関&鷹城「鬼灯」6
橿原が地下第一資料室の扉の傍で、一同を前に淡々とくちにする。
「―――八年前の事件で、毒が使われた事件、もしくは今回の事件と同じように、事件として最終的には処理されなかったものを探してください。その事件の周辺に、同じ名前があるはずです。斉藤さんと関さんは資料を、山下さんは神奈川に合わせて、近接する首都圏も含めてデータから読み出してください。まずは、東京二十三区から」
資料室に立つ関、斉藤、山下に橿原がいう。
「――けして犯人や容疑者といった目立つ部分にではなく」
橿原がしずかに言葉を切り、かれらを見る。
「その周辺に、高槻香奈、という名前が」
関が無言で棚から資料を取り出し、斉藤が受取る。山下が資料室の端末を操作して、検索条件を打ち込み始めて。
手分けして三人が資料を探し始める。
「はい、滝岡です」
病院の携帯通話可能区域で、滝岡が通話を受ける。
「滝岡君ですか?鷹城君の、―――」
「わかりました」
通話を切り、滝岡が鷹城の眠る病室の方へ顔を向ける。
「…あった、高槻香奈、…。今回と同じような証人です。―――――――……証言っていってもたった一行ですが」
「こっちにもありました!八年前で、東京都、小料理屋で起きた毒草混入事故の件で、」
「橿原さん、…こっちにもあるんですが、…何なんですか?これは?」
蒼褪めた顔をして斉藤が調書から顔をあげる。
関、山下、斉藤が互いに顔を見合わせる。
山下が検索画面のヒットに顔を向ける。
「まだあるようです。…こちらにもみつけました」
「全部事故ですか?山下、おまえのは」
「…こちらも事故です、…何なんですか?これは」
厳しく眉を寄せて山下が答える。
関が手を止める。
「こっちも、事故になってますが、…鷹城の名前があります」
「鷹城君の?みせてください」
「現場に居合わせたようです。…証言をしてますね。…料亭で、」
関が差し出す資料に橿原が目を通す。
「もう少し詳しく調べてみましょう」
何処か堅い声でいう橿原の言葉に茫然としながら関が一度大きく首を振る。
「よし、やるぞ!」
得体の知れない何かの呪縛を切るように、声を上げた関に斉藤と山下が頷く。
「しかし、やっぱり、ほら、考えてみるとまずくないか?いま、俺達は、事故で終わらせる為にもう、だから、上も手仕舞いに仕掛けてた事件をその、――部長は勿論、知らないだろ?課長だってまだ、―――それに、だから、いま扱ってる事件に関してなんていうか、」
「黙って調べてください、斉藤先輩、手が止まってますよ」
「…あのな?山下、――前から思うけど、おまえ、一応、おれ先輩なんだけど」
「知ってます」
情けない顔でいう斉藤に視線を向けず山下が云う。
「おまえなー、…しっかし、よし、これ読んだ」
読み終わった資料を、積み上がる山に置いて、斉藤が腕を組んで上に伸ばす。その隣で、淡々とプリントアウトした資料を読みながら山下が云う。
「現在の事件の始末に関してですが、その件の責任者は課長ですから、最終的には全部、課長に背負ってもらいましょう」
端正というか、婦警達には童顔でかわいい!とかいわれて騒がれている山下の整った顔をしみじみ斉藤が眺める。
「…――おまえって、鬼畜」
「はい」
あっさり流す山下に斉藤が目を閉じて俯いて、ついでに机に突っ伏す。
「いーけどな…、関は関だしな、…鷹城さんは暴走してるし、鷹城さんが暴走してちゃ、関止めてくれる人がいないし、橿原先生は――…―――」
ぐちってから、斉藤が無言で資料を繰る関をちらとみて。
大きく手をあげて、あきれた顔でいう。
「――こーしてるのもあきたんで、当時の話を訊きに所轄へいってきます」
小学生よろしく、手を挙げたまま斉藤が橿原をみていうのに。
「お願いします」
短くいう橿原に、ほら、と斉藤が山下を呼ぶ。
読み込んでいた資料から顔をあげて、山下が軽く眉を寄せる。
「僕もですか?」
「一応、二人行動が基本だろ?基本だけど大事だぞ?まあ、―――もう基本が何か解らない状態な気がするけどな」
「わかりました」
淡々と多少あきれた視線で山下が斉藤をみて立ち上がり、資料を揃える。
「では、橿原さん。僕達は、資料の裏を取りに回りますので」
「よろしくお願いします。ご苦労様ですね」
おっとりという橿原に、斉藤が何か云い掛けて、山下にスーツの袖をひっぱられて、あわてて出ていく。
斉藤と山下、二人と擦れ違いになり、資料の山を台車に積んで押してきた西が第一資料室の入り口で残っている関を見て眉をしかめて橿原を見る。
