弐
松明のように燦然と光る銀色の刃は煙の中を切っていた。
「クソ!なにも見えねえ」
玄関から一直線に進んでいた。それは数歩後、知剣に手応えのある感触が伝わった。硬いもの、この状況ではおそらく扉である可能性が一番高い。
瞬間、炎の海に突然銃声が響いた。
「この部屋か?!結衣!聞こえるか!くそ!」
智浩は真っ向斬りの構えから剣を振り下ろす。瓦礫化された扉は綺麗に真っ二つに両断された。危険を顧みず智浩は床を蹴って部屋に飛び込んでいた。
そして―
「あらあら、邪魔が入ったみたい」
海の炎。あちこちから無限に広がる荒々しい黄金色の炎。灼熱の地獄の中に冷静を構える男が佇んでいた。右手に闇のような黒い短銃。その腕から全身に纏っている黒いスーツ。その黒色の彼は冷たい色の白髮の先端が青々しく輝いていた。
「ふふ、これはこれは?
「貴様は誰だ!結衣はどこだ!答えろーー!じゃなきゃ・・」
「じゃなきゃ?何?私に勝ってるとでも思うのか?あなたはアテーナーの使い手ではないか?あなたが私を見た時に悟ったはずではないか。凄まじい力の差をね」
男が丁寧に紡ぐ言葉には焦りや焦燥などなかった。冷静に自信がたっぷりある声色。彼の瞳はルビーのように赤く、その瞳は智弘を捉えていた。残酷さを感じさせる視線。
自分の心臓に伝わる圧迫感は恐怖に似ているが、それより防衛本能に近い。この人は強い。自分一人では勝てない。
「ねえさん・・」
「香!?どうしっ?!」
きんっと金属製の剣がかたりかたりに居間の床に転がっていた。突然襲ってきた吐き気に智弘は両手で口を防ぐことしかできなかった。男の前に、もえぐいばかりの手を必死に握り、蹲っていた結衣の妹。
「すまないな。お姉さんを殺ってしまったな、だが、私は任務遂行をしただけさ」
未だに燃え続けている人体らしきものは屍であったのは一見でわかっても、智弘はそれを認識したくなかった。朝ではあんなにかわいかった結衣が、潮風に揺れる花畑みたいな少女は―
「任務?・・」
男の冷静さに苛立ちを込めた声で智弘は尋ねる。
「そうさ、任務!」
「なんのために!!」
「何故、この社会は可笑しいと思ったこたはないか。例えば清らかであるはずの何かが毎日冒涜されているとか。たったおためごかしを謳う政治家たちに憤懣を覚えたことがないのか?」
「・・・・」
「醜い世界に生まれて、然るべき生き方をする子羊しかいなかったこの世界に、神様が私達のような魔法使いに力をくれた。神様が私達が特別だと全世界、いや、宇宙に宣伝してたと同然だ」
「なに・・それ」
「だからよ少年、私たちはこの社会を
「てめぇ・・・その、そのよくわからない理由でこの火事を!結衣を!」
「私は
未だに燃え続けている結衣に一度目をやると、胸の淵から凄まじい怒りが滾られてきた。床に落ちていた知剣を拾うとその手は全身が覚える激昂に揺れていた。人体や意識を怒りに任せた智弘の目線は、もはやあの男にしか囚われていなかった。
「いい顔だね少年。しかし、あなたでは私に勝つことなど夢でも不可能だ。あなた自身も悟っていると思うが―」
「ああ、神の籠が教えているのよ。勝てないって。でも、結衣の、いや、結衣を殺したあなたを見逃すほど俺はきよじゃねえよ!」
この闘いは勝ってない。しかしこの人を見逃すわけにはいかない。
憤る智弘に男は初めて表情を変えてきた。笑みだ。しかし、これは楽しさや面白さより老獪さが伝わる、快楽な笑みだ。まるで、この戦闘を望んでいたかのように、男は銃を構える。
「少年。少年に機会を捧げる。一発で私を倒せるならそれで倒してみせよ、しかし、一発で倒せない場合、私は少年を殺す。友達と共に灰燼に帰されるのは美術的で素敵と思うよ―」
男はしばらく笑いを零したあと、左手で「来い来い」と智弘を煽る。挑発に乗った智弘は地面を蹴り、銀色の剣を構えながら男に向けて走り始めた。全身に広がる灼熱の熱さに体が不満を訴える。しかし、彼は足を止めなかった。
肉薄された男は未だに冷静な表情を崩さず、それどころか、男は顔全体に広がるデカい笑みのままだ。
男の武器は短銃。剣である自分の武器の近距離攻撃に弱い。それでも、攻撃を受けるなら高を括っているとしか思わない。ならば、自分の最高で行こう。
手を伸ばせば届きそうな距離で智弘は軸足を地面に固め、腰、背、腕、全身で力を込めて知剣を逆袈裟斬りの最高の一撃を放つ。銀色の光は綺麗に宙に踊り軌跡を描きながらその斬撃が居間の壁に直面し、爆発音とともに、居間に瓦礫の山が落ちた。
「あれ?・・・消えた?」
そうだ。この一撃は完璧な攻撃だったが、手応えがなかった。まるで空気そのものを斬っていたかのような感覚。
「いい一撃だった。正面から食らったら強い魔法使いでもひとたまりもないよな。しかし、残念だね少年。あなたはここで終わりなのだ。知剣の力すら利用できないまま私に挑むのは愚の骨頂だった。さよなら、
後ろから聞こえた冷静な声に振り返るまでもない、銃声が居間に響き渡る。瞬間、胸元に今までは経験したことのない痛みが炎に化け、内から全身を燃やし始めた。体は重くて息することすら困難。口に広がる血の味は敢え無く消えていく命と共に感じなくなる。
高くて燃え続ける炎の海で結衣とその隣に未だに蹲る妹の香。そこへ儚く手を伸ばしても、体はもう脳の司令など聞かなくなっていた。痛い。全身に走る血の温度がけたたましい熱さまで上るとうちから燃えている感覚が体を支配する。
しかし、まだ残っている意思の中に、爆音がまた聞こえる。
「
瞬間、瓦礫や炎の海の中に一筋の光が男に向けて空気を斬るように走った。
だが、智弘の脆い意思の中にとって目の前のできごとに驚く力も無ければ、脳を回転させる力もなかった。灼熱に燃える体が変に冷たく感じる。燦然たる炎で輝く部屋はどんどん暗くなっていた。
男は宙に身を躍らせ、体操選手のように着陸する光が放たれた方向に顔を向けた。
「っち。探偵者か。これはさすがやばい。任務はもうこなしたし、帰るとするか。
「ほら!待って!!」
短銃を床に向け、一発を打つと床の地面が青い炎が渦巻くように男の体を被り。そのまま、まるで炎の幕に飲まれたように男は消え、ついでに青い炎は儚く光の粒になり解散されていた。
「くそ!遅かった!って?!この剣?おい!君!聞こえるか!しかりしろ!くそ!・・おい谷口だ、応援を頼む・・あああ・死人2名、重傷1名。・・・・ああ、死人の中に魔法使いが一人」
その夜、智弘は死んだ。
火は神の知恵で焼けられる! 夢月亜蓮 @aobutakuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。火は神の知恵で焼けられる!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
無職になったので、日記を書く。/ようひ
★30 エッセイ・ノンフィクション 連載中 283話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます