女神と異世界作業通話 ~もしもし女神様、チート能力いらないので話し相手になってください~

夢目うつつ

第1話 フォンは剣よりも強し

 どうにも死んだらしい。


 まさかそんなことを思う日が来るとは思わなかった。


 視界には、ぼんやりと輝く光が広がっている。目をつぶりたくなるような眩しさはなく、どこか穏やかな雰囲気が漂っていた。

 そして、どこからともなく流れる、ぱやぱやーとした聖的な音楽が、思考を非現実的な結論へと導いていく。


 これが死後の世界なのか。



 目の前には輝きの中に佇む存在があった。その姿は人に似ていながらも、明らかに人間ではないことが分かる。彼女を取り囲む光は柔らかく、それでいて威厳を漂わせている。

 その場に立つだけで圧倒されるほどの存在感があった。纏う衣服は言葉では表現しきれないほど美しく、どこか現実離れした雰囲気を醸し出している。


『女神』


 そう形容するのが最も的確だと感じた。圧倒的で異質なオーラが、その正体を疑う余地なく語っているのだ。



「目覚めなさい、導かれし者よ」


 その声は澄んでおり、心の奥深くに直接響いてくるようだった。


「名を」


 不意に問われた。


天斗てんとです」


 自分自身に関する記憶はおぼろげだったが、この名前だけは鮮明に覚えていた。


「天斗、貴方は一つの物語を終えましたが、特別な機会を得ました。異世界に行き、今一度新たな歩みを始めなさい」


 荒唐無稽で突拍子もない話だ。しかし、不思議とその言葉に疑問を抱かなかった。女神が放つ言葉の説得力が、それを自然と受け入れさせたのだ。


 こちらが言葉を飲み込み黙っていると、やわらかく微笑み安心させるように続けた。


「貴方の言いたいことは分かりますよ。転生の折には一つだけ好きな能力を授けます。霧がかった道を晴らす一陣の風となることでしょう。さあ、あなたの欲する力を言いなさい」


 目の前の女神は、淡々とした口調でそう続けた。その姿は神々しさだけでなく、どこか慈愛に満ちているようにも見える。


「大丈夫です」


 初めて女神に対して意思を示した。


 美しい眉がわずかに動き、その深い瞳がぱちくりと瞬くと何かを探るようにこちらを見つめる。

 訪れたのは困惑の間だった。



「いえ、大丈夫とかではなく。私の言い方が何か悪かったですか? 女神らしく話しすぎて難解でしたか?こちらにもこちらの矜持というものがあるので、そこはご理解くださいね。 単純に欲しい能力を何でも一つあげると言ってるんですよ」


「いや、なんというか自分だけ特別にもらえるっていうのは、申し訳なさが先立ちますね」


「いやいや、転生者には当然の権利なんです。突然、見知らぬ世界に放り込まれるんですよ。不安でしょう、ほら。 頼れる支えがあった方がいいでしょう?」


「だからって、何も労せずもらうわけには……」


「深く考えず受け取っていいんです。俗世に合わせて例えるなら、新生活の始めに入学祝いをもらわないようなものですよ」


「なるほど、女神様がそうおっしゃるなら。じゃあ女神様の誕生日はいつですか?」


「どうしてそうなりました? 話聞いてました?」


「まあ、祝い品貰ったらお返ししなきゃなぁと。記憶はおぼろげですけど、染みついたこういう性質は日本人らしさなんですかね。そうですね、そのときに女神様の連絡先分からないと困るんで、女神様と通話する能力とか」


「ランプの魔神の願いを3つから100に増やしてもらったり、1番欲しい秘密道具はスペアポケットとか言ったりするタイプですか」


「いきなり俗世に舵を切りすぎでしょう……べつに追加のお願いとかはないです。連絡できればそれで」


「剣でばーーーん!とか、炎でどーーーん!とかやりたいことあるでしょう。若者よ、もっと夢語れるでしょう」


「SEの表現が堕天級に格下がってますが女神様」


「こういったものは既定路線、通常運行、出来レースなのですよ」


「それだんだん意味合ってます?」


「王道というものの良さは名がその位を証明しているでしょう」


「神からするとだいぶ格下の権威を語りましたね」


「とにかく一度冷静に考え直したほうがいいですよ、あなたの覇道はここから始まるのです」


「女神様、最近魔王物の韓流ドラマでも見ました?」



「ふぅ、全く取り乱してみっともないですよ。いきなり見知らぬ世界に放り込まれた動揺には理解を示しますが……」


「とりあえず汗をお拭きください」


 ヒートアップしていたのは終始女神様の方だった。

 上等そうな羽衣でそそくさと汗を拭う。その仕草には品があり、どこか微笑ましさも感じられる。


 ふと気になったが、神々の扱う布類は全てあれなのだろうか。吸水性には期待できなさそうだ。



「今一度問います、あなたの欲する力を宣言なさい!」


「女神テレフォン!」


「……随分キャッチーな響きになりましたね、往年のクイズ番組ですか」


「状況と問題文伝えるだけで終わりそうなので時間制限とかはつけないでください」


「お電話一本で過酷な異世界は生きていけませんよ」


「まあ、生きていく術は自分でなんとかしてみますよ」


「その術を授けますと先ほどから散々言っていますが、もう貴方の頑固さがひっくり返らないのは分かりました」


「さすが理解者ですね、女神様」


「では能力名・女神テレフォンを貴方に与えます。基本的に貴方が望めばいつでも私と話すことが可能です。貴方自身の能力によって常にリンクがつながっている状態になるので私側からの発動を必要としません」


「まさにカケホーダイですね」


「能力なんですから月々の制限を設けはしませんよ」


「新生活楽しめそうです」


「新生活の例えは出しましたけど、こんな料金プラン勧める予定ではなかったんですよ」


 はぁ、とため息をつく女神様。



「ちなみに転生と言っていましたが、おぎゃーからやり直しですか」


「いえおぎゃーからではないです。今と同じ青年の状態で異世界に生まれ落ちますが、何か問題が?」


「物心ついた状態で乳児期過ごすのは少しきつそうだと思ったので、良かったです」


「異世界に行くんですからもっと心配することがあるでしょう」


「分別がつく年齢の男が母乳吸っているのもだいぶ心配すべきことだと思います」


「そうかもしれませんが、もっとこう現実を飛び越えた世界への夢想にふけってください」


 再度はぁ、とため息がもれる。今日だけでどれだけ貴重なゴッドブレスを吐き出すのやら。



「色々と想定の外ではあるものの、これも貴方自身の選択。貴方の旅路に安寧があらんことを。いってらっしゃい」



 その言葉とともに、視界が次第に白く染まっていく。送り出す女神様の優しい微笑みが揺れるように消えていき、くすぐったい風が頬を撫でる。


 次に目を開けたとき、そこにはどんな世界が広がっているのだろうか。高まる胸の鼓動をBGMに物語の幕が今ゆっくりと上がろうとしていた。

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2024年12月29日 12:06 毎日 12:06

女神と異世界作業通話 ~もしもし女神様、チート能力いらないので話し相手になってください~ 夢目うつつ @yumeme_utsutsu

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