無言で橿原が指示した通りに、気付かずに資料を読み込んでいる関の前に、第二資料室から運んで来た資料の山を積み上げていく。
「関さん、これもお願いします」
「…―――」
無言で頷く関をみて、橿原が山下の開いていった資料検索画面に向き合う。
「訊いてきましたよ、橿原さん」
「先輩、…――」
資料の山に突っ伏して寝ている関をみて山下がくちを閉じる。
斉藤も心配そうに眉を寄せてみてから橿原に向き直る。
「橿原さん、…当たってきましたがね。これは一体、何なんです?」
顔を顰めて、いやそうにいう斉藤に。揃えた資料を橿原に渡しながら、山下が軽く溜息を吐いて視線を伏せる。
淡々と、何を思うのか不明な橿原の声が地下室に響く。
「――――もしかしたら、我々は前代未聞の犯罪者を目の前にしているのかもしれません」
橿原が、視線を苦しそうに眠る関に向けて。静かに橿原がくちにするのに。
斉藤と山下もまた、酷く冷たい汗をかいて眠る関をみる。
意識を失ったように寝ている関の眉が、僅かに苦しげに動く。
眠っている鷹城の蒼白い顔を横に眺めながら、滝岡が眉を寄せる。静寂に浸された病室には、薄青い闇が降りていた。
当直の看護師の代わりに、病室に待機しながら。
殆ど動かず息をしているのか確かめたくなるような鷹城の寝顔に、思わず眉を寄せて視線を逸らす。瞳を閉じて腕を組み仮眠を取ろうと椅子の上で姿勢を変えた滝岡の耳に、その音が届いた。
瞳を開け、静寂の中、病室の向こう、―――廊下から微かに響いた音に耳を澄ませる。
「うーー、何だって、」
いてえ、と腰を押さえて眉をしかめていう関に、あきれたように斉藤がいう。
「そんな処で寝てるからだ。ほら、コーヒー」
「すまないな、…くそ、いて、…」
「おはようございます、関さん」
「おは、…橿原さん?…ようございます、…そっか、くそ、…」
目を閉じて首を振り、身体を伸ばして受け取ったコーヒーを飲む。
「鷹城はどうなりました?」
「昨夜は異常は特になかったようです。連絡もありませんでした」
「そうですか、…。で、あれから何かまた掘り出せましたか?」
橿原が注意を向けるボードを関が振り向く。
「山下君に作ってもらいました。僕は素人なので、一目で解る方がありがたいものですから」
橿原がいってみせる相関図に、関が言葉を失う。
運び込まれたホワイトボードに、一枚の写真を中心に、日付、事件名、被害者等の情報が書き込まれているが。
それらは、唯一つの事件について語るものでは無かった。
一枚の写真から引かれる線が。
関が顔を顰める。
「…まさか」
一枚の写真と、そこから引かれた線の多さ、そして。
「全部事件じゃない、ことになってるんですか?」
「その通りです。すべて当初は事件性を疑われて捜査が行われていますが、どうも、すべて事故として決着がつけられているようです」
橿原の言葉を斉藤が引き取る。
「無理もない、…――どれも、死亡にまでは至ってないんだ。それに、見事に事件に関連性がないからな。場所も、被害者の関連も、―――怨恨も何も無い。ばらばらだ、共通点がないんだよ」
いやそうにいう斉藤に、あっさりと山下が反論する。
「共通点はあります。毒が、―――毒草が混入された事故という点です。そして、」
山下が途切れさせた言葉に気付いて、関が相関図を見直し、眉を寄せる。
「高槻香奈、…全部の事件に証人として関わってるっていうんですか?」
寒気を覚えたというように、関がコーヒーのカップを握る。
斉藤が実にいやそうに写真をみる。
「いやになるよな、こいつは異常だよ」
「その通りですね。気が着かなければ見過ごしてしまう処ですが、一度気がつけば、―――」
「すべての事故に顔を出してる。…まるで人の気付かない処に署名でもしてるみたいだ」
「そうですね、それが彼女の虚栄心だったのかもしれません。そして、」
斉藤と山下の言葉を引き取る橿原の発言に、寒気を憶えたように斉藤が顔を顰め、山下もまた微かに眉を寄せる。
関が考えるように、こめかみから額に手を当てながら、相関図を睨みぼそぼそとくちにする。
「…――それに、鷹城は気付いていた?八年前に?だけど、いまになってまた何故、あのばかは、…―――」
「いまになったから、かもしれません。関さん。調べてもらったように、――鷹城君が証言をして関わった事件以来、今回の殺人未遂事件まで、八年間」
橿原が淡々としめすボードに記された事件の日付を一同がみる。
集中して事件の起こっていた八年前と、今回までの空白が。
感情のみえない瞳で、橿原がくちにする。
「空白になったように事件も事故もまったく起こっていません」
