鬼灯の裏側で 6  fin

「秀一、―――?」

機嫌の悪いと一目でわかる滝岡にまったくひるむことなく。

鷹城が背に車椅子を押す滝岡を振り仰いで、にっこり笑顔をサービスする。

「…その笑顔の大判振る舞いはいらないぞ」

「えー?にいさん、感謝してるのに!」

「あのな?それにしても古いな」

古い木造の西洋建築――明治期に建てられた重要文化財であると建築時期と共に入り口に置かれた銅製の銘板には書かれていた――のきしむ廊下を車椅子に乗って運ばれながら鷹城が答える。

「此処は神奈川県警の臨時庁舎になるからね。他に場所がなくて、ほら、例の騒ぎの後、県警の捜査一課とか此処に押しやられてるんだよ」

「話には聞いていたが、…。それより、それで何故、その捜査一課におまえは戻る必要があるんだ?」

滝岡に訊かれた秀一が首をすくめて。

 そうして、かくして。



「ここ、関の仕事場なんだよね。僕が遊びにくるとうるさくって!」

「…遊びに、――?おまえな?」

滝岡が眉を寄せて鷹城を見る。その突き刺さるような視線を全然気にもせず、あ、と何かを見つけてにっこり笑顔になる。

「にいさん、こっちこっち!この敷居の先にあるのが、捜査一課です」

古い木造校舎と思しい板張りの廊下。扉の外されて誰でも入室できるようになっているが、間に敷居があるのをみて滝岡が眉を寄せる。

「段差があるな」

「バリアフリーにはほど遠いね。悪いけど、中に入れる?」

「―――…」

不機嫌な顔をして滝岡が車椅子を操り何とか段差を越えて車椅子を室内に運ぶ。

「にいさん、じょーず!」

「…―――」

完全に不穏な気配になる滝岡の冷たい視線にもめげず、鷹城が周囲を見回す。

「それにしても、古いよねえ、…」

「…こうして部外者が簡単に入室できるのは感心しないな」

「まあねえ、――たすかることもあるんだけど」

その言葉に滝岡が眉を寄せて、ため息をついて鷹城を見る。

「それで、此処へ来て何をしたいんだ?」

「ちょっとまって」

勝手に軽く片手をあげて言葉を遮ると、鷹城が目を閉じて何かを考えるように口許に拳を当てて沈黙するのに天井を仰ぐ。

 車椅子に手を置いて、あきれたのを隠さずに大きく溜息を。

「おまえな、次はどうすればいいのか、はっきりいえ」

「黙って」

軽く右手をあげて、端的にぴしゃりといって沈黙する鷹城に眉を潜めるが。

「…――――」

無言で片手を車椅子に置いて鷹城の反対側、窓の外へと顔を向ける。

翠の梢は、のどかなくらいに明るく青空と共に日射しを木造の古い室内へと運んで来ている。

 ふと、その枝に止まる小鳥に気付いて滝岡の表情が和んだ。

 滝岡には雀でないことくらいしか解らない小鳥たちが、何事か囀りながら、枝を移りはねるようにしている。

 梢に翠が光に透けて風に揺れて、のどかな時間を運んでくる。まるで、天に何事もなく世界は平和であるというようにして。

 ――そうかもしれないな。

 何が起こっていても、この青空の下に。

滝岡がふと、泣きそうに思えて下唇を僅かに堪えるようにかむ。

 鷹城秀一が、何事もなく元通りといえる身体の状態で仕事に復帰できるかはまだわからない。

 それ以前に、いまこのときも、――――。

 不明な毒の影響は、どのような反応を引き起こすのかまったくわからない。

 いま元気にみえたとしても、急変することも有り得るのだと。

 知っていても、それでもいま己の仕事から逃げるつもりが無いことがわかっているから。

 手伝うしか、ないんだがな。…―――

微苦笑を零して、滝岡が秀一を見る。

いつでも、この無茶をする弟を、心配しながら見守ってきたが。

だとしても、いつも曲げることのない意志を支える為に、できることをするしかないのだが。

 鳥は自由に飛ぶ。往く先を定めるのは、鳥自身のみだ。

 …――だからまあ、心配しながら、小言でもいうしかないんだが。…

苦笑しつつ、結局は秀一の希望を手伝う自分にあきれながらも。

 病室を脱走する手伝いを、結局はしている滝岡がいるのだった。

 後悔しない為に、いつでも全力で走る。

 それが、鷹城秀一だと、知っているからだ。―――

 仕方ない、と。



 そうして、滝岡達のサポートを得て、鷹城秀一は関と共に事件の真相へと迫ることになる。―――


 永瀬が滝岡の行動に物凄く怒って、怒りながら解毒に関して掻き集めた知見と森川の分析などを使って、無理をした秀一に怒りながら治療をして。

 後遺症が出来る限り無いようにと、怒りながら永瀬が幾度か繰り返して行った治療と。

 滝岡の手で、幾度か重ねて微細な再手術を繰り返して、ようやく鷹城秀一の足は普通に近く動かせるようにとなり。


 いまも、後遺症はあるが、或る程度、気をつけてみなければわからない程、リハビリをいまも重ねながら、それまでと変わらない密度で仕事をすることができるようにはなっている秀一である。

 世界の滅びがカウントダウンされるようになった刻に。

 あのとき、にいさん達に治してもらってよかったよね、と。

 秀一がしみじみ思うようになるのは、まだまだ先の話になるのだが。

 いまはともあれ、世界のすべてには遠くとも、その一部を救う為の仕事を、今日もまた続けている秀一である。



 なべて世は、こともなし、―――?





                  鬼灯の裏側で。

                     ――滝岡サイド―――


                            了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る