俺だけ最強の悪魔と契約したんだけどどうすればいい?

ミスターきもお

第1話 田中には特に願いがない

今月も尽きたのだ。心から渇望するような願いのネタが。


1本110円、芯が鬼ほど詰まるシャーペンを

ノートの上でゆらゆらと動かしながら、考えること数十分。

田中は無味無臭の己が人生をしゃぶりつくしたが

ついに願いが書かれることはなかった。


「おーい…まだかぁ?」


その一連の作業を賽の河原を見るような目で

眺めているのが悪魔「ぽち」である。

ぽちにとってはほかの悪魔が叶えられないような

願いを聞き入れることこそは最高のごちそうであり、

わが存在意義である、と何度も何度も何度も聞いている。

であればこそ凶悪な犯罪や膨大な金銭、

魅力的な異性との縁など、凡人には指先すらかすらない

絵空事を叶えてきたのだと。

それを実現する力が自分にはあるのだと

ぽちは曇りと光なき眼で田中に訴えかけるのだ。


「もう金でいいじゃん!!大体何でもできるって!!」


一か月飯抜きはさすがにきつかったのか、

あろうことか悪魔側から願いを提案してきた。

今月に入ってこのセリフは10回目。

悪魔もネタがないのである。


「どうせ俺じゃ扱いきれないって!!

知ってるぞ。そういうのもらったら後で

絶対めんどくさいことになるんだから!!」

「まあ、そうだったけどよぉ…」


そんな田中の今月一気持ちが入った嘆きに

ぽちはやるせない同意を示すほかなかった。


以前「3000万円ほしい」という願いを

試しにした際に、あろうことか

通帳に直接ぶち込みやがったため、

連日報道されていた詐欺グループの

片棒を担いだと勘違いされてしまった。

願いを取り消そうと思っても、

「過去改変は無理w」とのことなので

解決策をひねり出さねばならなくなったのである。

お前最強の悪魔ちゃうんか。


その結果、毎晩刑事さんに小言を言われながら

薄暗い狭い部屋で丼ものを平らげる日々が始まった。

最終的に「この刑事さんの手柄で真犯人を捕まえてくれ!!」

という願いをぽちに伝えてやっと解放されたのだ。

ちなみに、とてもおいしい願いだったとのこと。

どんだけ無能なのあの刑事。


「お前最強の悪魔なんだろ?!もうちょい融通利かせて

願いをかなえることとかできねえのかよ!?

俺を幸せにするとかさあ!!」


田中は残高だけはご立派な通帳を振り回しながら

いまだ解決の目途が立たぬ人類の課題を目の前の悪魔に突きつけた。

最強の悪魔なんだからこれくらいは…


「田中の感受性を赤ちゃん並みにしてもいいならできるけど」

「俺が悪かった…」


いそいそと外行き用の人間フォルムに変わりながら

無知が最高の幸せと回答したぽちに対して、なにも言えなくなってしまった。

子供の時初めてゲームに触った時が一番幸せだったかもなと

人生の味を再評価しながら、田中はまたシャーペンを動かす作業に戻っ


「いったん外でるか」

「知ってた」


作業は数秒と持たず、人になったぽちの後を追うように

生地の薄いパジャマから安物の外着に着替え始める。

ベッド、PC、机しかない無味乾燥の白い部屋(悪魔付き)からは

何もイノベーションが出そうになかったのである。

家から一歩出ればそこは無機律な想像の向こう側。

諸行無常の権化がそこらを歩く世界が田中を待っている。

そう期待して玄関まで歩くと、ふと後ろのにおいに気づく。


「なあ、ぽち」

「ん?あぁ田中みかん好きじゃん?最近いいアロマが見つかってさぁ…」

「それはそれで気になるけど、その格好よ」


においにつられて振り返れば、金髪碧眼ナイスバディ

露出強めのシャケナベイベーがそこにいた。

つい最近見たなこんな人。どこでとは言わんが。


「その非日常すぎる格好やめない?社会的制裁が俺を待ってそうなんだけど」

「んなこといってもこの格好田中のせいへ…」

「きがえよっか」


自分の好みのセルフ開示をあと一歩で免れた田中は

やっとこさ玄関を出たのである。








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