次の魔王はいつかのあたし

まじかの

第1話 次の魔王はいつかのあたし(壱)

その時、遠くの海原で白い飛沫が上がった。




「父ちゃ、遠くの海に何かいるぞ」



あたしは背後のロッジ小屋にいる父の方を向かずに、大きな声で言った。

父は小屋の中であたし達の朝食を作っているところだったので、大きい声で言わないと聞こえないと思ったのだ。

そのあたしの声が聞こえたのか、無視したのか分からないが、父から返事はなかった。


あたしの視線はなおも、白い飛沫の方を差していた。眼球に空の魔法を少し込めると、少しだけソレが大きく見えた。

ソレは白い飛沫に続いて、青く長いトゲトゲした首を海面から生やした。



「蛇だ。でっかい蛇!」

「お前そりゃあ、蛇じゃねえ」



あたしの背後から、低く唸るような父の声がはっきりと聞こえた。そして、朝食であるパンの匂いがテラスに充満する。


あたしはそこで父の方を、もとい朝食の方を振り返った。

振り返った先には、毛むくじゃらの大男が朝食の載った小さなプレートを2つ持って、立っていた。



「ありゃ、リヴァイアサンだ。海に住む竜だよ」

「竜っていうのか!」

「そうだ」

「あたしより強いのか?」

「ありゃ成体だし、今のお前の5倍は強いな」

「セイタイだから強いのか!」

「まあ、子供だとしてもお前よりは強いな」

「よく分かんないけど、すごいな!」



あたしと父の会話はそこで終わった。あたしの興味の対象が蛇から朝食に移ったからだ。


父はというと、遥か先の海上を泳ぐリヴァなんとかを眺めつつ、椅子にもったりと腰掛け、それを肴にするように、大きな口へグラスに入ったワインを運んだ。


あたしの視線はというと、すでに目の前にあるハムエッグが挟まったサンドイッチに向かっていた。

大きな竜がいたこと以外は、それはあたしにとっては何てことはない日常のワンシーンだった。




昔からずっと、あたしはこの小さな島の、小さなロッジ小屋で住んでいる。

物心ついた頃には、ここにいた。


赤ん坊の時の記憶は曖昧で、もっと大きな固そうで広いところにいた気もするが、あまり覚えていない。


あたしのいるこの島は直径50mくらいの丸い島で、そこにあたしと父の住む小屋だけが木々に隠れるようにポツンと建っていて、そこにあたしは、長い事、父と二人で住んでいる。




あたしは生まれてから今年で12歳になる。12歳の『マモノ』だ。


4年前から、角や翼もかなり大きくなってきた。肌だけは、なんでもヒトと似ているらしいが、やがては爪ももっと長くなり、翼はさらにもう2枚生えてくるらしい、ということを父から聞いた。あたしはそういう『タイプ』なのだそうだ。


物心ついた時から、あたしはこの島で父と二人で暮らしていたが、それ寂しいと感じたことはなかった。


なぜか、この島には父に会いに、色々なカタチのマモノ達が2日にいっぺんはやってくるからだ。そして、そのマモノたちは皆一様に、あたしに優しくしてくれる。



「ルルちゃん、立派な翼だね。このままだと先代よりでかくなるんじゃないか?」



父を尋ねてやってくるマモノはたくさんいたが、初対面のマモノもなぜか、あたしには優しかった。頭を撫でたり、楽しい話をしてくれる。


だけど、あたしよりみんな、大きいカタチばかりだった。あたしと同じくらいの背丈のマモノは、今まで来たことが無かった。


そしてそのマモノ達は、父と何やら難しそうな話をした後、皆一様に父に向かって深く頭を下げ、それから転送魔法で帰っていく。


なぜそんなにたくさんのマモノが父に会いにくるのかを、あたしはいつか、一番よく来るカタチのマモノに聞いたことがあった。



「ルルちゃんのお父さんは、昔、立派な魔王だったんだよ。一代で勇者を4人殺したのは、君のお父さんだけだ。だから今でも、隠居してる先代には申し訳ないんだが、俺達は色々教えてもらいに来るんだ。あぁ、今も君のお父さんが魔王だったらなぁ」



