第56話 班決め

 「えー、じゃあ、今から修学旅行の班決めを行う。男女の指定はなく、班は六人。決まったら前にある紙を取って、書いて俺に渡してくれ」

 何事においてもそうだけど誰かとグループを組む場合にはこの時間から決め始めるものではなく、事前に大形決まっているものだ。クラスメイト限定になってしまうけれど、下手をすれば一ヶ月以上前からそういう話をして仲の良い人と事前に話し合っている。

 私達のクラスもそれは例外ではない。班決めが始まったと同時に辺りを見渡して誰かを誘いに行くようなことをする者はいなく、特定の誰かのところあるいはグループのところへ集まる。

 「宮澄さん一緒のグループにならない?」

 「青山ちゃん一緒のグループなろうよ」

 『ごめんなさい。先約がありまして』

 「え、なに。辻本もうグループ決まってるの?」

 「うわまじかよ」

 「ごめん。でも部屋は同じだから」

 クラスの人気者たちがクラスメイトの誘いを断り私達の元へやってくる。

 その光景に多少の違和感を向けられ、ヒソヒソと話し始めるが、今となってはその数や悪意の度合いみたいなのはかなり減っている。

 先生は男女の指定はないと言ったが、それを鵜吞みにし男女混合で組もうとする人たちは多分ほぼいないだろう。わざわざ異性と組むパーリーピーポーは逆にクラスから浮いてしまうし、リア充爆発しろとか陰で言われる。そんな理由で男女混合になりたくないって訳じゃないけど、まあ普通に考えれば男子は男子で、女子は女子で組むのがもはや暗黙の諒解。

 だからだろうか、それともある程度の理解があるからだろうか。私達の班メンバーにクラス全員の視線が集まったが、やっぱりなという感覚だったと思う。

 「ちょっと注目されちゃってるわね」

 「仕方ねーな。このメンツだし」

 「ふふ。下手をすればこの学校で男女混合の班は私達だけかもしれませんね」

 「まあいいんじゃないかな。駄目とか言われてないし」

 青山さん、藤原君、宮澄さん、辻本君。

 「良かったね神崎君」

 「……ちょっと気恥ずかしさはあるけどね」

 そして私と神崎君。

 私達は暗黙の諒解を破り捨てて、高校生では世にも珍しい男女混合グループで班を組んだ。


 一週間前の放課後。流石にこの日数になると修学旅行を意識しないっていうのは無理な話で、私達は修学旅行について話し合っていた。

 「へぇー。やっぱりどこの中学校もドームに行くんだね」

 「まあ東ですしね。西の学校はらんどやしーに行くと聞きますから、ある程度決まっているのでしょう」

 「観光地に行かないで、文字通り修学旅行しても楽しくないからね」

 修学旅行。ほぼ全国の学生は学ぶ事よりもかけがえのない友人達と旅行という意識の方が高いだろう。実際に修学という部分がもはやサブ枠でどこかの観光地を巡るのがメイン。無論、修学の部分が嫌っていう訳ではないけど、どちらかと言えば楽しみにしているのは旅行の方だ。

 「今年は沖縄だったよね?」

 「うん。去年が京都と奈良だったから今年は沖縄だね」

 私達の学校は毎年行先が変わる。変わると言っても複数選択肢がある訳ではなく沖縄か京都奈良のどっちかになる。行き先もある程度予想で来てしまうようなド定番の修学旅行だ。

 「みんなは沖縄初めて?」

 「私は初ですね」

 「俺も」

 「私も」

 「神崎君も?」

 「そうだね。修学旅行自体初だね」

 「……じゃあ、楽しみだね」

 言うて私も修学旅行は二回しか経験したことがない。いや、二回もあるなら十分なんだろうけど、上から誇れるかと言えば少し違う。

 「……そうだもんな。お前らと過ごしていると神崎があれっていうのすっかり忘れちまうぜ」

 「ですね」

 私達も進んで触れることはしないが神崎君は一応前科者。訳在って人を殺してしまい、でも、当の本人からはサイコキラーみたいな性格が微塵も感じられなくて本当にどこにでもいる男子高校生って感じ。自ら触れることもなければ、私達から訊ねることはなかったがなんで人を殺してしまったのかは気になる事実。ネットで軽く調べてみても信憑性皆無だし、本当に何で殺してしまったんだろうな。

