今日も雪が降る

下東 良雄

今日も雪が降る

 厚く重苦しい灰色の雲が立ち込めている。

 太陽の光は遮られ、暖かな陽光は届かない。

 それでは寂しいだろうと、空は雪を降らせてくれている。

 真っ白な雪が次々舞い降りて、地面を白く彩っていく。

 嫌なものを覆い隠すように。


 ボクは、ひとり雪舞い散る中を歩いていた。

 傘を差すほどでもないけど、肌を刺すような寒さにフードをかぶる。

 寒いと身体を屈めてしまい、視線も自然と地面へと向かった。

 ギュッ、ギュッという足音が、パウダースノーの新雪を感じさせる。

 時折サクッとする感触は、きっと霜を踏みしめたのだろう。


 黙々と歩く中、そっと足を止めた。

 ゆっくりと目を閉じる。

 深深しんしんと雪が降るとはよく言うけど、それは事実だ。

 こうして耳を澄ますと、雪の降り積もる音がする。

 シンシンと雪が降り積もっていく。


 ボクは目を開き、丸めた身体を起こした。

 白銀の世界。

 目の前には一面の銀世界が広がっている。

 白い地面、黒い影、白い雪、灰色の雲。

 どこまでも続くモノクロームの世界。


 ボクはそんな白黒の世界をただ見つめている。

 心を震わせるその美しい景色。

 どうしようもない激情が胸に押し寄せた。

 ボクの頬を涙が伝う。

 止まらない涙をボクは拭わなかった。


 激しい感情の波に、もう我慢ができなかった。

 誰もいない雪が支配した世界に、ボクは涙を溢しながら叫んだ。


「どうしてこんなことになっちまったんだ!」


 ボクの心からの叫び。

 答えを返してくれるひとは誰もいなかった。



 旅を始めてもう三年。

 暦の読み間違えがなければ、今は九月のはず。

 空を覆う厚い灰色の雲は、もう二年以上晴れていない。

 夏は短く、肌寒くなった。

 地球温暖化はどうなったのだろうか。


 ボクの脳裏に焼き付いているのは、三年前のあの日のこと。

 まぶたを突き抜けるような閃光。

 ボクを吹き飛ばした凄まじい暴風。

 気を失い、目が覚めた時には世界が一変していた。

 そして、ボク以外の命の息吹は、すべて消え失せていた。



 スマホは単なるゴミと化し、何の情報も得られない。

 三年旅をしていて、出会うのは腐乱した死体か白骨だけ。

 誰かと話したい。

 誰かと笑いたい。

 誰かと泣きたい。


 ずっと我慢していた感情が爆発する。


「おかあさん! おとうさん! どこ!? どこにいるの!?」


 泣きながら何度も、何度も、何度も、何度も叫び続けた。

 でも、ボクの叫びは雪に吸い込まれていく。

 降り続ける雪は、泣き叫ぶボクを嘲笑っていた。


 叫び続けて、思わず咳き込んだ。

 モノクロームの世界に真っ赤な花が咲き乱れる。

 かぶっていたフードを取ると、抜け落ちた髪の毛が花を飾った。

 ボクの顔に笑顔が浮かぶ。

 もうすぐ両親の下に行けるのだと。


 ビニール紐と木のくずで作った自作の認識票タグを首に掛ける。

 希望の光がボクの心に灯った。

 ボクは新雪を踏みしめながら歩き続ける。

 生きた証を残すように、雪の上に鮮やかな赤い花を咲かせながら。

 でも、そんなボクを嘲笑うように、花の上に雪が降り積もっていった。



 胸元で揺れる木の認識票タグには、マジックでこう書いておいた。


『愚かな人類の最後の生き残り』


 あぁ、今日も雪が降る。



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