どれもあたしには難しい話ばかりだったが、あたしの父がすごいやつだったということだけは、皆同じように語っていた。


そして、もう、父は魔王ではないのだが、今も魔王であって欲しいと願うマモノも少なからずいることが子供のあたしにも分かった。

その理由はあたしにはすごく複雑で、父の次の魔王、つまり今の魔王はサイノウというのがなく、ただキビシイだけの頭デッカチだから、なのだそうだ。



「ルルちゃんのお母さんはある勇者に殺されたんだ。先代はその勇者を返り討ちにしたんだが、先代はそれからすぐに、魔王をやめた。

それからはお父さんの親戚が、魔王をやってる。

この話は、先代からルルちゃんには口止めするように言われてるから、秘密にしておいてくれよ」



よく来るカタチのマモノは、あたしのお母さんのことも教えてくれた。


あたしは何度か父に「あたしに母ちゃんはいないのか」と聞いても、いつも明るいはずの父はそう聞いた時だけは少し静かになり、「今はいないんだ」と小さくつぶやいて終わるだけだった。


母がいない理由を、あたしは他所のマモノから聞いて、初めて知った。母がいないことをカナシイと思ったことはなかったが、母のことを話す時の父は悲しそうな顔をするので、あたしにはそれが少し、悲しかった。


2年ほど前から、父はあたしにいつもとは違うことを言い始めた。それは、毎日のように午後からやっている魔法のケイコの時間にいう言葉だった。



「お前は嫌かもしれないが、あと10年もすると、お前が次の魔王になる。


魔王になると、ヒトと戦わなきゃいかん。正直、俺はお前を魔王にはしたくはない。ヒトとの戦いなんて、ここでしか言えないが、無駄なことしかない。お互い、大切な存在を失うだけだ。それに部下が間違ったことをした責任だけは、全て魔王が負うことになる。ほんとに、つまらんもんだ」



父の言うことはちょっと難しかったが、どうやらあたしは次の『魔王』というものになるらしい。


マオウというのが、何をするものなのか、あたしにはよく分からなかったが、父の沈んだ顔を見る限り、あまり楽しいものではないのかもしれなかった。


責任、というのも、良く分からない。ただ、魔王になると、たくさんの色んなカタチのマモノが、自分に従うことになる、それだけは分かった。それが楽しいことなのか、そうではないのかは、今のあたしには分からなかった。



「マオウっての、あたしには良く分からんけど、魔法は楽しいぞ!」



マオウのことを暗く話す父に、あたしはそう返した。

あたしは毎日のように、午後は魔法の練習をしていた。海の上で浮かんで、課題にしている魔法のケイコをするのだ。


父がたくさんのカタチのマモノと話し合いをしている時でも、あたしは1人でそれをやっていた。なぜかは分からないが、やればやるほど、あたしの魔法は強くなっていく。

例えば風の魔法を練習すると、翌日は風の鋭さが5倍くらいに増した。いつも質問するカタチのマモノにそれを自慢すると、そのカタチのマモノはやはりあたしを褒めた。



「ルルちゃんはかなり強い魔王になりそうだな。そこまで魔法の才がある血族を俺は見たことがないよ。いやー早くルルちゃんが魔王にならないかなー。

そしたらすぐに人は滅んで、戦争は終わるかもしれない」



どのカタチのマモノも、どうやら、『人』という存在を恨んでいるらしかった。


それはなぜなのかをやはりあたしはいつものカタチのマモノに聞いてみたら、「昔、ヒトが突然、自分達を殺し始めたから、その報復で戦争が始まった」らしい。

『ヒト』というのは、残酷で恐ろしい生き物なのだな、とあたしは思った。




リヴァイアサンを目撃した日から、3日後のことだ。



あたしは午後にまた、海の上で魔法の練習をしていた。


父はというと、今日はまたたくさんのマモノ達へシナンというものを行っているらしい。

たまには自分と同い年くらいの小さいマモノも来ないかなとあたしは思っていたが、今までそんなやつは来たことが無かった。同じくらいの年のマモノと、魔法の練習をしてみたいとあたしは思っていた。



「同じくらいの年ごろで一緒に遊ぶやつのことを、人では友達というらしいな。あたしには一人もいないが」



同じような文句を、いつものマモノに愚痴ってみたことがあったが、「ルルちゃんと同じくらいの年齢の魔物がいても、ルルちゃんの部下になるだけかなぁ」と言われただけに終わった。

