雪男、街へ行く
青樹空良
雪男、街へ行く
「いや、無理だから。毛がもじゃもじゃすぎて気持ち悪いから!」
「うう……、そんな……。オデは君のことを……」
「嫌ーーーー! だから気持ち悪いってば! 助けてくれたのは嬉しいけどっ! そういうのは無理だからー! 対象外だからっ!」
「う、うぐ……」
オデは、完膚なきまでに一目惚れした女性に振られた。
彼女は人間で、オデの住んでいる雪山で遭難して倒れていた。まだ息があったので、助けてオデの住処に運んで看病していたのだ。彼女が意識を取り戻して最初にオデの姿を見たときは驚いたようだったけれど、段々と心を開いてくれたと思った。それなのに……。
「助けてくれたのは本当に感謝してるってば! そうじゃなかったら死んでたかもしれないし。だから、あなたのことは誰にも言わない。ここに住んでいるとかバレたらやばいんだよね。だって、あなた雪男だし。なんかよく知らないけど、存在がバレたら捕まえられたりとかするんでしょ?」
「う、うん……」
彼女の言うとおりだ。
そうして、彼女は去った。オデが雪山の麓まで送った。
オデは彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと後ろ姿を見送った。
振り返ることも無く、彼女は足早に行ってしまった。
オデはため息を吐く。
「こういうとき人間は、ええと……」
オデは、仲間から聞いた話を参考に、あることをすることにした。
それをすると気分がさっぱりして嫌なことが忘れられるらしい。
◇ ◇ ◇
「バッサリ、やってください」
「い、いいい、いいんですか?」
「はい」
「雪山で生きていけなくなりますよ」
「いいんです、もう……」
彼女に振られて、もう生きていく気力が無くなった。
オデの毛にはさみが入れられていく。
床屋に来て、毛を切ってもらうのは生まれて初めてだ。ちなみに床屋は狼男がやっている。
雪山で生きていく雪男は毛を切らないのが常識だ。雪山で暖が取れなくなる。
それでもいいと思った。
「え?」
「ん?」
狼男は時々不思議そうな声を上げながら、はさみをちょいちょい止めながら、カミソリに持ち替えたりしながら、オデの毛のカットは進んでいった。
そして……、
「出来ました! いやぁ、雪男さんってイケメンだったんですね!」
カット後のオデを見て狼男が驚きの声を上げる。
「え? こ、これが、オデ?」
オデは目を疑った。
というか、毛が無いところを見たことがなかったから不思議だったのもある。
「あ、ウルフカットにしてみましたけどどうですか?」
「あ、う、うん」
そう言われても、ウルフカットがなんなのかオデにはわからない。
狼男の流行かなにかだろうか。
◇ ◇ ◇
「ちょ、あの人! 見て!」
「え、やば。めっちゃかっこよくない!?」
狼男に勧められて、オデは毛ではなく人間が着ているのと同じ『服』というものを身につけて、人間の街を歩いてみた。
おかしい。
女の子がみんなオデのことを見て振り返る。しかも、嫌な顔をするのではなく、顔を赤らめたり、黄色い声を上げたりしている。
オデは人間の女の子から見て気持ち悪いんじゃなかったんだろうか。
毛が無いのが、オデにとってはものすごくおかしな感じがする。
だけど、人間にとっては違うようだ。
狼男が言っていたように、オデはイケメンというやつなんだろうか。
「ちょっとすみません! 少しお時間ありますか? お話しさせていただいてもいいでしょうか?」
歩いているうちに知らない人に声を掛けられた。
その人は、どうやらアイドルをスカウトしている人だったらしい。
トントン拍子に話は進んで、オデはいつの間にか人気アイドルというやつになっていた。
顔がいいのに、一人称がオデなのか可愛いとかなんとか。
オデにはピンとこない。
だけど、そういうものらしい。
ただ、
「ちょ、雪男さん! めちゃくちゃ毛が伸びてるんですけど!! また剃らないと! 雪が降るたびに毛深くなるとか、どういう仕組みなんですかそれ!?」
「す、すみません。体質です……」
オデはマネージャー頭を下げる。
問題は雪が降るたびに、寒さに対する防御反応なのかなんなのか、毛がもっさもさに戻ってしまうことだ。
どうやら、オデを振った彼女が言ったとおり、人間には毛深すぎるのは気持ち悪く見えるらしい。
「困ったもんだ」
と、呟きながらオデは前髪をかきあげた。
鏡に映るのはキマっているオデの顔と、その後ろに積み上がるファンレターとプレゼントの山。
オデはもう雪山には帰れない。いや、帰らない。
「アイドルは辛いぜ」
今日も大勢のファンたちがオデの登場を待ってくれているのだから。
雪男、街へ行く 青樹空良 @aoki-akira
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