第10話 またシスコンがやらかしてら!


「報酬狙いで勇者を探してる連中ねぇ……」


 宿屋への謝罪を済ませ、それから広場のすぐ近くにあったバー『クインビー』に入った俺たちは、テーブル席に着くや否や、すぐに差し迫った危険――クララの誘拐について話された。


 ああ、誘拐ってのはグラディウスたちがした誘拐のことではなく、これからシグレッド領に行こうとするクララを捕まえて、人身売買紛いの方法で国から報酬をせしめようって連中についてだ。


 その恐れがあるから、グラディウスたちは隠密に動こうと計画してたらしいが、俺が騒ぎを起こしたせいで計画変更を余儀なくされたらしい。


「さっきの騒ぎで、結構な人数がクララさんのことを見たはずだ。中には、そういうことを考える人間もいるだろう」


「ふむ。これは珍しくシスコンが本当にやらかしたパターンだな。いやー、いつもいつも無茶苦茶やるくせに、変に収まってるからいい気味だぜ」


 にやりと、俺の失敗を笑うように馬面がこっちを見てくるから、とりあえず俺は、バーで頼んだジュースに入っていた氷を指で弾いて、馬面の眉間を狙撃してやった。ぐはっ! なんて情けない声を出して馬面のやつが横転する。ただ、グラディウスたちも俺たちの扱いに慣れたのか、驚きすらしなくなった。


 もちろん、フロウもその中に入っている。家族をこよなく愛する俺としては、彼女の行動は少々理解に難いけれど、他人の家の事情だ。俺が口を出す必要はないだろう。


 そうして、バーの床でのたうち回るメレンを無視して会話は続く。


「元々はどういう予定だったんだよ」


「そこまで複雑な予定は立てていない。今日一日を、クララさんには宿で過ごしてもらい、明日の朝一番に手配した馬車で早々にシグレッド領に向かうだけだ。けど、君たちが目立ってくれたおかげで、変更せざるを得ないだろう」


 なるほどなるほど。白髪紅眼の少女を狙うやつらがいるなら、その姿を晒さなければ問題ない、と。


「で、ですが……そそそそれは、そちらの都合……とと、というか、待ち合わせ場所までの時間で、めめめ目聡い連中は嗅ぎつけてくる可能性は高いですぞ……!」


 そこでフロウが、反論するようにそう言った。……言ったけど、なんだか挙動不審だ。さっきからクララに見せたような野獣のような眼ではなく、恐怖と緊張がないまぜになったような顔をしている。


 人見知りなのかな。そういや、グラディウスたちが来てから、明らかに口数が減ってたし。じゃあなんで来たんだよとは、言わない方がいいのだろう。


「それは……申し訳ないと思っている。説明が少なかったのは、こちらの不手際だ」


 さて、ここでフロウの言葉に、グラディウスたちは素直に謝罪した。貴族の子息と聞いているから、これには俺も驚きを隠せない。けど、思えば当主の座を奪われかけている以上、もう後がないのか。


「焦っていたんだ。爺やが瀕死でな」


 じろり、と全員の視線が俺の方に向いた。

 おい、また俺のせいだって言いたいのかよ。


「またシスコンがやらかしてら! うはははは……へぐっ!?」


 言ったやつがいたので、氷を弾いて黙らせておく。やはり言論弾圧は暴力に限るな。


「私の回復魔法じゃ気絶とかは治せないし、外観上の傷治しただけだからねー」


 ちなみに、地面にめり込ませた爺や――ブアコールだったか。ブアコールのじいさんがピンピンとしているのは、クララの回復魔法のおかげだろう。ただし、クララも俺も医者じゃないから、町医者に見せる必要があった。


「んで、話を戻すがこれからどうするつもりだよ」


 閑話休題。情報共有だとか、目立った行動だとか、そういうことは言ってもきりがない。それに、下手に俺のせいにされても敵わないので、話の流れを切り替えるように、俺は会話の流れを、今後の予定に変えた。


「人攫いに目を付けられているとしたら、宿に留まるのは逆に危険だ。逃げ場がないし、人目もない。攫ってくださいって言っているようなもんだ」


 俺の質問にグラディウスはそう答える。ただ、ここでいつの間にか椅子に戻っていたメレンが疑問を挟んだ。


「人目もないって……宿の主人とかがいるだろ普通」


「おい馬面。そんなもん、賄賂でも渡せば見て見ぬふりぐらいするだろ」


「そうはいうがなぁ……」


 確かに、宿屋には店主も店員もいるだろうが、そんなものはいくらでも口封じが利く。だから結局、意味はない。


「というかそもそもの話だけどよ、そんな奴らが居るのかぁ?」


 人攫いに警戒する。そんな話を怪訝そうにしていたメレンは、そもそもの前提を疑い始めた。まあ、それもそうだ。俺たちのいたペレクトールじゃ、人攫いなんて話は聞いたこともない。だからメレンにとって、それはありもしない空想のようなものなのだ。


