関&鷹城「鬼灯」5
「鷹城さん、大丈夫なのかい?それ点滴?」
訊ねる一課長―――神奈川県警刑事部刑事課捜査一課長―――に、鷹城が明るい笑顔で、さらりと答える。
「つけとかないとダメって怒られちゃって。結構チャーミングでしょ?自分で交換もできるんですよ」
「…へえ、痛そうだけど。けど立派なもんだね、電動なのかい?この車椅子」
「そうですよ。…でも、結構警察もいい加減ですね。あんまり立派なバリアフリーとはいえないような。ここまで来るのにも、結構苦労しちゃいましたよ、あ、橿原さん、関も。いらっしゃい」
「鷹城君」
一課、―――つまり、県警本部の刑事課の部屋を前にした廊下に、普通の顔をして笑顔でいる鷹城に。
無言で思わずそう答えてから見つめる橿原と、その背後で固まっている関に鷹城秀一が微笑んでみせる。
「どうも。飽きたので退院してきちゃいました」
にっこり、という鷹城を前に一課の入り口で動きを止めている二人の背後から、息を切らせた声が轟いていた。
「…秀一!」
長身の体格の良い白衣姿に、周囲の視線が集まる。
「何をしてる!秀一!」
「あ、にいさん、いや、警察のバリアフリーがどの程度のものか自分で身をもって確かめてみるのもいいと思って」
「…思ってじゃない!一人で動くなとあれほどいっておいたろう!何の為におれがつきそっていると思っているんだ!」
車椅子の鷹城に詰め寄って怒る滝岡に、背後から淡々とした声が掛かる。
「…つまり、滝岡君。あなたが鷹城君に移動手段を与えて、本来絶対安静の病室からこの警察まで連れ出す手助けをしたというわけですね?きみは医者では無かったのですか?」
振り向いて。立て板に水で滑らかに続けた橿原に、初めて気付いて滝岡が動きを止める。
思い切り顔を引きつらせて、長身の滝岡が橿原をみていう。
「院長、…こんな処で何してるんですか。といいますか、お時間があるのでしたら、是非、院長としてお仕事をしていただきたいのですが?」
「あら、それは滝岡くんが院長代理としてなさってくださるでしょう?僕、単なる名誉職ですから」
ご遠慮なさらずにね、とにこやかに淡々と――随分と表情が器用だ――答える橿原に、向き合って動きをとれずに滝岡が固まる。
滝岡総合病院院長と滝岡総合病院院長代理の二人が対峙しているその傍らから。
のんびり、のどかな声がかかる。
「まあまあ、…――滝岡の若先生も。今日はお揃いで?若先生の方は、鷹城さんの付添いですか」
場を読まずに訊く一課長を振り向いて、滝岡がくちを濁す。
「…まあ、その、そうなりますか、」
「付添い、ですか?」
冷淡な声でいう橿原に、滝岡が顔を引き攣らせる。
「…あなたこそ、仕事もしないで何してるんですか、…!」
つい小声になる滝岡に、橿原がしれっとした視線を投げて応える。
「あら、きみはそれをいうならどうしたの?昨夜は当直で今日は休み?いま平日の昼間ですよね?患者さんは?」
「…―――今日、手術の予定は入っていないので。おっしゃる通り、いまは休みです。尤も、午前中はあなたの貯め込んだ書類を処理する予定だったんですが」
睨む滝岡に、しずかに橿原が視線を逃す。
しらっと他所を向いて、あら良い天気ですねえ、などと空もみえない壁に向かっていってみせている橿原と苦虫をかみつぶしたような顔をしている滝岡を一課長がなだめる。
「まあまあ、橿原さんも、若先生も。そちらの病院には、いつも解剖とかで無理いってお世話になってますから。橿原先生が解剖引き受けて下さって、事件でも本当に助かるようになったんですから。それまでとは段違いですよ。ね、若先生も、その内、司法解剖、お願いしますよ」
にこやかにいう一課長に滝岡がこまった顔をする。
「―――――…申し訳ないんですが、おれは司法解剖は」
「あら、だめですよ、課長さん。この人は、生きてる人専門だから。僕はもっぱら、死人の方が相性いいんですけど」
…―――それは、そうだろうな…。
橿原の言葉に視線を逸らして、滝岡が額に手を当てて視線を逸らす。
滝岡総合病院院長の役職に就いている橿原だが、専門は法医学だ。本来、臨床医が院長職に就くことが自然だが、事情があって、滝岡総合病院では院長職に橿原を迎えている。医院、病院では院長職は医師にしか行えない為、過去事情があって橿原を院長に招聘したことがあったのだ。
