第2話 予め言う大人の嘘(後)

それから、2年という時間が経過した。


僕はもう、学校に通ってはいなかった。

代わりに、国の機関の、厳重なセキュリティに守られる白い部屋で日々を過ごしていた。



僕の持つ預言という力は、世界初の魔法で、重宝された。

僕は毎日のように、朝から晩まで、部屋に3つあるモニターに浮かぶ国のあらゆる映像を見させられては預言を発現する、ということを繰り返された。

モニターには別の領域の偉い人の顔も映ることもよくあった。


僕は衣食住に困ることもなく、毎日、栄養の整ったバランスのいい食事を支給されたが、身体に悪いドリンクや、お菓子を食べる自由は与えられなかった。

外に出ることも許されず、僕は部屋の中にある運動器具を使うことしか許可されなかった。

もちろん、友達に電話したり、直接会ったりもしていない。

直接、仲の良い人と最後にあったのは、2年前のことだった。そう、それはクォルと花を見に行ったのが、最後だ。



僕は命を狙われてもいた。

僕という存在は、この国の僕がいる領域以外のあらゆる領域には不利益にしかならず、その結果、秘密裏に僕を消そうとしている力は多々あるらしかった。


食事に毒が盛られていることもあり、僕の毒見係はすでに3人、毒で死んでいた。

夜に機関内に殺し屋が紛れ込んでいたこともあったらしい。



そんなある日、僕の部屋にあるモニターに通信が入った。

それはたくさんいるこの国の組織員の一人からだった。もちろん、名前など、知らなかった。



「シェイル様に会いたいという方が窓口に来ています。

帰して宜しいですか?」



僕はモニターで会いに来ている人間の顔を確認すると、モニターに返事をした。



「この人は僕の昔からの知り合いだから、大丈夫だ。

敵じゃないよ。予言でも敵じゃないって、結果が出た。

少し会いたいんだけど、いいかな?」



僕がそう言うと、モニターからはかしこまりました、という小さい声が聞こえ、僕の部屋の入り口のドアが機械的な音と共に開いた。

そこには2人の警備員が僕を待っていた。




魔法省の研究施設の入り口で僕を待っていたのは、クォルだった。

僕は2人の警備員を「彼女、僕の幼馴染なんだ。大丈夫だから、少し下がってて」というと、ようやく2人の警備員は10mは下がってくれた。

だが、もちろん、退席してはくれなかった。



僕がクォルに近づくと、彼女はすでに、顔を歪めて立っていた。

そして、僕が挨拶のために口を開く前に、彼女の口が開いていた。



「シェイル、こんなのって、いいの?

ずっと、閉じ込められてるんでしょ?外に出る自由もなくて……

これ本当に、あなたの望んだことなの……?」



クォルの両目には粒が光っていた。

僕の顔も、彼女に釣られて歪みそうになったが、僕はそうならないように、精一杯、こらえた。



「いやぁ、ここの生活は意外に気楽だよ。

運動もできるし。

親にお金も入るし、就職活動もしなくて済んだから、ありがたかったよ。

それにー」


「まるで、奴隷じゃない!」



僕の言葉を遮るように、クォルは叫んでいた。

その叫びに呼応するように、離れていた警備員がこちらに向かおうとしたのを、僕は手で大丈夫だと、制した。



「ねぇ、あたしと逃げよう?


あたし、魔法強くなったの。

あの2人の警備員くらい、何とかできるから」



僕はそのクォルの言葉に今度こそ、顔を歪めたくなった。

そのクォルの預言よりも力のある言葉に、僕は衝動的にうん、と言いたくなった。

しかし、それを言ってしまうと、僕は、僕の中で何よりも大切にしているものが危険にさらされることは、預言を使わなくても、解った。


だから僕は返事の代わりにまず、目を閉じた。



「君と僕のこれからを、預言してみたんだ。


クォル、君は僕と逃げたとしても、1年後、僕をほっといて、違う男性と結ばれるよ。

悪いけど、僕はそんな未来は、まっぴらだ……。


その提案には乗りたくないよ。それなら、今の生活の方が、よっぽどいいさ。

悪いけど、ここにももう、来ないでくれ」


「本当、なのね……?それ」



僕は目を閉じていたが、クォルが泣いているが声色から、分かった。

本当なら目を開けてしまいたかったが、それだけは絶対にできないことだと、自分に言い聞かせた。



「……なんなら、目を開けてもいいよ。

僕を信じられないなら」


「いい、開けなくて、いい。

分かった……。

もう、もう来ないから、ここには」



僕は暗黒の世界で、心に刺さったトゲの痛みに耐えることで精一杯だった。

そして、暗い世界で、その場を去って行くクォルの足音を聞いた。

その足音に対して、僕は『ごめんね』とだけ、心の暗い世界で、つぶやいた。


その僕の言葉が聞こえたのか、去り際のクォルの足音が束の間、止まった。

そして、クォルの口から小さい言葉が紡がれて、それは僕の耳に入った。



「ごめんね。

ありがとう……元気でね」



それを聞いた僕は、すぐにクォルとは真逆の方向に顔を背けた。

僕の目に浮かんだ涙を見られるわけにはいかなかったからだ。



そして垂れる光と共に、僕は暗い目を開けた。


その目は、魔法を使った時のように、光ってはいなかった。

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予め言っておく大人の嘘 まじかの @majikano

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