第9話 むぅ、兄貴は心配性すぎるよ


 クイホーテンは街道の程近くにあり、それ故に旅の休息に街を訪れる旅人が多く存在する。それはつまり、外から来る人間によって多くの賑わいがあると同時に、トラブルの温床でもあるという意味なのでもある。


 そして、そんなトラブルから街の住民たちを守るのが、衛兵たちの役割である。今日も今日とて、彼らは住人達からの通報によって現場に駆け付け、騒動の主犯格を取り押さえた。


「そうだな。話ぐらいは聞いてやる。んで、何やったんだよお前ら」


 そうしてこうして広場にて、仁王立ちする衛兵たちの隊長であるペルタの前には、二人の男が正座をして並んでいる。二メートルを超える巨漢と、十代の青年だ。彼らは口々に言う。


「こいつが突然殴ってきやがったんだ! 俺は被害者なんだよ!」


「うるせぇデカ男! お前が家のクララにナンパするから悪いんだろうがぁ!!」


「あぁん!? 俺はなんもしてねぇって言ってんだろ! そもそもまともに殴り合ったらこんな尻の青い子供に俺が負けるわけねぇだろ! 信じてくれよ隊長さんよ!!」


「嘘つくんじゃねぇよお前! いくら俺の負けたからって情けねぇことしてんじゃねぇぶち殺すぞ!!」


 口汚く罵りあう彼らの姿はとても見るに堪えるものであり、流石の隊長もこれにはため息で答えることしかできなかった。


「とりあえず、破壊した宿屋は弁償だな。あと、宿泊客にも謝罪と迷惑料」


「「俺は払わねぇぞ!!」」


 どうやらお互いに自分は悪くないと思っている男たちである。ちなみに、男の片方はクレス。即ちこの物語の主人公であるのだけれど、果たしてこの姿が主人公として正しいものなのか……まあ、妹に狂っている時点で既に威厳はないのかもしれないが。


「なーにやってんだか、あいつは」


 そんな友人の姿をけらけらと笑いながら見ているのはメレンだ。その横には、クララやフロウの姿もあって、現在は衛兵のお世話になっているクレスの成り行きを見守っているところのようだ。


「むぅ、兄貴は心配性すぎるよ」


 そんなことを言うクララは、ぷくぅと不満げに頬を膨らましているけれど、彼女が少し怒っているのも仕方がない。確かにこの騒動は、今しがた隊長に正座をさせられている巨漢とその連れが、クララとフロウの二人をナンパし始めたところから始まった話なのだが、そこにクレスがチンピラ紛いの言葉で割って入ったことで始まってしまった喧嘩なのだ。


 それも、男たちがクララに話しかけただけで、彼はすでに動き出していた。これでもし男たちが乱暴を働いたのならわからんでもないが、流石に動き出すのが早すぎる。


 まあ、結果的に喧嘩に至ったのは、クレスをなめてかかった男たちが先制攻撃を仕掛けてきたからなのだけれど、それにしたってクレスが割って入ってこなければ穏便に済んだ可能性もある。


 何かと過激なのだ。クララのお兄ちゃんは。


「ま、まあまあ。クレス君にとっては、く、クララちゃんは可愛い可愛い妹なんだから。過剰に心配しちゃうのもわからなくないよ……ふへへ……」


 不満げなクララを宥めるフロウは、彼女の後ろから首に腕を回し、しなだれかかるようにスキンシップを楽しんでいる。フロウの背が高いこともあって、傍から見れば仲のいい姉妹にしか見えないだろう。フロウの目が、野獣のような眼光を放っていなければ。


「フロウさんもメレンさんのこと心配したりするの?」


「それはないかな」


 ちなみにフロウはブラコンではない。それが何を意味するのかは、またいつか。


「お二人とも。そろそろクレスが連れていかれちまうぜ」


 見物もほどほどに。衛兵に説教を受けていたクレスたちが詰め所に連れていかれそうになっているのを察知したメレンが、二人へとそう告げれば、むむっとクララの目が光る。


「ちょっと行ってくる」


「行くって、止めんのか? どうやって」


「ふふん。止めるだけじゃないよ。全部解決してくる」


 どうやらクララは、クレスが詰め所に連れていかれるのを止めようとしているらしいが、メレンにはその方法が想像できない。それ以前に彼は、どうやって宿屋の弁償をするかを考えなくてはいけない。だから、クレスが連れていかれるのなら、それを見送るつもりでもあった。


 トラブルメーカーのシスコンが居なくなるなら、それもそれでいいかとすら思っていた。ただ、クララには秘策があるらしい。


「衛兵さん、衛兵さん」


 さて、衛兵ペルタにクララが話しかける。


「ふん、誰だ?」


「そこの人の妹なんですけど、今回の件、ただの喧嘩ってことにしてくれません?」


 無茶な話だ。二人が殴りあっただけならまだしも、宿が壊れているのだから、と傍で見ていたメレンは思ったけれど。


「ほら、あそこも壊れてないし」


 クララが指さした宿の二階の部屋に、巨漢が突っ込んだような破壊あとはどこにもなかった。


「なっ……え?」


 驚くペルタ。そこにクララは畳みかける。


「二人が喧嘩しただけなら、詰め所に連れてくまでもないと思うんですよね」


「……う、うーん? いやだが、喧嘩した以上は、取り締まる必要が……」


「お願いします! 兄貴にはよく言っておきますし、もう十分に二人とも恥ずかしい思いはしたと思いますから!」


「むぅ……」


 恥ずかしい思いと言えば、確かに大の男が人場で正座をさせられるのは恥ずかしい思いか、とメレンは思った。


 少なくとも正座をさせられて言う二人を見て自分は大笑いしていたし、自分以外にも広場に居た人間の多くは二人を見世物扱いしてたわけで、騒動を起こした罰としては十分だろう。