橿原が自身を名誉職だというのは間違いでもない。
――尤も、本当に仕事をして頂きたいんだがな、…。
過去の事情はともかくとして、いま現在はいくら仕事をしてもらってもいいと滝岡は思っているのだが。
ぬらりひょんとよく喩えられる橿原を前に、滝岡が山積している病院での仕事を思い出して少しばかり視線を遠くする。
その二人の遣り取りを後ろに、そーっと電動車椅子を操り、既に勝手に中に入っていく鷹城に。
「おい、おまえ、待てっ!どうして、部外者のおまえが、勝手に一課に出入りしてるんだ!課長も止めてください!」
叫ぶ関に、のんびりと車椅子に道をあけて一課長が話し掛けている。
「どう?この敷居、通りやすい?バリアフリー?何しろ古いのに建物が文化財なもんだから、改装とかできなくてさ。ご存知だと思うけど。風情はあるんだけどねえ、…」
「―――…課長」
あきれて、関が呼び掛けるのに、小柄な一課長が振り仰ぐ。
「関、おまえさん、怒ってばかりだと、血圧上がるよ?そこの先生方にみてもらわないといけなくなるだろ?あ、そういや、検診、おまえさん、またさぼったろう。経理がうるさいんだよ、それと山下が」
最後あたりをこそり、と声を落としていう一課長に関が眉を寄せて額を抑える。
「…―――課長」
そして、視線を上げると、好きに動き始めようとしていた鷹城に厳しい視線を向ける。
「何だって出て来たんだ?鷹城?」
その前に立って、動くのを阻止して関が車椅子の鷹城に屈込み、顔を寄せて睨んできく。
そこに窓際から一課長がのんびりした声を掛けて。
「――…廊下にはみ出てないでみんな中入ったら?けど、車椅子って結構大きいね」
一課長に促されて一同が無言で一課に入る。
既に先に入っていた鷹城が、車椅子を器用にくるりと回しながら、明るく答える。
「ですよね、車椅子って結構大きいからバリアフリーって結構大変ですよね」
「それで、鷹城君。君が入院していなければいけない状態を押してまで、ここに戻ってきたのは何故なんです?」
冷ややかな視線と平板な声でいう橿原に怯まず、鷹城が笑顔をみせる。
「いやだな、橿原さん、怒らないでくださいよ」
途端に関に睨まれ、滝岡の苦虫をかみつぶしたような顔に迎えられ、最後に橿原の冷たい視線に出会って流石に視線を泳がせる。
「じゃ、皆さん、できるだけ静かにね?この書類書かないと山下に怒られるから」
鷹城の視線に軽くいうとデスクに積まれた書類に視線を向けて、一心に仕事を始める振りをする一課長に。
「…課長さん、と。…皆さん、もしかして、怒ってます?」
「君の軽率な行動には呆れています。こちらのバリアフリーがどの程度のものか、身をもって試すいい機会かもしれませんが、このような無謀な行動に出る必要があるとは思えませんけど」
「……―――」
冷たくいう橿原に、机に腰掛けて眇めた目で関が鷹城を見る。
「で、何しに来たんだよ」
「そうだ。どうしても事件解決の為にこちらに戻りたいということだったが」
腕組みしていう滝岡に、視線を天井に逸らしてみる。
「えーと、だって、悔しいじゃないですか」
「くやしい?」
関がいうのに頷いてみせる。
「だって、襲われたっていうのに記憶がないんですよ?誰かさんにはばかにされるし」
「わるかったな」
吐き捨てるようにいう関に、鷹城が舌を出してみせる。
「ですからね、記憶、最初から行動してみれば思い出すんじゃないかと思って」
「…思い出す?」
眉を寄せる関に頷いてみせる。
「ほら、よくいうでしょ、忘れものをしたときには、そのときの行動を繰り返してみれば思い出すことが多いって」
難しい顔をして眉を寄せたまま、関が鷹城を見る。
にっこり、鷹城が微笑んで、じゃ、と手を振って動こうとするのに。
動きを止めていた関がくちをひらく。
「…――おい、ちょっとまて」
「はい?」
動きを止めて、振り向いてにこやかに笑顔で見返す鷹城に、難しく眉を寄せて腕組みしていた関が、難しい顔のまま睨み返す。
「忘れものって、――最初って、おまえ、ここにいたのか?」
「えーと」
空を眺める振りをして、天井をみてから。
「―――…文化財指定だけあって、流石、趣のある天井だよね」
「おまえがみてる辺りは、指定前に工事して修復した辺りだ」
「えっと、…」
視線を逸らす鷹城に、一歩出て、関が睨みつける。
