鬼灯の裏側で 3
「そっちはどうだ、瀬川?うん、わかった、頼む」
永瀬がCT等の検査を受けている鷹城の様子を隣にみながら、ICUの瀬川に連絡して通話を切る。
その隣で上がってきている画像を見比べながら、切り替わっていく画像と手許のタブレットに映した画像を拡大してみながら滝岡がいう。
「先輩、頭部外傷はやはりみえない、と思ってもいいと思いますが」
「…だな、一応簡単に入る前にやったが、―――…」
「森川先生にも記憶消失を伴う毒物ということで検索はかけてもらっていますが」
「…簡単にはみえないだろうなあ、…。問題は何の毒かだが、憶えてもいないっていうのはどうにも、―――」
「記憶喪失を伴う毒ですか、…――」
「やめてくれよ。…おれ、神経毒位なんだよ、やったことあるの。これ分析、解るの遅いぞ?」
「…―――そうですね。…いま何れにしても科警研で解析にも回してもらっていますが」
「…だな、殺人未遂ってことで、できるだけはやく解析回してくれたらいいが」
「―――…先輩、」
滝岡が顔を上げて、衝撃を受けた面持ちでみるのに永瀬が肩をすくめる。
「実際、殺されかけたっていうのが事実だと思うぞ?」
「…――――はい、」
ぽん、と肩を叩く永瀬に、滝岡が俯いて眸をとじ、頭痛を堪えるように息を吐く。
「…わかってはいますが、きついですね、…」
「きつくねーわけないだろ?滝岡、―――携帯型の奴、あれで脳みてみよう。血液浄化はやってるから、…後は毒物が特定できれば、…――」
「そうですね、準備します。西野?ああ、すまん。ICUで携行用のテスト用に預かっている機器を使用したい。そう、それだ、頼む」
手配をして、滝岡が検査を受けている鷹城の姿を顔を上げてみる。
手を操作盤においてマイクを起動して。
「ついでに、足先までの全身もとっておいてくれ」
検査技師に操作を頼み、滝岡が装置に横たわっている鷹城をみる。
その肩に手を置いて。
「滝岡」
「…――――」
永瀬もまた共にみる隣で、滝岡が言葉を無くして唯その姿を見つめる。
「…記憶がない、か、――」
「だから、ごめんって!ないものは仕方ないでしょ?つまり、だから、――」
ちら、と視線を送る滝岡に鷹城が黙る。立ったまま腕組みをして、病室に戻した鷹城の傍らに立つ滝岡に。
「…だからさ?その、…足をけがしたらしいけど、いつけがしたとか、全然記憶にない」
「おまえを関からの連絡で救出に向かったんだが、その場所にいることになった理由も憶えていないんだな?」
「…おぼえてない。…―――だから、…関が何で?」
「知らん。おまえの方が知っているものだと思っていた」
滝岡の言葉に秀一がくちを軽くとがらせて不機嫌な顔をする。
「だって知らないから、…ごめん、―――にいさん」
「…―――」
滝岡が秀一の言葉に困った顔をする。
「おまえを責めても仕方ないが、せめて何か毒を飲んだ記憶でもあれば形状から当たりをつけることもできるかと思ったんだが」
「…その、記憶がなくてごめんなさい。でもさー、ほら、こうして元気だし?」
「透析装置に感謝するんだな。解毒がきちんとできているかどうか評価が難しい。病院を移ることにしたいんだがな。…うちで解析したい」
「ごめんって、…―――。ごめん!にいさん!って、ここ、そういえば、うちじゃないの?」
「そうだ。遠隔でつないで処置をしてるが、どうにもな、…。おまえの容体が落ち着くまでは動かすこともできないしな」
思わしくない顔でみていう滝岡に、秀一が眉を寄せる。
「それって、本人にいう?経過とか、…―――まだ僕って動かせないわけ?」
「そうともいう。微妙な処だ。動かして悪化することはないと思うが、…」
「えーと、それなら、ほら、――現場に、――記憶戻るかもしれないしっ!」
起き上がってベッドを離れようとする鷹城に滝岡が慌てて留める。
「おいまて、秀一!」
「えー、だって、現場百回とかいうでしょ?」
「落ち着け、秀一」
「うん、ぼくは落ち着いてるってば、にいさん」
「あのな?どこがだ?」
「でもさー、にいさん。僕の記憶が戻れば、盛られちゃった毒の種類がわかるかもしれないでしょ?」
「う、…それは、」
困る滝岡に。
病室を出て、滝岡が橿原からの連絡に折り返す。
画像を伴う通信が繋がり、滝岡の顔色の悪さに橿原が何かをいいかけてやめる。
「毒の特定が難しいのでしたね?」
「…――はい、主な薬物は当たっているのですが、…」
橿原が視線を伏せ組んだ手をみて、ふと呟くように云う。
「…―――鬼灯、…――」
「ホオヅキ?」
滝岡が首を傾げるのに、橿原が視線を上げる。
「鷹城くんがくちにした言葉です。救助された際、意識を失う前に。…もう本人はそれも憶えていないのですね?」
「…おそらくは、…――ホオヅキ、ですか?ホオヅキ、…光、何かあるか?」
