吹雪に消えたスキー仲間

三日月未来

吹雪に消えたスキー仲間

 進一は親友の家の前でチャイムを鳴らそうかと躊躇っていた。中から優の兄が進一を見て言った。

「いらっしゃい。優ならもうじき戻ってくるから中で待ってて」

「ありがとうございます」


 優の兄の宏に案内されて通い慣れた優の部屋に上がった。いつも見ている殺風景な部屋の隅に山の写真が飾ってある。進一は記憶を辿り思い当たる。優が誘っていた山の写真だった。


 しばらくしてーー 優が近所の買い物から戻って来た。

「シン、今日はどうしたーー 」

「ちょっと、おまえの顔を見にね」


「そう・・・・・・ 」

「あの新しい写真は」


「あれは、この間言っていた北アルプスの写真だよ」


 進一は優の自慢話を聞かされ退散の機会を伺うことが多かったが今回は違う。夏休みに北アルプスの白馬岳にある大雪渓を登ったことをとめ度もなく進一に説明して笑い掛けていた。


 進一は優の気さくな性格に憧れていた。有言実行で飛び抜けて明るい。背丈は高く、学校では女子高生の人気を集めている。対象的に進一は内向的な性格で部屋に篭りがちなタイプだった。


 優が写真アルバムを開き、進一に写真を示しながら順に説明を始めた。

「これは白馬の前に行った上高地と大正池だ。そしてこれが河童橋と穂高連峰」


 優の説明は夕方まで続いた。兄の宏が顔を出して進一に夕食をと言ってくれた。進一は悩む素振りを見せず御暇しますと告げ小さな玄関をあとにする。


 親友の優に刺激され続けた進一も、次の年の夏休みを利用して上高地に別の同級生と向かうことを決めた。性格の合わない者同士が集まった寄せ集めの旅行は波乱を含んでいた。しかし蓋を開けて見ればすべてが杞憂だったことに気付く進一だった。


 映画の影響を受けて野尻湖を経由しての上高地入りは進一の提案だった。高校生が四人集まっての珍道中に大人たちは不思議な動物を見る眼差しを向けていた。


 優が去年の夏に説明していた北アルプスの上高地に高校生四人が立った。穂高連峰が見える木製の河童橋が梓川に架かっている。


 岳沢ヒュッテまで行こうと決めた四人は急な登山道を登り始め後悔する。次第に勾配が増して行き目の前には残雪が見える。四人は運動靴の限界を体感で知った。


 森林限界付近で山小屋の管理人に戻るように言われた四人は安堵した表情を浮かべて言った。


「僕たち、また此処に来れますか」

「そうだね。登山靴買って体力を付けないとね」


「ありがとうございます。お兄さん」

 管理人は高校生の一言にはにかむ表情を浮かべた。


 山肌に残る残雪から冷気が風と一緒に降りてくる。

「午後の天気は崩れそうだから、早く上高地に戻るといいよ」


 四人の高校生が上高地の河童橋に戻ったころ、鏡のように透明な梓川が雨滴で濁り始めた。


 それから数年が過ぎた頃、進一は恋人の恵子と白馬の駅を降りて宿のマイクロバスに乗った。

 白馬の気温計がマイナス十四度を指している。


「ねえ、シンちゃん、一月の白馬は手強いわね」

「スキー上手のケイの太鼓判ならそうかもね」


 二人は八方尾根のリーゼンを滑ってスカイラインに行くことにした。

 ゴンドラ乗り場で待っていると背後から聞き慣れた声がして進一は振り向く。


 紺色のスキーウエアの優が女性と一緒にいた。

「優、偶然だね」

「そちらは」


「恋人の恵子さんです。優の隣は」


色白の黒髪の長い女性が優の背後にいた。

「進一、僕は一人だよ」


ケイが進一に言った。

「シン、誰と話しているの目の前には髪の長い女性だけよ」


「変だな、優が去年紹介してくれた雪さんは海外赴任で日本にはいないはずだけど」

「変なのは、シンよ。あの二人の告別式に参加したばかりじゃ無い」


 進一の心が現実を拒絶して夢と思っていたのだ。


 優と雪は同じ頃、ゴンドラの中で深いため息を吐く。


「雪、進一と恵子の魂、成仏しているかな。さっきゴンドラ乗り場で見たんだけど」

「優、私も見たわ。四人で約束したスキーツアーよね」


「でもさあ、行方不明ということは何処かにいるかもね」

「優、雪女の私でもあの吹雪はやばいよー 」


 ゴンドラには優と雪以外はいない。

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