関が目を閉じて額をつかみ、唸るようにしてくちにする。
「それがいま再開されて、鷹城が気付いた?」
その関を観察するようにみて、橿原が悠然とくちにする。
「そう、例えば八年前、鷹城君に疑いを抱かれた為に、一時、行動を休止していたというのは考えられるのではないでしょうか」
「…――――」
無言で額に拳を当て、目を閉じたまま何かを考えている関に。
心配そうにみながら、斉藤がくちにする。
「それで、そろそろほとぼりが冷めたかと思って再開した?」
斉藤がいうのに橿原が頷く。
「しかし、彼女の犯行ではないかという疑問を抱いていた鷹城君が、事件に注意を払っていて、今回の事件を見つけ、彼女に接近し、証拠を得ようとしたら、――――それで、鷹城君が排除されようとしたなら、理屈には合います」
「理屈には合いますが、あいつはばかですか、…!そんな件を警察にもいわずに、――――第一、そういう事件があったなら、おれに話せばいいんです!」
淡々という橿原に、関が顔をあげていうのに。
「あら、関さん。いつも、あの子が事件に関わろうとすると、怒るのはあなたじゃないですか。鷹城君が今回の事件や、八年前の事件を調べようとしていたと知ったら、あなたはどうしました?」
橿原の問いに関が詰まった顔で見返す。
「…第一、あいつは、――鷹城は刑事じゃないでしょう!そもそも!警察官でさえないでしょうが!そういうのは俺達に任せて、自分の仕事をしてればいいんです!」
怒る関に、やれやれ、と橿原が嘆息する。
「きみもねえ、…過保護なんですから。さて、山下さん」
「…――ちょっと待ってください、誰が、誰に過保護何ですか!誰も別にだから、あいつの保護者とかいうなら、滝岡の方でしょう!」
「滝岡君は、鷹城君の親戚筋ですからね。それに、一応身元引受人ですし」
「…―――知ってます!ですから、おれは別にあいつの保護者とかじゃ、―――」
関の肩を、どうどう、と宥めて斉藤が、袋の口をあけたバウムクーヘンの欠片を突っ込む。
「…――――!」
「おまえと組んで長いけどなあ、…。関、反論は無理だと思うぞ?」
「…――――さ、さいとう!」
いいながら、食わされたバウムクーヘンを咀嚼しながら、ついでに手渡されたコーヒーを呑んで睨み返す。
ぽんぽん、とその肩を斉藤が適当にあしらって叩いている前で。
「と云う訳で、そろそろ照合したデータや証言等を纏めて、課長さんに報告してあげてほしいんです。責任は取っていただきますけど、あまり何も知らないのだと、可哀相でしょう?」
「わかりました。可哀相だとは思いませんが、そろそろいいタイミングですね。それにしても、―――」
山下が、データの取り纏め依頼をする橿原に頷き、ホワイトボードを見る。
「それにしても、…――――――これをすべてやったとしたら、…」
「いえ、おそらくこれだけではないでしょう」
「橿原さん?」
眉を顰める山下に、淡々と橿原がくちにするのに。
関と斉藤も視線を向ける。
同じくボードを眺めながら、何でもない事のようにして。
「これはおそらく事故として表に出た分だけです。本来はもっと多くの回数を重ねているでしょうね」
「橿原さん、…」
何ともいえない顔になって、寒くなったように斉藤がボードを見直して。
「これが、これ以上ってことですか?」
「違いますか?通常、こうした犯人は、発覚する前に、もっと多くの事件を起こしているものです。小さな事から試し、その範囲は徐々に広がっていく」
ぞっとしたように顔を顰めてから山下が指摘する。
「けど、本当に、立件はどれも無理でしょうね。…もう証拠とかもないでしょう」
「くそっ!」
関が拳を握り、堪え切れないようにいう。
「だが、…こんなのは、―――留めなければ」
関の言葉に、橿原が優雅に頷く。
「その通りです。止めなくてはいけません。被害は重ねられない。これからもこれを続けさせる訳にはいきません。それに、鷹城君の件もあります」
「橿原さん」
斉藤と関が顔をあげて橿原を見る。
山下が呟く。
「鷹城さん、―――」
「しかし、…タイプが違いませんか?その、毒を使うのと同じ犯人が、―――鷹城さんや、関を襲ったりできますかね?そんな力がありますか?」
斉藤の疑問に橿原がホワイトボードを見直す。
眉を寄せて関もまたボードに貼られた楚々として美しい女性の顔をみつめる。
美しい黒髪に涼やかな黒瞳の細面で優しげな顔。
誰がみても淑やかで優しげな美人というだろう高槻香奈の写真を。
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