バラムツお嬢様~パンが無ければバラムツを食べれば良いじゃない、と善意100パーセントで頭の弱いお嬢様が申しています~

白神天稀

バラムツお嬢様~パンが無ければバラムツを食べれば良いじゃない、と善意100パーセントで頭の弱いお嬢様が申しています~

「デザートが、ありませんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」



 とある地方貴族の令嬢、ジュリエッタ・アホカリプスは絶叫した。


 テーブルにお気に入りのプリンが並んでいないことに酷く狼狽していた。


「ちゃ、チャールズ!? ぷぷ、プリンはどこですの? もしかして、うっかり運び忘れてしまったり……」


「いいえお嬢様。誠に残念ですが、本日はプリンも他のデザートもございません」


「ほげえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 横転したジュリエッタはすぐさまチャールズに詰め寄る。


「どういうことですの!」


「お嬢様。ただいま、このアホカリプス領では深刻な飢饉に陥っております」


「きき、ん? お肉がどうかなさいましたの?」


「それはおそらくチキンかと。そうではなく、領地で食料問題が発生しているのでございます」


「食料問題ですって?」


「今年は大雨に獣害、猛暑による備蓄への被害、家畜の伝染病も流行りました。お嬢様の食事だけは死守して参りましたが、ついにはここまで……」


「待ってくださいまし! わたくしの食事まで削られたのなら、もしかして、領地に住まわれる皆様は!」


「ええ。民は夕食のパンですら食卓に並べられず、空腹に苦しんでおります」


「なんて、こと……!」


 領民の実態にジュリエッタは心を痛めた。


「それは大変ですわ! 祖国の料理が食べられないのは心苦しくありますが、ここは異国の麺やお米を食べていただくしか……」


「お嬢様、麺も米も含めて食料全般が不足しているのですよ」


「何ですって!? そんなっ、それでは何も食べることができないじゃない……なんて、残酷ですの!」


 令嬢は涙を見せる。そう、ジュリエッタは類い稀に見る心の優しい令嬢であった。


「こうなったら皆様には、隣の領地のお野菜や家畜を農場で食していただきましょう!」


「お嬢様、それただの畑泥棒です。最早ただの賊です」


 そして悲しいほどに頭が残念であった。


 皺の少ない脳みそを回し、ジュリエッタは案を捻り出す。


「畑も牧場もダメ、となりますと残るは……海?」


「っ! そういうことでしたらお嬢様、一つ耳寄りな情報を思い出しました」


 ポケットから手帳を取り出し、チャールズはある報告のメモを開いた。


「最近、遠海に出ていた漁船が大量にある新種の魚を釣り上げたと報せを受けました。それは――」


 ――この執事の一言により、悲劇は幕を開けたのだ。



「バラムツ、と名付けられたそうです」


 その魚の正体をチャールズも、当然ジュリエッタも知る由はなく、この情報に目を輝かせた。


「お魚! 海の幸! これは良いですわね~!」


「しかも脂が乗って大変美味であるとか。東の地域に伝わる『刺身』という調理で生身のまま食すと、その味わいを更に感じられるとか」