 けれど俺にとっては違う。つい数日前に、目の前の男がしてやらかしたことによって、それが現実味を帯びてしまっている。どんな手段でも、クララを攫おうとしている奴らがいる。俺が気張る理由は、それだけで十分だった。


「人攫いの有無はとにかくとして、メレン。私たちの目下の目標はシグレッド領に何事もなく到達すること、それに尽きる。そこまで行けば、シグレッド家の厳重な警備で守ることができるからな」


 そう言うグラディウスだけれども、そもそもこいつが一番最初の誘拐犯なのだ。だから俺は、未だにこいつのことが信用できない。


 俺がこうして付いてきているのには、そんな理由も含まれる――


「お客様」


「む?」


 そこで、俺たちが囲むテーブル席の下に、バーの店員が現れた。

 彼は手にトレイを持ち、トレイには三つのグラスが並んでいる。


「おい、誰か注文したか?」


「いや、してないけど……」


 テーブル席では、俺が一番外側に居る。だから振り返って全員に注文の有無を確認してみるが、誰も何かを頼んだ覚えがないと閉口した。そもそも、注文した食事やら飲料やらはすでに全員の手元にあるのだ。だから、後から追加で注文しなければ、店員が何かを運んでくることはない。


 じゃあなんで、店員が?


「失礼します」


 俺が確認を取っている間にも、店員がトレイを机に置き、配膳を進めている。


 だから結局。


「それでは」


 対応が遅れた。


「おやすみなさい」


 三つのグラス。それぞれ違う液体が注がれたそれを机に並べた店員は、徐にそのうちの二つを手に取り、机に残したグラスへと中の液体を注ぎ込んだ。すると突然、爆発を起こしたかのように煙がグラスから噴き出した!


「これは……!!!」


 一拍遅れてブアコールのじいさんが反応していたが、彼が何に気が付いたかを訊くよりも早く、俺たちは何が起きたのかを理解することとなる。


「眠っ……」


 睡眠薬だ。

 煙状の睡眠薬。それを俺たちは、間近で浴びせられてしまったのだ。


 煙が全身を包み込むと同時に襲い掛かる倦怠感。すべてを投げ出したくなるような重さが、体の自由を瞬間的に奪っていき、最後には羽毛に包まれたかのような快感が瞼を落とす。


 睡魔が俺たちを殺すのに、一秒と掛からなかった――







「眠ったな」


 睡眠薬が散布されたクインビー店内。そこに、四人のガスマスクを付けた集団が現れた。その中には、先ほど睡眠薬を配膳した店員も含まれている。


「おい、確か白髪紅眼の女だったよな」


「ああ、そうだぜ。そいつを王宮にもってけば、高く売れるって話だ」


 悪人とは、得てして表では別の顔をしていることが多い。それは法の光から逃れるための仮面であり、その仮面の下で様々な悪徳を重ねているのだ。


 不幸なことに、クレスらが入店したクインビーもその一つ、人身売買を裏家業とする人間たちの表の顔であった。


「どれくらいで売れるんだろうな」


「そりゃ、王様が国を挙げて探してる獲物だ。多少足元見たって、こんな店を構えて衛兵たちをだます必要もないぐらいに稼げるさ」


 どこをどうやって話がねじ曲がったのかは知らないが、彼らはグラディウスの予想通り、白髪紅眼の少女を連れていくことで国から報奨金をもらえると思っているようだ。


 彼らの知る話に勇者や魔王、或いはお国が抱える事情などの情報はなく、だから彼らは、ただただ金が貰えるという情報に飛びついただけの小悪党に過ぎない。それでも、その手口は手慣れたもの。


 白髪紅眼の少女の周りに居た人間は全員、お手製の睡眠薬によって眠ってしまった。あとは彼らが眠っている間に少女を攫い、起きるまでに間にどこか遠くへと逃げてから、ゆっくりと王都へと向かえばいい。


 そうすれば大金は自分たちのもの。


 だから少女を攫おうと、四人の一人が手を伸ばし――


「ゆるさーん!!」


「ぐはっ!?」


 けれど、少女に触れること敵わず、彼は不意打ちで放たれた拳によって店の奥へと殴り飛ばされてしまった。


「なっ……なんで眠っていない!」


 眠っていたとばかり思っていた少女の取り巻き。しかし、その一人が立ち上がり、少女を誘拐しようとたくらむ悪漢たちの前に立ちはだかる。


「ふ、ふひっ、ふへへへへ……い、いやはや……耐え難い眠さというのも、耐えてみれば案外大したことないものなんですぞ……ふへっ」


 立ち上がったのは牛のように雄々しき角を備えた女性。その体躯はどこをとってもダイナミックで、特に身長なぞ大の男と比べても遜色ない184㎝を誇る巨体。けれどそんな威圧的な体格に比べて、どこか挙動不審で不安定な雰囲気を醸し出す彼女は、ペレクトールの村長が遠出をするクララのためにあてがった――


「まずは三徹! 不眠戦士の始まりはそこからですぞ!」


 ――牛角人が才女、フロウ・ブルホルスである。


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妹が次世代の勇者だったらしいんだけどそんなことよりも妹が可愛すぎて辛い @redpig02910

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