「おまえな?あれほど、勝手に入り込んで資料を見るな、といってあるだろうが!おまえは部外者なんだぞ?警察じゃないだろうが!それを、…また、此処へ来て何か勝手に見てたのか?そうなんだな?」
怒る関に、視線を泳がせている鷹城に。
「課長!」
「え、おれ?」
突然、怒る視線を向ける関に、一課長がびっくりして顔を上げる。
「もしかして、課長、またこいつが勝手に此処に出入りするのを止めて無かったんですか?あのですね?こいつは、警察官じゃないんですよ?部外者に捜査資料をみせていいと思ってるんですか、…!」
「いや、そのー、あのだね?関君、…。つまりだ。鷹城さんには、いつもいろいろお世話になってるし、ほらね?ほら、よくいうじゃないか、協力関係が大事って!それに、その、いろいろと事件解決にも、―――」
語尾を濁す一課長を、関が睨みつける。
「課長は事件解決に役立つなら、警察官じゃない奴に資料みせるっていうんですか!」
「あ、いや、関君、…。見せたりは、その、…。ちょっ、と、出入りはされてるかもしれないけど、ほら、協力って大事だろ?そう怒らずに、――――」
「これが怒らずに、…―――何してるんだ、滝岡」
怒って続けようとした言葉を関が途切れさせて。
「――――…滝岡!おまえ、何してるっ!」
「落ち着け。採血するだけだ」
「な、何勝手に人の血、とってるんだよ、…!」
いつのまにか、使い捨て――ディスポータブルの透明な手袋をして、隣に来て、関の左手首を掴み、あっさりとシャツとスーツの袖を捲って、さっと拭くとどこに携帯していたのか、注射器をさっくりと刺す滝岡に。
動こうとして、背丈も殆ど同じな上に、細身だが筋肉質でがっしりとした体格の滝岡に、抑え込まれて動けずに血が注射器に取られるのをみつめる。
「…お、おまえな、いきなり、なにを」
云う関に構わず、手首で脈を取り、秒針を見ながら数を数える。
「よし、落ち着け、採血しただけだ」
軽く消毒綿で痕を拭いて、止血用の四角く小さな絆創膏をさっと貼り、頤を掴んで、こめかみを固定し、いきなり目蓋をめくる。
「…―――――!」
次に頤を掴んだまま、くちをひらかせて舌を引き出す。
「……――――!!!」
抗議している関の視線にまったく構わず、滝岡が関の口腔内と舌を観察し、手袋を脱いで取り出していた廃棄袋に入れる。
そのまま流れるように頤を触り、耳から首の下、両肩を触れて、鎖骨の辺りまで確認し、突然、採血した左腕を上げて、脇の下に触れて確認する。
「おいっ!」
関が怒鳴るのにも構わず、反対側も確認して。
「検診さぼってるんだってな?おまえ。おれの送った年一の検診案内も無視したろう」
「だ、…だからって、おまえな?」
それは警察病院でやることでおまえは関係ないだろう!と抗議している関を無視して。
怒りながらも怯んでいる関に淡々と頷く。採取した血液を仕舞って。
「検診ちゃんと受けておかないからだ」
「だからって、人の血をいきなり勝手に取る奴がいるか、…――――!」
背が高く体格の良い滝岡と、痩せてはいるが、同じく背の高い関の二人が睨みあう迫力に。
一課長が脅えながら、そーっと声を掛ける。
「あーと、関君、それに、若先生も?落ち着いて、ほら、――若先生は、今日は鷹城さんの付添いでしょ?」
その言葉に思い出したように滝岡が鋭い視線で鷹城を振り返る。
それに、鷹城が、しまったなあ、と動こうとしていたのを止めて、振り向いてにっこり笑む。
「はーい、お元気?」
「最初から行動してみれば記憶を思い出すんじゃないかだと?」
にこやかにいう鷹城を無視して、眇めた視線を送り、淡々と滝岡が云う。
関が、驚きながら、かなり遠慮したい雰囲気をみせている滝岡に少し引くのに、まったく堪えずに、にっこりと鷹城が見返す。
「よくそーいうでしょ?」
「おまえは、そんなことの為に戻りたいといったのか。何か関に話す必要があるとか、そういう要件があるのかと思えば!」
苦い顔をして腕を組んでいう滝岡に鷹城が笑んでみせる。
明るく微笑むと、意思を曲げない視線で。
「そうですよ?誤解させてすみません。―――でも、真剣なんです。このまま思い出せないなんて悔しいじゃないですか」
ふと笑みを消して真剣な表情でいう鷹城に滝岡が眉を寄せる。
「――――…秀一、」