 「行ったことないからあれなんだけど、修学旅行って具体的にどんな感じなの?」

 みんなと目を見合わせて確認。具体的にどんな感じか。

 「ほぼクラスで行く旅行だよな」

 「そうだね。多分クラスでまとまってどこかへ行く日にちと自由日みたいなものがあって、遊びに行くみたいな」

 「修学旅行の大半は旅行がメインだからね」

 「そうですね。一応、修学の部分、今回は沖縄なので戦争に関してのお話を聞いたり、資料館へ行ったりすると思いますが一日も掛からないと思います」

 「へぇー。でも修学の部分も興味深いね」

 知らない人に修学旅行を説明するのは少し難しいな。学校に通う中で一回きりだし、学校によっても修学旅行の形が違うと思うからこんな感じかなって言うぐらいしか説明できない。でも、まあ修学旅行なんて小学校でも中学校でも高校でも大差ないだろう。一日目はしっかりと学んで残りは全部遊び。日程とか日数とか寄る場所が違うだけで大まかな流れはどこも同じでしょう。

 「修学旅行って始まる前からちょっと楽しいよね?」

 「だな。でも女子ってちょっとピリつかない?」

 「なんで?」

 「班決めとかあるし」

 班決め。ほとんどの生徒はトントン拍子で決まっていくだろうけど、中には好き嫌いで揉めてしまうところもある。酷い時になるとクラス全員を巻き込んだ事態となり、最悪の場合には自由班ではなく出席番号順に班が決められるとか。

 幸運?なことに私はそのような事態にはなった事はないが、それでも多少のピリつきを感じたことはある。

 「班決めって……仲のいい人と組むだけじゃないの?」

 「男子は皆無だけど、女子には色々とあるんだよ」

 あるのって感じで私たちの方を見る。

 「まぁ……多少なりとね」

 「色々と面倒くさいのよね、女子は」

 「そうですね。拗れる時は拗れちゃいますね」

 多分だけど、私達はそんなことはないだろうけど、女子の中には少しヤバい子がいてしまう。好き嫌いが激しいというか、合う合わないがハッキリしているというか。女子は男子みたいに誰とでもイケる口ではなく自分意識が強いと思うから。

 好きな人が被ったとか、物事の価値観が合わないっていうだけで直に嫌いや省く対象になる子が多いように感じる。

 「へぇ~」

 「そういえば、神崎って修学旅行参加出来るの?」

 藤原君に指摘され、私が満面の笑みで答える。

 「参加出来るんだよねぇ〜、神崎君」

 「うん。本当は参加出来ないって言われてたんだけど、何か参加出来るようになった。けど、寝泊まりは個室で付き添いの先生は常にいるけどね」

 「でも良かったじゃない。一生に一度のイベントだしね」

 「ですね。一緒に参加出来ることが嬉しいです」

 学校行事では何かと制限が設けられていた神崎君であったが、修学旅行は他の学校行事に比べると自由度が高いらしい。理由は良く分からないらしいけど、きっと日頃の神崎君の良さが伝わったのだろう。自ら問題を起こすことはなく、生活態度も授業態度もかなり良好。

 今でも私達と隔離されて体育の授業を受けてはいるが、もうほぼ問題ないように、たまに先生が忘れるぐらいには普通の扱いをされるようになってきている。

 「そうだね。僕もみんなと一緒に行けて嬉しいよ」

 嬉しそうに笑ってくれた神崎君。私も内心一緒に行くことが出来て嬉しい。最悪、神崎君が行けない場合には私も行かないつもりだったんだけど、一緒に行けることに越したことはないので、よく分からない学校側の気まぐれみたいなものに感謝したい。

