも自由に行けなかった子供時代よりも、今の方が自由で好きだったりするよ。だから成長をそこまで悲観する必要はないんじゃないかな』


≪......≫


≪なるほど、考えてもみない発想でした≫


≪少し、元気が出ました。ありがとうございます!!≫


【ゲストさんが退室しました】


────────────────────────


「確かに、大人の世界は理不尽だよなー」


 僕はチャットルームから退室し一人つぶやく。悩みは解決できないが、少しでも気を楽にできたなら幸いだ。すると、ピコンと、再びの入室音が聞こえる。お悩み相談が大人気という話はどうやら本当らしい。僕はまた、チャットへと目を向けた。



─────────────────────────



【ゲストさんが入室しました】



≪侵略≫


≪先生こんにちは≫


『いきなりどうしましたか?』


≪手紙の最初の挨拶です≫


『侵略ではなく前略ぜんりゃくです』


≪そんなことより、私には悩みがあります≫


『そんなことより???』


≪私の悩みは、早く大人になりたいというものです≫


『へー!逆だね』


≪逆? なにがですか?≫


『ああ、ごめん! こっちの話だから忘れて』


『ちなみに、君はどうして大人になりたいの?』


≪大人になりたいというより、子供でいたくないんです≫


『ほう』


≪なぜなら、子供は人じゃないからです≫


『えっ? どういうこと? そんな事ないと思うよ?』


≪いいえ、子供は人ではありません。絶対に。絶対に≫


『強固な意志だ......』


≪今から理由を説明します≫


≪【理由1】

 大人になることを『成人』つまり『人に成る』と言いますよね。なので成人するまでは、人ではないということです。


【理由2】

 子供という漢字をご覧ください。『子を供える』と書きます。


 つまり私たちは『供物くもつ』なのです。≫



『ちょっと待って。一回止まってくれる?』


≪止まりません≫


『止まりません????』



≪【理由3】


 先生が私たちを『生徒』と呼ぶのも子供に人権がないからです。


『生徒』とは


 せいあだである。つまり無駄にしていい命と言う意味が込められた言葉です≫


≪以上≫


≪ご清聴、ありがとうございました≫


『お悩みは???????』


葬送そうそう


『前略の締めは草々です』


【ゲストさんが退室しました】


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「相談じゃなくて意見の発表だろこれ!」


 思想の強すぎる意見に正直恐怖を感じる。昼間なのになんかゾクゾクして来た。


「......侵略の締めなら、葬送で合ってるかも知れないな」


 そんな、変な納得を感じると同時、職員室に昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響く。


「もう一時間経ったのか」


 僕は座ったまま大きく伸びをする。体の中から骨がパキパキと鳴る音が響いた。


「一時間しか経ってないのに、えらい疲れたな......」


 とりあえず今日は、悩み相談で貰えるお金でお高めのアイスでも買って帰ろうかな。僕はそう心に決めノートパソコンを閉じた。

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