何か言い掛けた滝岡に。
「で、どっからはじめるんだ?こいつが頑固なのは昔からだろ。こうして時間を食うなら、さっさと終わらせて、おまえの病院に引き取ってくれ」
溜息を吐いて。
片袖を捲られたまま車椅子の背に手を置いて、関が睨むようにしていうのに見あげて鷹城が瞬く。
滝岡が腕組みしたまま僅かに唸る。
背の高い二人に睨まれて。
車椅子に乗った鷹城が、まったく堪えない表情でにこやかに微笑む。
「うん、始めた方が効率的だよね」
「…――――」
「……――――」
関のじとりとした視線と、無言で睨みつける滝岡に。
「あーと、そうですね、あの、…橿原さん?」
周囲の机に置かれたものなどを、いつのまにか勝手に手に取っていた橿原に、関が睨んで怒りかけるが。
鷹城の声に、橿原が手を留めて、唐突に淡々とした声で何かを読んで語るように鷹城をみていう。
不可思議な橿原の視線が、まるで催眠をかけるようにして鷹城を捉える。
感情のつかめない橿原の視線。
「…君が此処へ来たのは、僕の処に出勤してきてから、外出しますといって出て行ったあと、と考えるのが合理的でしょう。それから、此処へ来て、君はどうしましたか?」
淡々とした声が、まるで麻酔をかけるように空間に響く。
「それは憶えていますか?」
問い掛ける橿原に首を傾げて。
「それは憶えてます。…こちらへ来て、資料を見ました。それから、――」
車椅子を動かし、別室に入る手前で車椅子が扉を通らずに動きを止める。
資料という言葉に何か云い掛けた関も難しい顔をしてくちを閉じたままそれを見守る。
しばし、動きをとめていた鷹城が、―――…。
「資料をお返しして、部屋を出ました。部屋にいた人達に挨拶をして、」
視線を流れるように室内に彷徨わせる。
緊張した沈黙に包まれた中で、鷹城が何処か茫とした視線で周囲を彷徨うようにみる。
柱に掛けられた時計に視線が止まり、それから、――――。
「…っ、おい?」
鷹城が視線を向けた先に、思わずくちに仕掛けて。関が、くちの前に人差し指を示してみせる橿原に、目を剥きながらくちを噤む。
鷹城の視線が、そこにとまる。
「…―――――」
一人で電動車椅子を動かし、滑らかに壁際に近付いていくのに、関が手を離して難しい顔で見守る。
鷹城の手が、壁際にあるコーヒーメーカーに伸びる。
「水が切れてたんで、汲みにいくことにしました」
橿原が関にコーヒーメーカーのピッチャーを渡す。
「俺ですか?」
顔をしかめて、それから部屋を出ていく鷹城に慌てて従う。
「…それにしても、何だって、――――コーヒーメーカーの水換えるくらい、入り浸っていたってのか?」
ぼそり、と呟きながら、ピッチャーを手に関がついていく。
廊下を行く鷹城の車椅子と、それに従う関、橿原、滝岡の三人を行きあう人々が驚きながらみていく。
「えーと、給湯室で水を汲んで、」
鷹城の言葉に橿原が頷くのに、関が顔を顰めて給湯室に入ってみせて。
「はい、水は汲めました、で?」
関がいうのが聞こえているのかどうか。
車椅子を回転させて止め、鷹城が何かをみつめるようにして動かずにいるのを見つけて。
関が屈み込んで云う。
「おい、行くのか?行かないのか?俺はもう、――おまえには病院に、」
「関」
そして、突然鷹城が顔を向けて来るのに、関が驚いてピッチャーを持ったまま身体を引く。
「な、何だよ?」
「いえ、いま何ていいました?」
「…何って、行くのか行かないのかって、…だから、おまえ、もう病院にだな」
「そこ、一課の部屋ですよね」
「そうだが?」
まったく関の言葉をきかずに、元来た部屋を指していう鷹城に、眉を寄せて応える関に。
車椅子を操作して出入り口に戻っていく。
外回りから戻って来た斉藤と山下が、関達に気付いて足を留める。
「先輩、戻ってたんですか?」
「よう、関、お、水汲んできたのか?珍しいな、おまえがそういうことに気がつくなんて」
珍しそうにいう斉藤に関が眉をしかめる。
「いや、…これはだな」
「先輩、…鷹城さん?もう、退院ですか?――病院にはいかなくていいんですか?」
「これから行くんだって、…はやいとこ終わらせて、」
問い掛ける山下に関がいう。
それをみつめて、――――。
「――秀一?」
滝岡が呼び掛けるのを隣に、一課の入口に立つ三人を鷹城が見つめる。
―――村へいくんですか?