オンラインで複数つながれている回線の中で、光が第一のオフィスから滝岡の質問に答える。
無言で難しい顔をして光が眉を寄せて。
「ほおづきって、あのあれか?赤くてくちで膨らませて遊ぶ奴だ。ばあやに怒られた」
「…遊んでいて怒られた事はあるな、…あれは何故だったろう?」
光の言葉に滝岡も思い出して眉を寄せる。
「ほおづき、か。何も浮かばないな。―――」
苛立つようにいう滝岡に、軽く光が息を吐く。
「正義、おまえにはそういうのを考えるのは向いてないな、確かに」
「…わかってる。…しかし、ほおづきか、…それが?…くそっ、」
「滝岡くん、言葉使いが悪いですよ」
「…おじさん、…院長」
怒られて眉をあげて見返す滝岡を他所に、橿原が手を組み替えて天井を見るようにする。
「…鬼灯、…――毒物や薬に関してというのなら、ひとつだけ思い当たるものがあります」
「何ですか?おじさん!」
デスクに手をついて身を乗り出す滝岡に、のんびりと橿原が視線を向けて。
「…確か、生薬に鬼灯を使うものがありましたね。…妊娠した女性に禁忌、…――江戸時代は堕胎薬として使用されていました。子宮の収縮作用があり、アルカロイドとして、ヒストニンが含まれていて、解熱利尿剤として用いられていたはずです。酸漿根、―――現代でも生薬として、いまでも風邪薬等として煎じて用いている地域もあったはずです」
「…――それかもしれません」
不意に生き返ったように滝岡が橿原を見据えてくちにする。
「確かに、そうだな。生薬か!漢方のデータベースがあるはずだ」
光が滝岡の肩に手を置いていうのに滝岡が頷く。
「森川先生と科警研に伝えよう。…――――分析の助けになるかもしれない」
急いで連絡を取る滝岡と光を前に、橿原がしずかにくちにする。
「しかし、…―――生薬というものは確か」
「…おじさん?」
淡々と橿原が続ける。
「成分の異同、原料の生産地等により同じ名の生薬でも、有効成分等が異なることがあるといいます。また、その微量成分が異なる故に西洋薬のように一定の効果を期待しにくい、―――逆に云えば、個人の体質等により、どのような作用が現れるかが大きく異なりやすいということです」
「…――もし、秀一から同じ成分の毒物が検出されたとしても、他の事例と同じ対処で回復するとは限らないと?予後が、―――」
森川先生に連絡した滝岡が、通話を切り橿原に向き合う。
淡々と感情の読めない闇色の眸で橿原が滝岡に向き合う。
「その通りです。現れる症状もまた、個人の体質等により異なることがあるのですから」
「…わかりました」
固い表情で通信を切る滝岡に、消えた画面を橿原が無言で見詰める。
光もまた、無言で滝岡の最後の表情を思わしげに。
「…―――」
予後がどうなるのか。
一時的な作用で終わるのか、解毒した後も、後遺症が大きく残るのかどうか、―――。
秀一の今後、人生がどうなるのかを決めるのは。
回復は未だ完全からは遠い。
どうすれば、より良い状態へと戻すことができるのか?
画像が消えた画面を、橿原が沈黙して見つめている。
手術室。
幾重にも装置と複数の人数に取り巻かれた中に、麻酔の中に眠る患者の姿がある。複雑な機器が作動音を立てる手術室には、張り詰めた緊張が漂っている。
その緊張をほぐすように流れるのは、滝岡の穏やかな声だ。
滝岡が冷静に、淡々と糸を操っている。
「そこを止めて、そう、―――。慎重にやろう。9―0、ありがとう」
助手が広げた視野の中を、滝岡が丁寧に、だが速く処置していく。大型のマイクロスコープからみる極微の視野を、髪の毛よりも細い糸を操り、滝岡が落ち着いた手で指示を出しながら、いまにも破れそうな患部を縫い合わせていく。
術野は極狭い。
肉眼では最早見る事の出来ない細部を、ドラム缶程の大きさのある大型の顕微鏡に向き合い滝岡が拡大した視野においている。巨大なマイクロスコープを覗き、その術野に見える拡大された極小の世界を慎重に滝岡の手が動く。
滝岡は落ち着いて見つめ、その針で縫うだけで破れそうな血管を一つひとつ丁寧に縫い合わせていく。
静かに機械音が響く。
静寂の中に、微細な組織を柔らかく脆い組織に滝岡が繋いでいく。
生命がそして、移植片に、――――。
宿る。
血流を再開し、流れ出した血液に漏れがないことに。組織が生きて躍動を始めたことに周囲に僅かにどよめきが渡る。
滝岡が静かにそれを観察して、数値を確認し次に移る。
「次は、カテーテル処置です」
滝岡の声に周囲がはっとしたように気を引き締め、次の段階に必要な器具を確認する。
「始めましょう」
「はい」
「斎藤さん、…―――」
滝岡が要求する器具を助手が渡していく。
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