秘密ができたスノーホワイト
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
そうレストランの店員さんが森川さんに挨拶した。見るからに高そうなレストランへ連れてこられた。私は挙動不審になる。入っていいの!?入り口で見えない壁に阻まれているような動きをしていると、森川さんがあきれた顔をする。
「なにしてる?」
「えっと……私の服装大丈夫ですか?それとあんまりお金ないので……」
「服装はまったく問題ない。あと、誘ったのオレだから奢りだ」
さっさと席につこうと促される。このレストランで一番良い席に案内された。大きな窓からは雪が降っているレストラン中庭が見ることができる。ライトアップされていて、木々に積もっていく雪がきれいだった。……さっきの店員さんといい、この席といい、なんだか森川さんVIPっぽい気がする。気の所為なんかじゃ絶対ない。
「適当にコース頼む。なにか好き嫌いは?」
「ないです!」
むしろ高級食材に好き嫌いないか?と聞かれても食べたことないからわからない。
「美味しい!」
好き嫌いの心配は無用だった。お皿に盛り付けられているもの全部美味しかった!幸せそうに食べる私を森川さんは無表情だった顔を少し緩ませ微笑ましそうに眺めていた。
デザートのケーキ3種が運ばれて来たときだった。ようやく森川さんは話しだした。
「勉強のために派遣として働いている」
「勉強ですか?」
「いきなり役職や地位のあるところにいては社員の気持ちや働き方などわからないだろうというのが父の考え方なんだ」
ちち……!?役職!?
「普通の社員として勉強してからだと言われて、今の部署に置かれた。でも男だとバレるかもしれないから変装している」
「もしかして……社長の息子さん!?」
そうだと頷く。いや、否定してほしかった!でもあきらかに派遣の女子社員ではないことはわかってしまっていた。高級車に高級レストランなんて無理!でもまさか社長の……。
「で、白雪さんには、このことを秘密にしておいてほしい」
「はい。もちろん誰にもいいません」
私はコクコク頷く。
「ありがとう。まだ社員としての期限は残ってる。父が言った期限まで、きちんと働きたいんだ。会社ではこれからも普通に接してほしい」
「わかりました!大丈夫ですっ!」
助かると森川さんは言った。私のほうが最近、助けられていたから、助かるのはこっちだわと思った。
「1つ聞いていいか?白雪さんはなんで山本先輩にやられっぱなしなんだ?不思議に思っている」
私は温かい紅茶のカップを両手に持ち、視線を下に落とす。
「山本先輩……私が入社したときからの先輩で、とても親切で丁寧に仕事を教えてくれて……私、好きな先輩だったんです」
私が失敗すると一緒に上司に謝ってくれたり、疲れてない?とチョコレートをわたしてくれたり入社したての心細くて緊張していた私は優しくて仕事ができる山本先輩に憧れすら抱いていた。
「だから……」
なるべく山本先輩に嫌われたくなかった。ポロポロと涙がこぼれてきた。
「待て。まるでオレが泣かせているようだから泣くな」
「ごめんなさい。なんか思い出してしまったんです。山本先輩のこと、私は嫌いじゃなかったし、とても頼りにしてて……うっ……それなのにっ……こんなことに……」
「なるほど。納得した」
それ以上喋るな。泣くなとハンカチを差し出してきた。
「我慢していたんだな」
「いつもの山本先輩にいつか戻ってくれるって……」
「恋愛とはめんどうなものだな」
「森川さんは好きな人いないんですか?」
……さぁな。と森川さんは私から目を逸らして窓の外を眺めた。まだ雪は降り続いている。
「雪が溶ける時期まで、オレは『森川さん』としている。この秘密、共有してくれるか?」
「雪が終わる季節になったらいなくなるんですか?」
「そうだ」
寂しい気がした。でも仕方ないのよね。
「ちゃんと秘密にします。雪が終わるまで……」
よろしくなと言った森川さんと私は甘いものとお茶を味わいながら、しばらく外の景色を眺めた。雪が延々と空から降ってくる。
延々と降り止まなきゃ良いのに。ずっと森川さんいてくださいって言ったら困るかな。困るよね。
そして私と森川さんは共有する秘密ができた。
雪の日にした秘密は守る。雪の季節が終わる頃、森川さんはいなくなる。まるで溶けてなくなる雪だるまみたいと私は思ったのだった。
どうか溶けた後に何か残っているといいなと思うのは私だけなのだろうか?
スノーホワイトには秘密がある カエデネコ @nekokaede
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