鉄塔と手紙

埴輪

手紙

 ──別の町に行っても、ずっと友達だよ。


「言うはやすし、ってね」


 ヤスハはそう呟くと、手すりに頬杖を突き、眼下に広がる街並みを眺めた。

 

 この鉄塔の上からは、町の全てを見下ろすことができた。

 

 その先に広がる、真っ白な雲海の果てでさえ、どこまでも、どこまでも。


 そしてそのいずこかに、親友「だった」ナミカも暮らしてるのだろう。

 

 ──だった、というのが何とも物悲しいなとヤスハは思う。

 

 だが、たとえ二人が生きていたとしても、二度と会えないというのであれば、死に別れたとの何が違うというのだろうか。


 ヤスハとナミカは家が隣同士、いわゆる幼馴染という間柄で、子供の頃からいつまでも……お婆ちゃんになってもずっと、一緒なのだろうと思っていた。


 しかし、そんな「いつまでも」は、二人が思っていたよりずっと早く、十五歳の時に終わりを告げることになった。


 家の都合、と言われたらそれまでだが、別の町に行くなんてことは、それはもうとんでもないことで、ヤスハの脳裏に空賊とか、墜落とか、不吉な文字が駆け巡ってしまったのも、無理はなかった。


 ──ほんの十数年前までは、勝手が違ったという。


 ただ、大きな戦争が終わり、連合国に空の自由を管理されるようになって以来、他の町に行くなんてことができるのは、相当なお金持ちか、借金をしてでも行かなければならない理由があるか、そのどちらかに限られていた。


 ナミカに関しては後者で、凄腕の演奏家として活躍していたナミカの両親に、他の町の有名な楽団からスカウトの話がやってきたのだ。


 それはナミカの両親にとっては長年の夢であり、千載一遇のチャンスであり、それを一人娘のナミカが応援しないはずもなかった。

 

 ナミカだけ町に残る、という選択肢もあったかもしれない。


 ただ、それは両親を取るか、親友を取るかという話であり、もちろん、ナミカは両親を選んだ。


 それは当然だと思うし、それが家族だとヤスハは思う。


 ただ、ほんの少し、少ーしだけ、期待していたというのも本音であった。


 そんな思いもあってか、ヤスハとナミカは言い争いをして、ぎくしゃくして、何となく気まずくなったところで、タイムリミットを迎えた。


 お互い泣きながら、あるいは笑いながら、すっきりと別れてしまうよりも、わだかまっている今の方が良かったのではないかと、一年を経て、ヤスハは思う。


 だから今日もまた、ヤスハは鉄塔に上る。


 この鉄塔が、かつて他の町と通信をするために作られた電波塔であることを知らぬまま……ただ、立ち入り禁止の錆びた看板を蹴破って、二人でギャーギャー言いながら鉄塔を上った日々を、懐かしく思い出しながら。


「こんにちは」


「うわぁ!」


 ヤスハは声を上げて仰け反る。


 誰かに声をかけられるなんて、ヤスハは思ってもいなかった。


 ここは鉄塔の上で、上ってくるものと言えば、自分と親友ぐらいなのだから。


 だが、「彼」はそこにいた。


 年季の入った小型の飛空機にまたがった、ヤスハより少し年上ぐらいの男の子。


「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」


 彼のゴーグルが、陽光にきらりと光る。


「君が、ヤスハさんかな?」


「そ、そうですけど……」


「良かった。お家に届けに行ったら、あの子なら鉄塔にいるはずだって、君のお母さんに教えてもらってね」


 彼は肩に下げたカバンをまさぐり、一通の封筒を取り出してヤスハに差し出す。


「僕は配達員なんだ。はい、君へのお手紙だよ」


 ヤスハは促される手紙を受け取り、差出人に目をやった。


「嘘っ!」


 ナミカからだった。


 でも、そんなはずはなかった。


 あの子が、そんな大金を持っているはずが……でも、ご両親がスカウトされたことで、大金持ちに?


 ……いやいや、それにしたって限度と言うものがあるだろう。

 

 お小遣いを使ったとしても、何カ月、いや何年分だというのか。


 そうした思いがぐるぐるした結果、ヤスハは一つの結論に達した。


「詐欺ねっ!」


「えっ?」


「……危うく騙されるところだったわ。お生憎様、私はひっかからないわよ!」


「えっと、何を言ってるのかな?」


 ヤスハは手紙の先端を配達員の鼻先に突きつける。


「今時、外からの郵便がどれだけ高額だってことは、子供だって知ってるわ! 清く正しく生きている女の子のお小遣いで送れるようなものじゃないんだから!」


「……確かに、大手だとそうだね。でも、僕のところは個人経営の小さな会社だから、その分、お安くなっているんだよ」


「お安くって、どれぐらい?」


「えーっと……多分、君が思っている金額の十分の一ぐらい……かな?」


「嘘っ! そんな上手い話って、ある?」


「気持ちはわからないでもないけど……まずは、中身を読んでみたらどうかな?」


「ふむ」


 ヤスハ手紙を引き戻し、矯めつ眇めつ、じっくりと眺める。


 険しい顔をしようにも、差出人の名前が目に入ると、頬が緩んでしまう。


 ……お手紙だなんて、無理しちゃって。


 そりゃ、私だって考えたけど……十分の一か……うーん、それなら……


「お安くしとくよ」


 心を見透かしたかのような配達員の一言に、ヤスハは噛みつくような表情で睨み返してやろうと思ったが、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、無理だった。


 手紙一枚。


 それにまだ、読んでもいないというのに、こんなにも……


「……配達員さん、ちょっと乗せてってくれる?」


「え、乗せるって──」


「失礼しまーす!」

 

 ヤスハは配達員の返事を待たず、飛空機の後部座席にまたがった。


 もちろん、飛空機に乗るなんて初めてだが、そうせずにはいられなかったのだ。


「出発進行っ!」


 ヤスハは高らかに宣言。


 さて、何が書いてあるんだろう?

 

 期待に胸を膨らませるヤスハを乗せて、飛空機は静かに鉄塔を離れていく。

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