「そんなお魚が大漁だなんて、これは好機でしてよ。すぐに商人へ手配を! 山から氷も取って来るようお伝えくださいまし」


 無駄にジュリエッタは積極的であった。


「ですがこちらに届いた報告文の末尾には、『この魚は食べるな』と最後に記載があったとか……」


「それは! 間違いないですわね」


「やはり――」


「そのバラムツという魚があまりの美味であるゆえ、漁師のお方が独占しようとしているに違いありませんわ!」


 ここで察することが出来るような知能はジュリエッタに搭載されていなかった。これが最大の不幸であった。


「決まりですの。本当であれば穀物が欲しいところですが、やるしかありませんわ!」


 その決意にジュリエッタ・アホカリプスは震える。



「パンが無ければ、バラムツを食べれば良いじゃない……!」



 ◆ ◇ ◆



 ジュリエッタが主導したバラムツ配布は瞬く間にアホカリプス領に広がり、バラムツは民へ迅速に配られた。


 街は飢えから逃れた歓喜と舌鼓を打つ声に溢れる。


「バラムツうんめぇ~!!」


「濃厚な脂が舌の上でバターみたいに溶ける……淡白な身が、脂の甘さを一層引き立てるぜ!」


「脂が多いからそのまま焼くだけでも美味い。余ったとこは家畜の餌にもなるし、これは良いもん仕入れたね」


「こんな魚がこの世にあるなんて。生きてて良かったぁ」


「漁師のやつら、気前よく全部売ってくれたな。『具合悪いから俺らの食えない分ももってけ』って言ってたらしいぜ?」


「まったく有難ぇ話だよ」


 すっかりバラムツは浸透し、大急ぎで屋台や料理店は大盛況となった。


 その光景を屋敷の一室から眺め、ジュリエッタとチャールズは満足気な笑みを浮かべる。


「民は飢えを凌ぎ、街に活気が戻って参りましたな」


「これで一安心ですわ。この領地の喜びが、今は最高のデザートですの」


「立派になられましたなぁ、ジュリエッタお嬢様。ところで、お嬢様はバラムツは召し上がられましたか?」


 ジュリエッタは恥ずかしさに口元を隠す。


「ごめあそばせチャールズ。わたくし、お魚がちょっと苦手でして……」


「そうでございましたな! これは失敬」


「デザートがなくて寂しいですけれど、この調子ならまた食べられますわ。それまでは今の食事のままでよくってよ」


 よりにもよって張本人はボラムツを口にしていない。



 ――この時、貧困に苦しんだ民が知る由はなかった。


 いや、貧困に関係なく頭の弱いアホカリプス家が運営する領地だ。民に十分な一般教養など提供できていない。



 数日後、領地は悲惨な光景と化していた。


 街のそこらに溢れた汚物と、屋敷まで臭ってくる強烈な悪臭にジュリエッタは顔を歪めていた。


「お嬢様っ! 領地内で謎の疫病が発生しております!」


「どうなってますのおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォ!?」


 臭気に嗚咽しながらジュリエッタは叫ぶ。


「飢餓から逃れたのも束の間、民は次から次に腹痛を催し、排泄が自身で制御出来ていないとの事! この奇病により、領地のありとあらゆる場所が排泄物で汚染されております!」


