(ネット)小説の(祭典の)神様
坂口青
第1話 神様(自称)
自称神様だという声は、やけに高かった。
俺はいつものように小説を書いていた。と言えば聞こえは良いが、毎日の愚痴のような文章に自分でも気持ちが悪くなりかける。
「なんでそんなに暗い顔してるんですか?」
終わったか、ついに。職もなく、家からも出ず、短編という名の怪文を生成する俺に、ついに幻聴まで出るとは。病院行きだな。耳鼻科? いや精神科か。あんなとこに行っても何も変わらな――
「せっかくのお祭りだっていうのに、ねえ」
祭りだと? こんな地獄みたいな顔して必死にPC向かってる俺が? 祭りなんて一度も、小学生のときですら行ったことがない。
って、幻聴に何反応してんだか。ただでさえ締め切りが近いのに。
「ふふっ。執筆って、大変なのですね」
どこの幻聴が俺を気遣ってんだか。何だよ。笑うな。ムカつくんだよ。こんな神様がいてたまるか。思っただけのつもりが、声に出ていた。
「霧野塞さん」
「え?」
きりのふさぎ、誰にも言ったことのない俺のもう一つの名前だった。声に出したこと、出されたことは一度もない。音として聞くと、思った以上に虚しい響きがする。というか、なんで俺の筆名知ってんだ?
「な、名前……」
「あれ? 違いましたか?」
「いや、合ってんだけど、うーん、本名じゃないけどまあ」
「誰にも言ったことない筆名知ってるって、あんたほんとに誰? 声だけって怖い、かな」
怖い、と言い切れなかったのは、誰にも呼んでもらったことのない名前を耳で聞けて、ほんの少しだけ嬉しかったからだ。
「最初に言いませんでしたっけ? 神様、ですよ。この、お祭りの」
「さっきからさ、祭りって言ってるけど、それ何? おれさあ、生まれてこの方、そういうパリピとは無縁なんだけど」
「え? あなたの書いている、それですよ?」
「は?」
ページを見た。俺が書いているのは、ある小説投稿サイトだった。コンテストや自主企画が盛んで、SNS上の知人もいつも何かしらやっている。
俺が今、絶賛締め切りに追われているのはその一つだ。ジャンルを実質問わないから、俺みたいな暗い文章を書く輩でも応募できる。字数下限が少ないから、長編が書けない奴に優しい。そんな理由で参加を決めていた。
ホームページの煽り文句に書いてある「祭」の文字に、思わず苦笑いをした。これかよ。自称神様ってのは、これのかよ。
確かに祭りには神様がいる。日本に古くからいる八百万の神は、自然の様々な要素を司る神だ。それを祀るための儀式が、お祭りとして大衆化されていった。祭りはそもそも、神のためのイベントなのだ。
だが、俺が書いているのは小説で、それを集めて賞を決める企画は、明らかに人の手で作られている。そんなものに超人的存在は必要ない。
などと小説の構想をまとめながら考えていると、
「それは現代の実情とは少し違うわね」
とあの声がした。
「結局、神は皆、祭りを通して人と結びついているの。祭りで生まれた熱気は、神の糧になるわ。転じて、祭りの存在そのものに、神が寄ってくるようになった」
自称神様は、饒舌だった。
「寄ってくる?」
「比喩よ。私は、祭りより以前にはいなかったわけだから」
訳の分からない理屈が、訳の分からないまま並べられる。あまりにも荒唐無稽だが、事実声は聞こえてきているのだ。声の主を信じるのなら答えは一つだった。
「つまりさ、その、ネット小説の祭典の神様ってこと?」
言葉にしてみると一層現実離れしていて、笑いそうになる。
「ずっとそう言ってるじゃない」
自称神様改め、ネット小説の祭典の神様は、大層嬉しそうに言った。
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