第11話 薬膳鍋

 年末年始は爆弾低気圧の為、嵐になるようだった。

積雪30㎝の予報で、年末年始の鉄道網も大混乱のようだ。

それを言い訳に、今年も実家に帰省しない事にした。

交通網の大混乱に加えて、猫を飼ったと言うのはいい口実になってくれた。

猫と言えばコタツでしょうと言う事で、この部屋に越して来て初めてコタツを設置した。

スープは予想以上に気に入ったらしく、いそいそとコタツに入っては出てこない。

おやつやおもちゃを運んで営巣してしまっている。

おかげで、最近あまり店に姿を現さないと客達は不満気だ。

日々、常連客達からスープへの、おもちゃやおやつやまたたび等、貢物みつぎものが増えていく。

虹子は厨房の冷蔵庫から大きなタッパーを取り出した。

ゼリー状に固まったものの上に浮いた脂を取り除き、スプーンですくい取ったゼリーを一口食べた。

香味野菜と香辛料とよく炊かれた鶏の風味。

冬の人気メニューの薬膳鍋のベースになるスープだ。

固まっているのは、鶏のコラーゲンだ。

温めると溶け出して、それは滑らかなスープになる。

味のベースは醤油とオイスターソース味。丸鶏に、生姜しょうが大蒜にんにく、干し椎茸しいたけ大棗たいそう枸杞子ゴジベリー八角スターアニス、松の実、肉桂シナモン月桂樹ローリエ茴香フェンネル青花椒チンホァジャオ陳皮マンダリンピール黄耆おうぎ干海鼠ほしなまこ、酒。

これに、好きな鍋の具材を選んで貰う。

野菜や、肉や魚介の団子、雲呑わんたん等。

黄耆おうぎ干海鼠ほしなまこは少し値が張ったが、年末年始はお疲れの人も多い中、ぜひ元気になる為に食べて欲しい食材だった。

食後のお茶は菊普洱コッポウレイ茶にしよう。


 客足が少し落ち着いて来た夜の9時過ぎに、すっかり常連になった湊人みなとが同僚と現れた。

忘年会の帰りらしい。

スープはコタツから出てこないのだと虹子にじこは笑った。

「本当に猫ってコタツ好きなんですね。・・・あのー、一次会がオシャレすぎる店で、食べる物があまりなくて・・・。何か食べたいんですけど・・・。あれとか」

隣の客が食べている鍋を見て、湊人みなとが指をさした。

「うわ!うまそー。外寒かったから、いいな!」

同僚も同意した。

「あ、じゃあ。その、薬膳鍋で。・・・具は・・・じゃあー、イカ団子と、蓮根餅れんこんもちと・・・」

「全部、全部!」

同僚はイテテ、と言いながら椅子に座った。

「・・・すんません、ちょっと、ギックリやっちゃって。治りかけで・・・」

あともう少しで正月休みだからなんとか持ち堪えて欲しいのだと言った。

「腰痛ですか?目もお疲れじゃ無いですか?なぜか腰と目って追っかけて悪くなったりするんですよ。食後にお茶お出ししてるんですけど。菊のお花と枸杞くこの実って目にいいから飲んでくださいね」

「へえ。なんかばーちゃんみたいな事言うんですね。俺もばーちゃんに黒豆は体にいいからツユ飲めってよく飲まされたなあー。あれって何に効いたんだろ?そっか、薬膳ってそう言うこと?」

「そうです。黒豆はねぇ、むくみとかめまいとか、白髪とか。解毒作用があるなんても言いますよね。あ、腰痛にもいいらしいですよ」

虹子にじこは微笑み、キッチンに戻って言った。

「・・・なんか、確かにいい感じだよな・・・」

幾つなんだろ、と同僚の坂本が呟いた。

社畜、患畜とからかわれていた湊人みなとが最近、顔色も良く、飯時にいつも飲み込んでいたコンビニチキンではなくキュウリの一本漬けなんかかじっているのを不思議に思ったのだ。

変だろと思って問い詰めたら、猫を見つけた縁で薬膳カフェに通っていて、そこの女主人が気になっていると白状した。

それで、忘年会の二次会を二人ですっぽかして来てみたと言うわけだ。

彼女は、多分、三十代前半と言う感じ。

とにかく目と肌がきれいだと言う印象。

薬膳と言うのは何だかよくわからないが、食い物屋を経営していると言うのはポイントが高い。

浮いた話のない湊人みなとに春が来たという事ではないだろうか。

「・・・なあなあ」

同僚の坂本が、ずいっと迫って来て小声でささやいた。

「・・・お前それさ、きっとNNNだよ」

「は?PPKなら知ってるけど・・・?」

「違う!ピンピンコロリじゃなくて・・・!ウチの奥さんが言ってたんだけどさ、猫が縁を運んでくるとかそういうやつだよ。ネコネコネットワークって言ってな・・・」

湊人みなとは、なんだそれぇと吹き出した。

真剣な表情で、何だか変な事言ってるのがおかしかった。

「本当なんだって!」

「・・・いやいや、もしかしたらそう言うのもあるのかもしれないけどさ・・・。でもなんか、うーん・・・」

「なんだよ。あ、彼氏いるかぁ」

「・・・うーん・・・」

どうにも歯切れが悪い湊人みなとを坂本がつまらなそうに見た。

タンタンに会いに言った時、青磁せいじはあの豪華で快適な猫部屋は、「虹子にじこの部屋だった」と言ったのだ。

あれは、つまりどういう事だったのか。

思い当たるのは、牽制・・・?

だろうけれど。

でも、過去形であるという事は。

別れた、という事だとしか見当がつかないけれど・・・。

微かにドアベルが鳴り、また客が入って来たようだった。

今日は冷えるからか、皆、お鍋が目当てかしらね、と虹子にじこは思った。

遠慮がちな様子で、首藤紗良しゅとうさらが立っていた。

「あら、紗良さらちゃん、遅くに珍しいですねぇ」

彼女はたまにランチやデザートを食べに寄ってくれるようになっていたのだ。

「お一人?寒かったでしょ?カウンターがいい?奥のガスストーブの前もあったかいの・・・」

「へぇ、ガスストーブなんて珍しいですね。初めて聞きました」

湊人みなとがそう言ったのに、虹子にじこが頷いた。

「カロリーが高いから、すっごいあったかいのよ。うち、炊飯器もこだわりのガスで・・・」

「あー、だからここのご飯おいしいんだ。よっぽど高い米なのかなあと思ってました」

「えっ?!今時、ガス炊きの飯?食いたい・・・!」

同僚も食いついた。

「ぜひ食べてください。ほんと違うから!鮭のこうじ漬けか明太子か温玉乗っけて食べます?」

湊人みなとも、それ自分にも、と言い出そうとした時、紗良さらがまっすぐ歩って来た。

どこかで見た事があるなぁとつい目で追う。

あれ、この子、どっかで・・・・?

紗良さらがテーブルに近づいて、虹子にじこに封書のような物を差し出した。

「・・・ん?あら、これ、披露宴の招待状?・・・紗良さらちゃん結婚するの?えー、おめでとう・・・!」

と笑顔で言って受け取ってから、その笑みが固まった。

レース模様が美しく印刷された白い封筒には、新郎・月ノ輪青磁つきのわせいじと新婦・榊虹子さかきにじこと書いてあった。

「・・・これ、どういう事ですか・・・?」

紗良さらは、やっとそれだけ声に出した。

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