第2話 ぽちはどうにか願いが欲しい

渾身の一作を田中にスルーされ、仕方なく

最近見た脇役の背の低い三つ編みメガネ女子に化けた悪魔と田中が、道路をのそり。

目的地に向けコンクリートが照り返す日光に

耐えながら誰もいない歩道を歩き始める。

妙に早い時間のためなのか、車道にはパンをついばむ雀が列をなしており

飛び立つ気配もその動機も生じそうになかった。


「田中、世界で一番おいしいご飯に興味はないか?」

「お?具体的には?」


田中はよだれを少したらしながら話すぽちの姿に

不安を覚えながらも、好奇心に負け耳を傾ける。


「鳥ってさ、味覚を感じる味蕾の数が少ないらしいのよ」

「へー、それで?」


もうダメそうだなと思いながらも田中は続きを促す。


「で、今あいつらうまそうにパン食ってるじゃん?」

「うまそうかはともかく、食ってるなぁ」


妙に生き生きしているぽちをとは対照的に

田中はげんなりした顔で続く言葉を待つ。


「ということは田中の味蕾をいじればさ」

「俺の嗜好を落書きかなんかと思ってるだろお前」


とんでもないことを提案しておいて「ごめんごめん」とぽちは快活に笑った。

この提案はともかく、三大欲求に訴えかける願いは確かに魅力的である。


「例えば、睡眠を無くすとかだとどうなる?」

「お、色々あるぞ!脳の細胞を常に回復させる、代謝をめちゃくちゃ下げるとかだな」


ここぞとばかりに売り文句を並べる営業を

かまされ逆に願う気が失せてしまったが、

もう少し深く掘る。


「代謝を下げるはともかく脳の細胞は

良さげだな...それって睡眠以外に効果あるのか?」

「えーっと、物忘れも同時に無くなるくらい?」

「お、思ったよりオマケが強いぞ...」


お客さん如何しやすか、と横でつぶやく

悪魔を他所に、田中は本気で願うか検討する。


「睡眠がなくなりゃあ、夜も歩き放題だ。

やりたいことに追われることも少しは減るんじゃねえか?」

「凄い推してくるじゃんこの願い。セールストークも妙に響くし」


ぽちは見た目にそぐわず悪魔らしく

裏の見えない寄り添いを見せたが

田中の困惑にペースをあわせ一旦口を閉じた。

どうすれば妖しく取られないか、

田中に最も響くポイントはどこか、

そもそもこんな願いを推した意図は...

数秒たって田中の表情が怪訝に振って来た頃

ぽちはやっと答えを出す。


「...お前の隣で起きるのを待つのは飽きたんだ」


道端の小石をちょんと蹴りながら、

いじけた様子でぽちは答える。


「え、あ...えー、うん。なんか、すまん」


その言葉の真意はともかく、

そう言わせてしまったことに田中は何故か

申し訳なさを感じてしまっていた。

相手は悪魔だ。この装いも

セリフも願いを叶える打算に過ぎないはず...


ぽちと田中の視線は空中で揺れながらも

離れることなく、交わり続ける。


「あー、じゃあ晩までなんも決まらなけりゃ

その願いにしよっかな」

「そう来なくっちゃ!!」


ぽちは田中の根負けと今日の晩飯の確保に

心から喜びつつ、その願いに備え力を

練り始めた。

大きな願いには時間がかかるのだそうだ。

るんるんと準備を進める悪魔の姿を見て

田中は緊張を解き自然に笑みがこぼれた。


「...いつかほんとに騙されるぜぇ?」

「あー、うん」


騙す側から出るとは思えない心配を

田中は軽く流した。

願いを叶える時はいつもこんな調子なのだ。

ぽちに限らず、なんか困ってそうだなと

思っている人を見かけると直ぐに願いを

きってしまいそうになる。

ぽちがちゃんと相手を見ていなければ

この世はもう少し治安が悪くなっていただろう。

田中は無関心と親切を反復横跳びする男なのだ。


「大丈夫だよ、ぽちがいるしさ」

「...都合のいいやつだなぁ、ほんと」


悪魔の時とあまり変わらないぽちの顔は

センスのいい子供のイタズラを見る目をしていて

どうしようもない、でも好ましい何かを

田中に認めている。

そんなぽちに田中は困ったような笑顔を返した。


少し人通りが多くなり、

雀もどこかに飛び去る午前7時。

契約の予約をつけた人と悪魔は

少し歩みを早め目的地に向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺だけ最強の悪魔と契約したんだけどどうすればいい? ミスターきもお @MisterUgly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画