 周りの様子を見たペレトもそう思ったのか、ぐるりと見まわした後にうんうんと唸った後に彼は、しぶしぶとクララの提案を了承したのだった。


「兄貴、心配してくれるのはいいけどさ、暴力騒ぎは流石に良くないよ!」


「わ、悪かったクララ。反省してる。許してください」


 そうしてこうして、メレンたちの元に戻ってくる二人だ。クレスの方は、妹の怒りに委縮してしまっていて、なんだか小さくなってしまったように見えた。


 あれほど暴れたシスコンも、やはり妹には頭が上がらないらしい。けれど、そんなことよりもメレンには気になることがあった。


「お、おいクララちゃん。クララちゃんが何かしたのかよ、あの宿屋の……綺麗さっぱり直ってるが……魔法、なのか?」


 巨漢が突っ込んだことで破壊されていた宿屋の二階部分であるけれど、今はそんなことがあったのかもわからないほどに修復されてしまっている。それこそ、いつの間にやら、気が付いたときには。きれいさっぱり無くなっていた。


 だからメレンは目を丸くして驚いていたし、衛兵のペレトも困惑を隠せずにいたわけだけれども。対するクララは、別にどうってことないかのように言うのだ。


「うん、そうだよ。あ、でも直したからって謝らなくていいってわけじゃないからさ、宿の人と、あの部屋使ってた人には謝りにいかなくっちゃね」


 そこでメレンは思い出す。そういえばこの子は、寝ぼけて自分の部屋を家ごと破壊するような女の子だったのだと。それでもクレスたちの家が原形を保っていたのは、ひとえにこの魔法のおかげか。或いは、そんなことをしているから身に着けた魔法なのか。


「す、すごいよクララちゃん! ふ、ふふ……こ、これなら魔王なんてすぐにやっつけちゃえるね……な、なんつって!」


「ふふん。私、兄貴よりは強くないけど、こういう直すのは得意なんだよね」


 フロウに褒められ胸を張るクララに、メレンも感心してしまう。白髪紅眼という特徴と、寝ぼけて家を破壊するようなパワーで勇者であると思っていたが、ここまでこればいよいよ疑う余地がなくなってくる。


「……やってくれたねあんたたち」


 さて、そんなところで彼ら四人へと声が掛けられた。声の主は、他でもないグラディウスである。彼は呆れたような、困ったような、困惑しているような、そんな表情をして、待ち合わせ場所に現れた。


「やってくれた、ってなにをだよ」


 気を取り直したらしいクレスが、グラディウスの言葉に反応した。彼の声は、やはりどこか攻撃的だ。まだグラディウスのことを警戒しているらしい様子が、隠しきれていない。なので、ここは俺の出番かとメレンは、クレスとグラディウスの間に割って入って、話を継いだ。


「あんたがグラディウスだな。俺はメレン。後ろのシスコンが馬鹿なことをしないように見張ってる係の人間だ」


「あんたは……さっきクレスのこと実況してた牛角人だな」


「……あれにはいろいろ事情があるんだよ」


 じろりとグラディウスがメレンを見る。というのも、巨漢とクレスがやりあっている間、メレンはメレンで火に油を注ぐような実況をしていたのだ。


 おかげで必要以上にあの騒動に野次馬が集まっていた。不幸中の幸いは、騒動の渦中に居たのがクララじゃなくてクレスだったことだけれど、あれだけの人込みでもやはりクララの白髪紅眼はよく目立っていた。


 もちろん、目立たないように行動しろなどと彼らは言われていないため、仕方ない話だけれども、だからと言って騒ぎを大きくする必要はどこにもない。


 もちろんそれはメレンもわかっていたことなので、指摘されると不都合過ぎて目線を逸らさざるを得なかった。けれど、なんとか言い訳をしようと彼は、懐から小銭袋を取り出した。


 小銭袋の中には、彼の言う事情が詰まっているのだ。


「喧嘩賭博だよ。ちょうどいい感じに二人がピリピリしてたんでね。そこらの人間に賭けを持ちかけて路銀を稼がせてもらった。旅に出る以上は、やっぱり金は必要だからな」


「なるほど。いや、勇者として活動するからには、私の家から援助はさせてもらうつもりだ。もちろん、同行者のあんたらにもしっかりと支払うさ」


 確かに、金額的な話は一切していなかったと、グラディウスは反省した。勇者として招待する以上は、そう言ったものも必要だろう。これもまた、連れて帰ることばかりに無心してた弊害か。


「……まあ、目立ってしまったものは仕方ない。とりあえず、今後についての話をしたいから、どこかで昼食がてら話をしよう」


「あ、その前に! さっき迷惑かけた宿の人に謝りに行きたいから、先そっち行っていいかな?」


「好きにしてくれ」


 果たして、もはや自分に制御できるような連中ではないことを察知したグラディウスは、すべてを諦めたような顔で天を仰ぐのだった。


 

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