僕たちの声は

第1話

ガチャ…キィィー……

すっかり聞き慣れた古いドアの開閉音。俺こと上村伊織は、下手したら耳をつんざくような音を聴きながら部室に入った。

ガチャ…キィィー…

2年もここに出入りしていれば、こんな音気にしなくなる。それは当然俺だけではない。他の部員たちだってそうだ。常に眠そうな様子の顧問は例外だが。

俺は通学に使っている黒いリュックサックを無造作に床に置き、同じく黒い学ランを無造作に脱いでその上に投げた。

ガチャ…キィィー…

またもやドアが間の抜けた悲鳴のような音を立てる。出入口に目を向けると、そこには見慣れた顔があった。

「よーっす伊織ィ!」

「…よっす」

いつものように軽い足取りで入ってきた男子生徒は、同級生の水野裕也だ。いつものでかい声に苦笑しながらも、その5分の1くらいの大きさの声で同じ挨拶を返してやった。

「いつも早いよなー。ホームルーム短いの?」

「うん、それに終わったあとダッシュで来てるしね」

「部活バカかよ」

「うるせえなあ」

そんな事を俺に言ってくる彼だって、実はかなり早めに来ている方だ。その証拠に、部室の外からは運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が全くと言っていいほど聞こえて来ない。まだほとんどのクラスがホームルームをやっている時間帯なのだ。

そんなことを考えながら、目当てのものを取り出そうとリュックを漁っていた─のだが、どうやら家に忘れてきてしまったようだった。参ったな。あれがないと動きづらいし。今日は基礎練サボるか?いやいや、大会まで1ヶ月切ったんだから、そんなことをする訳にはいかない。脳内でぐるぐると考えを巡らせていると、右から悠也の声が聞こえた。

「え、もしかして部T忘れた?」

「忘れたわー。どうしよ」

「俺の着る?2着あるけど」

「え⋯⋯」

ハッとして右を見ると、既に悠也は「ほら」と言って黒いTシャツを差し出していた。

悠也の部T。

悠也の。

私物。

心の臓がバクバクと脈打つ。

手に汗がじんわりと─

⋯って、何考えてるんだ俺は。たかが、"友達"の部T貸してもらうだけなのに。

「あ⋯ありがとう⋯」

受け取った。少しだけ温かい。

「おう!」

こいつは鈍感だからとても助かる。この気持ちだってバレていないはずだ。

制服を脱いで、悠也の部Tを着た。

背中に大きく、白く書かれた「冬松高校 演劇部」という文字。

俺は演劇部に所属している。

そこで、人生で初めて"恋"をした。

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僕たちの声は @hazime0709

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