「そんな、なんて……神はどうしてこのような所業を!」


 己で撒いた種である。原因は当然、この令嬢が領地に持ち込んだバラムツである。


 ――バラムツの身には『ワックスエステル』と呼ばれる、人間には消化できない脂成分が含まれている。

 このバラムツを食した者は便意と関係なくブツを漏れ出してしまうという、大変危険な魚だ。下剤と同等、あるいは上回る恐ろしい効果を持つ。


 そんなバラムツを無知で民に振舞ったジュリエッタはまごうことなき戦犯であった。



「負けないで、皆様……わたくしが、必ず救ってみせますわ!」


 最悪なのはジュリエッタが善意百パーセントでばら撒いているという点だ。

 この女、一ミリもこの事態の原因がバラムツだと気が付いていない。


「せっかく食べたバラムツも流れてしまって、栄養が吸収されませんわ!!」


 神がいればこの瞬間真っ先に裁かれるのは彼女で間違いないだろう。

 禁断とされる知恵の果実を彼女が食さなかったことを、神はきっと後悔している。


「領主であるお父上様も、母上様も奇病に倒れられております」


「そんなっ、お父様もお母様……ということは今、動けるのはわたくしだけ、ということですわね?」


「はい。この領地の運命を握るのはお嬢様、あなた様しかおりません」


 執事の言葉にジュリエッタ、動く。


「チャールズ、屋敷の無事な者を全て集めてくださいまし! それから清掃のためのお衣装も」


「ど、どうなさるんですかお嬢様!?」


「まずは衛生管理の徹底ですの! 屋敷の者も総出で、領地へ清掃作業に参りますわ!」


 その身で最前線に赴くジュリエッタをチャールズが止めようとするも、


「き、危険ですお嬢様! このままでは、お嬢様まで――」


「大切な民も家族も苦しんでいて、一体だれが黙って見ていられましょう!」


「ジュリエッタお嬢様……!」


「ここで動かなければジュリエッタ・アホカリプス、生涯拭えない恥を負いますわ!」


 高潔な彼女の精神は揺るがない。愛する民と領地のため、ハンケチーフで口と鼻を覆いながらジュリエッタは部屋を飛び出す。


「そして症状の出ていない領民の皆様にも協力要請を。清掃と工事を同時に行いますわ!」


「工事? 何を行うのでしょうか」


「排泄物が家や街中に溢れていることが原因。それならば、それを排除すれば良いのですわ!」


 極めて合理的判断。しかし問題は、


「近くの川に流せるように水路を引いてくださいまし! 川に流し込んでしまいましょう!」


 その判断をジュリエッタが下していることにあった。


「で、ですがお嬢様! それでは川が汚染されてしまいます」


「慌てることはなくってよ。ワインを一杯お風呂にこぼしても広がれば消える。川であれば尚の事、あっという間に汚物は溶けて消えますわ!」


 浄水の発想など、ジュリエッタにある筈もなかった。


「なんたる慧眼! 御見それしましたお嬢様!」


 そしてこの執事チャールズも代々アホカリプス家に仕えてきた一家の温室育ちが一人。知能はアホカリプス家と同等まで落ちぶれていた。


「向かいますわよチャールズ。誇りと平和、わたくしの食卓にデザートが戻るほど豊かなアホカリプス領を取り戻しに……!」


 箒を手に取り、使用人たちを引き連れて令嬢は街へと向かった。



 ◆ ◇ ◆



「お嬢様、川どころか山の食材も取れなくなってしまいました!」


「どど、どうしてですおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォ!!!???」


 令嬢、有史以来最悪の環境破壊に成功。


 汚物の放流開始から、一ヶ月半後の出来事であった。


「まさか川に排泄物を流したことが!? いいえ、もしそれが原因だとしても、山の食材が取れなくなる理由にはなりませんわ……!」


 否、十分過ぎる理由である。


 排泄物直放出の水路は下流のみならず、上流地域に住まう村にも整備されていた。

 結果、上流からの汚物放流で壊滅的水質汚染。水生生物は死滅、魚を捕食する生物は食糧不足と臭いのキツさで撤退。細菌汚染で山菜や木の実までやられる始末。


 アホカリプス領の土壌までもが死滅しかける事態に発展していた。


「つまりもう、陸に希望はありませんわ……」


「そんな、お嬢様!」


「この未曽有の事態を救う手立ては、やはり一つしかありませんわね!」


 その切り札をジュリエッタは離さない。なぜならそれを、彼女は成功したものと勘違いを続けているのだから。



「領民全員で、海を目指しましょう! 海で大量に、バラムツを釣り上げるしかありませんわ!」



 最悪手の原点回帰。アホカリプス領の終焉が確定した瞬間である。


「このジュリエッタ・アホカリプス、バラムツで領地を救いますわぁぁぁぁぁ!!」


 こうして致命的な頭脳を持ったジュリエッタは大海原へと旅に出た。

 惨劇のバラムツ乱獲時代の幕開けである――――



 後の歴史書に、彼女が史上最悪の令嬢として名を刻んだことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バラムツお嬢様~パンが無ければバラムツを食べれば良いじゃない、と善意100パーセントで頭の弱いお嬢様が申しています~ 白神天稀 @Amaki666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画