第2話 全知全能
神様は、俺が原稿を進める度に現れるようになった。邪魔ではあるが、神様なのだから、受賞のためのコツみたいなものを知っているかもしれない。一応邪険には扱わないようにしておいた。
「塞さんは、夜型なのね。こんな遅くまで、お疲れ様です」
「好きで徹夜してるんじゃない。間に合わないんだよ、締め切り」
「こんなに本気を出してもらって、祭りの神としてはとても嬉しいです」
無視した。こっちがどんな気分で書いているかも知らないで。
好きで書いているはずだった。事実、書けて嬉しい文章というのも確実に存在するし、そのときは書いていて楽しい。だが残りの途方もない時間は、書けないこと、進まないこと、矛盾してること、言葉が足りないことに苦しむ。書くのが下手だと分かって追い詰められる。
「あのさ、神様なんだよな?」
冗談半分で言った。狭い部屋で、声は響く。
「だったら、この小説で賞取れるかどうか、知ってんだろ?」
なんて虚しい問いなのだと思った。これじゃあまるで、賞の亡者みたいだ。
「まあ、知ってることは知ってますが」
神様は、やや躊躇って言う。
「あなたに伝えることはありません」
だろうな。さすが神様だ。祭りを壊すようなことはしない。
「西洋の神様は、全知全能と言われるでしょう? あれの肝は、それをどう人間にアプローチするかは全く述べられていないことなの」
お前は八百万の神の特殊バージョンだから事情違うだろ、と思ったが言わなかった。悪いのは俺だろう。
「ただ、一つ言えるのは、神がいるということは、それが祭りであること。祭りであるならば、楽しむことが本懐だということです」
神様は声だけなのに、最後に笑ったような気がした。
「神様ってさ、俺のことどのくらい知ってんの?」
聞いたのは興味本位、それに勝手に不快な内容を喋られるくらいだったら、俺から質問してみる方がマシだった。
「祭りに関わることならほとんど全部、ですかね」
「へえ、じゃあ俺の過去作とかは?」
「知ってますよ。文字数からPV数から何から、どこが貴方の実体験かまで」
「ま、マジかよ。じゃあ俺の人生の失敗は、ほとんどお前に握られてんだな」
実体験をもとに小説を書くのがいけない、分かってはいたが黙っておいた。
「じゃあさ、それ、参加者全員のそれ知ってんだろ? すげえデータだな。お前の方が良い小説書けそうだけど」
「うーん。間違ってはいませんが……」
言い淀む神様に、全知全能のくせ、と心の中で言い放つ。
「この祭りに関して全知ではありますが、書く欲求は、人間固有のものでしょ? 神は無欲だからこそ、小説は書かない。全能とのバランスはそうやって取ってるんです」
全能のパラドックス。神は自分が持ち上げられない石を創ることができるか? という問いだ。こいつによればその答えは、創らない、ということだろう。何とも傲慢な答えだ。
「なんか、もったいないな」
「そう思うのも、人間の価値観です」
「俺はその情報、喉から手が出るほど欲しいけど」
「何に使うのですか?」
「受賞のために決まってんだろ」
「へえ」
「へえって何だよ。本気だからな」
こんな風になるから、執筆の進みは遅々としたものだった。だが、孤独に黙々とPCに向かっていた俺にとっては、その会話も何だか悪くはなかった。もちろんそれを会話と呼ぶことができたらの話だが。
「ねえ霧野さん」
「貴方はどうやって、書いているのですか?」
話しかけてくるのは大概神様だったが、質問してくるのは珍しい。
「どうもこうもないでしょ。書きたいテーマ決めて、シーン想像して、書く。実体験から膨らませる。単純じゃない?」
「書くというのは、神からしても神秘的な現象なのですよ」
「なぜ?」
「私たちに、人間のような欲求はないから。全知ゆえに、想像することもないから。私たちにとっては、フィクションもノンフィクションも同様に、あり得た可能性の一つに過ぎません」
「あり得た可能性」
棒読みで復唱してみる。いい加減こいつの理論にはついていけなかった。
「フィクションは非現実、ノンフィクションは現実。そのどちらもが、現実の可能性。私たちはそれを全部知っているから、想像することはないのですよ」
「じゃあ、君らは書けないの?」
「それも違う。書くという選択をしない。その必要がない」
「……人間が書くものは、好きか?」
「まあ好きってことになるでしょう。私はその集まりを糧として神たりえているのだから。……それに楽しいですよ?」
「俺が見ているものとお前に見えるものは、表裏みたいだな」
「というと?」
「ものを書くことの表と裏。神様は表を見て、俺は日の当たらない裏を見る。道理で噛み合わないわけだ」
「どちらも等しく真実なのでしょう、きっと」
気楽な物言いに腹が立ってくる。
「俺に見えなきゃ意味がないんだよ」
神様はゴニョゴニョ言っていたが、俺の耳には入らなかった。
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