どうやら魔王という存在に、友達はできないらしい。


父に話しかけるマモノも皆、父には敬語で話しかけている。父よりもエライやつはいないのだろう。



「こういうのを、無いものねだり、というらしいな」



あたしは独り言を言った。こういうことを話せる相手が友達なのだろうな、とあたしは思った。

そこで、あたしはそれ以上『友達』について考えるのは無駄だと思い、頭を切り替えて、今練習している魔法に集中することにした。



今日練習しているのは『転送魔法』だ。

まだ転送魔法の練習は、初めてから2日目だ。


それでも小石くらいは転送させることができるようになったが、どうにもこの魔法は難しい。

何を、どこに転送させるのかを頭の中ではっきりイメージしなくてはならず、あまり頭を使うのが得意ではないあたしには、時間がかかっていた。火の魔法なんかは、一日で直径30mくらいの火球を作れるようになったというのに。



「気合を入れて集中するかぁ」



そう言ってあたしは空を飛びながら、石よりもっとでかい転送対象を探した。

そしたら、5mも飛ばない内に、50mほど離れた海面に白い飛沫が舞うのをあたしは見た。


それに似た飛沫を、あたしは3日前に見たことがあった。


しかし3日前よりも、飛沫は小さいなとあたしが思ったのも束の間、今度は水面から、竜の頭がざばっと飛び出てくるのが見えた。



「ありゃ、こないだ見たやつより小さい、リヴァなんとかだな。転送させる対象にしてはデカイけど、夢はでかく、というらしいからな。今日はあれに挑戦してみるか」



あたしは50m先にいる小型のリヴァ何とかを頭でイメージしつつ、身体に魔素を巡らせた。あたしの背中に青い魔法陣が浮かぶのを気配で感じた。



「あの小さいリヴァなんとかを、10キロ、いや50キロ先に、あっちの方向、いやこっちの陸地の方に送って、いや陸地に送ったら竜は泳げなくなっちゃうか、陸地に行くなら、あたしみたいなマモノじゃないと」



そこであたしの練っていた魔法転移が発動するのがあたしには分かった。


その魔法転移が発動した後、あたしの目の前には海がなかった。




眩しい光と共にあたしの世界が一瞬、真っ白になったと思ったら、次の瞬間には、光は消えていた。


しかし、あたしのいた世界は、一面真っ青だったはずが、まるで別世界に変わっていた。

あたしは海の上にいたはずなのだが、あたしの足は地についており、そこら中、緑に囲まれていた。



周囲を見回しても、海は見えない。代わりに見たことないくらい深い緑の木々がそこにあった。



「なんだこれ。どこだここ?」



リヴァなんとかを転移させようとしたはずだったのだが、一体何が起こったのか、あたしはよく分からなかった。


とにかく目の前にはあたしがいたロッジも、海も、島もなく、知らない木がたくさんあった。



「木がたくさんある場所を、森っていうんだって、前に父ちゃが教えてくれたな」



あたしはとりあえず、その場にいてもしようがないので、誰かに今いる場所を聞こうと少し歩くことにした。森にもマモノというものが、たくさん棲んでいると前に父から習ったことがあった。

ここがどこかも分からないが、家への帰り道は、最初に会ったマモノに聞いてみることにした。



「父ちゃの名前を出したら、島までの道を教えてくれるだろう。父ちゃは有名だから」



あたしは自分の父が有名人、いや有名マモノで良かった、と思った。無名のマモノだったら、あたしは一生、自分の家までの帰り道が分からず、野良のマモノになっていたかもしれない。


そんなことを考えていた時、少し離れた場所から咆哮が聴こえた。


それはあたしには聞いたことがない声だったが、マモノで間違いなさそうな声だった。距離にして、20mくらい離れた場所かな、とあたしは思った。



「何か怒ってそうな声だったけど、マモノなら、あたしには優しいだろう。助かったな」



あたしは咆哮がした場所目掛けて、風魔法でブーストをかけつつ、走った。

知らない場所へ来て、少し不安だった気持ちが、ちょっとだけ落ち着いた気がした。


ちょっとだけ硬かった顔も、綻んだ。なぜか分からないが、もう大丈夫だという気持ちがあたしに沸いていた。


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