 「どうせならさ、みんなで班組まね?」

 「いいねそれ!」

 「みんなで組めるの?」

 「それなら大丈夫だと思うよ。先輩に聞いた話だと六人グループみたいだし、高校生になると男女半々で組めとかないからね」

 「でも、六人だよな?もう一人はどうする?」

 私達は神崎君と組むことに何ら問題を感じないけど周りは違う。高校三年生になりこの三年間で神崎君がイメージするような極悪犯罪者って分かったはずなのに、未だに悪口陰口が鳴りやまない。この三年間継続できたことにある意味称賛を感じるが、まだ分からないのといった感じだ。

 「パッと思い付くのは辻本君なんだけどね」

 比較的私達と仲が良く、神崎君ともわりかし普通に接してくれるのはこのクラスの中だと辻本君だけだ。私も辻本君と一緒の班になれたら嬉しいのだけど……。

 「彼、もう組む人決まってるんじゃないの?」

 「だよなぁ。あいつの人気凄まじいし」

 「あ、それなら大丈夫だと思いますよ」

 「え、そうなの⁉」

 男子からも女子からも大人気な辻本君。そんな人を放っておく人なんていないと思ったのだが、大丈夫なのか。

 「はい。誘われたけど全部断ったって言ってました」

 「つよ」

 「じゃあ、決まりだね」


 ――と。私達はこんな感じで班のメンバーが決まって今に至る。まあ、仲が良い人で組むのが当たり前なんだけど、学校のトップと崇められる辻本君と宮澄さん。男子の人気が凄まじい青山さんに、最近頭角を現してきた藤原君。なんだかこのメンツと一緒の班ってだけで周囲の視線が少し痛いように感じる。

 「……こんな感じでいいね」

 「自由行動って二日目と三日目?」

 「そうですね。この際ですから行き先もある程度かためておきましょうか」

 担任の先生もけっこうノリノリであるため、既に本屋さんにある沖縄の観光パンフレットは買い揃えられている。

 「クラスで行くのは……どこだっけ?」

 「美ら海水族館とだね。ここは遠いから」

 観光パンフレットを開いて色々と探す。景色が綺麗な場所に有名な観光地。買い物が楽しめる場所に美味しい食べ物があるお店。まだ修学旅行前なのにこれを開いてみんなとワイワイするだけでもはや気分は修学旅行に近しいテンション。クラスの方も大方班が決まってきており、私達と同様にパンフレットを開き班メンバーと行き先を考え始める。

 「ん?神崎君行きたい場所でもあった?」

 何やらパンフレットを食い入るように見ていたので、どこか気になった場所があったのかと思い訊ねてみた。

 「いや……水族館っていいなって……」

 「確かに。雰囲気とかいいわよね。大きい水族館もいいけど、小さな水族館も味があってさ」

 「……沖縄って結構水族館あるんですね」

 パンフレットに大々的に載っているのはジンベイザメがいる某水族館。でも、これだけではなくて他にも水族館は多々ある。また、イメージするような水族館でなくとも小さな水槽が立ち並んでいる水族館もあるため、数だけでいうなら想像以上にあった。やっぱり沖縄。海に囲まれていて綺麗だし、ちょっと熱帯的なイメージがあるので魚が沢山採れるのだろう。

 「ちょっとした小さな所でも、たしかに行ってみたくなるね」

 「いいんじゃない?自由行動は二日間あるんだし、一日ぐらい割り切っても」

 「いや、流石に悪いよ……ほら、シュノーケリングとかバナナボートとか楽しそうなのあるんだし、観光地だって沢山あるんだよ?」

 「一日まではいかなくても、半日ぐらいはいいんじゃね?」

 「ですね。二日連続で美ら海もありですね」

 「学校の人がいない分、ゆっくり見て回れそうね」

 「じゃあ、とりあえず半日かけて水族館巡りは決定ね。他にはどこ行く?」

 一生に一度のイベント。大人になっても、なんなら学生のうちでもこのメンバーで行くことは可能だけど、それでも、学校としていくのはなんだか特別感がある。クラスのみんなと一緒だからだろうかな。普段関わらない人達とでも一緒というだけでテンションが上がる。例えるなら貸し切りのバス。気兼ねなくワイワイはしゃげるからね。

 私達は一生に一度のイベントを食い残すことなく満喫するために、思う存分話し合った。

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