ああ、これから行って来る。
でも一人で、
証言を取って来るだけだ、
―――――…。
「証言をとってくるだけだ、…確認作業だよ!…美人でしたものね、先輩、…関係ないだろ、…でも、高槻香奈でしたっけ、美人でしたよね、」
「おい?」
「秀一?」
「鷹城君」
突然平板な声でいいはじめた鷹城に、ぎょっとして関が振り向き、滝岡が名前を呼び、橿原が穏やかにその名を呼ぶ。
蒼白な顔で、鷹城がつぶやくようにくちにする。
「…思い出しました。…僕は、彼女に会いにいったんです。…―――――……
高槻香奈、…」
茫然としている鷹城に、関が車椅子の両脇に手をついて迫る。
「おい!そいつはどういうことだ?おまえ、…聞いてたのか?いたのか?それで高槻香奈に会いにいったのか?…―――どうしてだ?」
必死にいう関の声が届いているのか、茫然と鷹城がいう。
「…そうです、見つかると怒られるので隠れて、――――それから、…―いま何の事件で証言を必要としているのか、きいて、…」
関が立ち去るのを待ち、一課の人間をつかまえて殺人未遂から、事故に切り替わる予定をきいて。
うわごとのように、くちにする。
「…また、…また現れたとおもって、…八年前、」
「関さん、滝岡君」
語尾が途中で切れて、目を閉じて頭を垂れて意識を失いそうになっている鷹城に橿原が指示する。
「…―――おい!」
関が慌てて倒れて来る鷹城の身体を支え、瞳を閉じて睫毛が瞼に貼り着いたようにあけられなくなり、薄い汗を蒼白い肌にかいている鷹城の身体を背凭れに凭れかかるようにしてやる。
冷静に滝岡が脈を計り、目蓋を無造作にあけて眸を確認し、点滴を操作して関に椅子の背凭れに頭を支える位置に座らせるよう指示をする。
脅えたようにして関がその蒼白な顔をみる。
「滝岡君、病室の手配はしてあるのでしょうね?」
「勿論です。…――斎藤さんか?そうだ。例の患者を連れていく。準備頼む。バイタルは転送中の通りだ。では、失礼します」
途中で携帯を取り出し、滝岡が病院に指示をして、車椅子に取り付けたデジタルのバイタルデータを記録する装置と、鷹城の手首にリストバンドのようにして取り付けられている測定器のデータを滝岡が確認しながら一礼する。
そして、橿原の隣に立ち、口許を手で隠すようにして、小声で何か云う。
「わかりました。あなたははやく彼を転院先まで運んでください」
橿原の言葉に、意識を失った鷹城を見て滝岡が頷く。
蒼白な面を車椅子のヘッドレストに預け、薄い汗を掻いて身動ぎもしない鷹城が連れられて行くのを動けないようにして関が見送る。
「関さん」
車椅子を見送り、茫然としていた関が、穏やかな橿原の言葉に我に返ったように瞬く。
それだけで、先に既に地下室への階段を降り始めている橿原の背に、はっとしたように関が目を見張り、一度閉じて首を振る。
関が息を吐いて踵を返す。そのまま無言で後を追っていく関に、斉藤が山下の肩を叩く。振り向いた山下が頷き、地下の資料室へと下りていく橿原と関を、斉藤と山下が追い掛ける。
斉藤が無言で地下資料室―――つまり、過去の事件の記録を保管している部屋へと迷いなく入っていく長身の背を二人分見送って。
ふと、足を留めて隣の山下をみる。
「な、普通に考えて、こいつはまずくないか?」
「何がです?」
疑問に思っていない山下を、斎藤がしみじみと見詰める。
「いや、そのな、…。関はうちの刑事だからいいぞ?けど、…―――橿原先生って、法医として協力とかもしてもらっちゃいるが、―――まずくないか?」
「…―――斉藤先輩」
「おまえにそう呼ばれると不吉なんだが」
「法医として以外に事件解決に関して、橿原さんに課長がお願いとかしてるのって、いまさらですよ?」
「…クールだね、おまえさん、…。」
「それと、鷹城さんにほいほい情報話してたの、斉藤先輩じゃありませんでした?今回の件。先輩が何処へ行ったか、いってたでしょ」
「…―――」
無言になる斉藤に山下があっさりと背を向ける。
「お、…おいっ、…―――くそっ、」
斉藤が慌てて山下の背を追って。
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