カイルくんは本日も営業中

大黒天半太

雪中寒中営業中

 雪はようやく降り止み、凍てついた道路も車の轍の雪は融けず、ただ白く固められるだけで、鮮やかなタイヤのトレッドパターンだけが、雪の上に残る。


 昨日から踏み固められた白く固い雪の歩道と、誰も踏んでいないただ積った雪。その、ふんわりと積もっただけに見える雪さえ、凍結して崩れない。


 寒い。

 外に出たくない。

 用事はまた後日にしよう。

 何故かそんな気持ちに捕らわれ、用件を思い出し外出しようとしても、心が折れてしまう。

 街を覆う気配が、そう囁いている。


「こんな日は、商売上がったりだな」


 商売繁昌だった試しのない、自称・私立探偵プライベート・アイカイルの台詞には、欠片の説得力もない。


 窓ガラス越しに灰色の空を睨むと、その下には動くものの気配も絶えていた。


 その時、左胸ポケットのスマートフォンではない方、右のポケットに入ったカイルの翠玉銘板エメラルド・タブレットが、メッセージの着信音を響かせる。


「おいおい、今日は厄日アンラッキーデーか?」


 メッセージの発信者を見て、カイルはうんざりした顔をした。

 この上なく面倒な依頼しか持ち込まない、この上なく扱いの難しい依頼人常連客だ。

 だが、この依頼人上得意は、依頼の面倒臭さと金払いの良さが正比例している。

 今の懐事情を考えれば、最優先でやらねばならない案件だ。優先しなければならないような依頼案件は、他に皆無だが。


『1,結界破り。2,結界術師の捕縛または撃破。依頼の達成順序不問。 但し、1は可能な限り早急な達成を望む。ジェラルド』


 鬱陶しいものに遭遇したかのように、ため息一つ吐き、気分を切り換える。


 ここからは、私立探偵プライベート・アイではなく、魔術探偵マジカル・インヴェスティゲーターの時間だ。


 全天は、厚い雪雲に覆われたままで、重く暗い。

 魔眼マジカル・アイが、精霊眼エレメンタル・アイが開き、視界内の全ての精霊を射抜き、徐々に全天を走査スキャンして行く。

 精霊とそれを操る魔力が、視界を一瞬埋め尽くし、自然に存在する精霊達を多い順に除いて行き、この天候の中、最初の方で除外されそうな雪と氷の精霊が多数残る。


この依頼オーダー高くつくぜ、ジェラルド」


 策謀の裏にいる魔術師ウィザードなり精霊術師エレメンタラーなりを叩くため、雇われ魔術師カイルに露払いをさせようというつもりだったのだろうが、依頼内容の幅が広すぎる。

 依頼オーダーに実際取り掛かってみて、想定外の難題に、安値では全く引き合わないことを確信した。


闇精霊ダーク・スピリットに雪と氷の精霊を装わせるとか、魔力をどれだけ注ぎ込んでるんだ? 敵さん、バカじゃないのか? 操る魔力の痕跡で敵側の精霊術師エレメンタラーだか魔術師ウィザードだかの位置も丸見えだが、これ全部潰せって言うのか?!」


 闇精霊が雪と氷の精霊を装い寒気を纏うことで、それが喚起するネガティブな感情や思考を全て寒さのせいにし、精神ではなく寒さという物理現象で攻撃されていると思わせることで、結界を見えにくく、破りにくくしているのだ。


 そもそも、『結界破り』が最速で最優先と言うなら、その料金はきっちり払っていただこう。依頼項目だけで、闇精霊ダーク・スピリットと操る精霊術師エレメンタラーを全て撃破することになる。


「依頼の通りなんだから、請求書に文句は付けるなよ……」


 請求書に書く金額を考えながら、両手のひらを天に向ける。


「『風精霊召喚サモン・ウィンド』」


 カイルは、まず風精霊を上空に集め、更に上に向けて放つことで雲を裂いた。


「『光精霊召喚サモン・グリッター』」


 次に残るありったけの魔力で、切れた雲の合間から差し込む光精霊を集め、カイルは見えている魔力の流れの痕跡の両端、即ち全ての闇精霊と全ての精霊術師に向けて光の針を放った。


 闇精霊が光精霊によって受けた苦痛は、ほぼ同時に精霊術師が攻撃で集中を乱され精霊支配が弛んだために、彼らを支配していた精霊術師達に返ることになる。


 魔術師と精霊術師にしか聞こえない、闇精霊達の悲鳴が聞こえ、続いて精霊術師達の魔力が消えるか、小さくなって行く。


 カイルは、ジェラルドがギルドから引き受けた依頼の額を想定し、大半をふんだくる計算をした。


 実際にこれからジェラルドがやるのは、戦闘不能の敵側の精霊術師エレメンタラーの捕縛かせいぜい遺体の回収程度の後始末くらいだ。


 結局のところ、フルに働いたのはカイルなので、文句は言わせない。

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カイルくんは本日も営業中 大黒天半太 @count_otacken

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