第9話 金木犀のお茶
しばらくすると、友人の前にトレイが運ばれてきた。
「お待たせしました。百合根のお粥と、鴨のスパイス焼き、白菜と蕪のミルク煮、梨と
全く違う料理が、それぞれ可愛らしい食器に盛り付けられていたのに、思わず歓声を上げた。
「・・・え、すごい、カフェっぽくなってきた」
と
「・・・美味しい。百合根って初めて食べた。
白い
「・・・なんか私、最近、咳出るし。薬膳って何それって思ってたけど、健康にいいならこういうのもいいかも」
と、
「ちょっと体にいい事してるような気にはなるよね」
と
家が寺だから蓮の花には馴染みがあるが、蓮の実を食べたのは初めてだ。
結構量があるなと思ったが、二人でぺろりと食べてしまった。
お茶に手を伸ばした時、あ、この香り、とはっとした。
ゼリーとプリンのシロップ漬けの香りだ。
「・・・・これ、何の匂いなんだろう・・・?」
と言うと、
「・・・何だろう・・・。知ってる気がするんだけど・・・。お花みたいな・・・?」
でも、バラとかではないし、と不思議そうだ。
そう、確かに知っている。懐かしいような・・・。
ふと、
「・・・え・・・?」
仔猫に、ん?と言う顔で見上げられ、こちらが戸惑う。
緑色の目がガラス玉のように輝いていた。
タンタンと同じデザインの水色の首輪。
「・・・もしかして、スープ・・・ちゃん・・・?」
「え、なになに?」
「・・・猫?!いつからいたの?」
驚きつつも、可愛いと騒いでいると、気づいた
「あーもう!また!すみません。ちょっと、もー、さっきご飯食べたばっかりでしょー・・・」
テーブルの下から引きずり出そうとするが、黒猫は
「・・・抱っこしていいですか?私、実家でも猫飼ってるんです、わー、猫触るの久しぶりー。癒されるぅー」
黒猫は真っ正面から客人を見ると、甘えるように胸に飛び込んだ。
「・・・可愛い!・・・まだ小さいんですね。猫って、猫飼ってる人とか猫好きわかるらしいですよ。猫との出会いは不思議らしいです。NNNって言うんですけど」
「・・・NNN?」
「ネコネコネットワークの略なんですけど。ネコ同士の繋がりとかテレパシーみたいのがあって、ネコ欲しいなって思ってるとふらっと現れたり。家出したネコを知らないかってボスネコに聞くと、探してくれたりするみたいです」
変な話に、
「やだ、何それ、嘘でしょ!?」
現実的でバリキャリの
だが、
「・・・あー、そうなのかも・・・。この子達ね、生まれてすぐに、お母さん猫が車に轢かれちゃって死んじゃったの。見つけてくれた人がいて。私、たまたまそこに出会くわしてね、何見てるのかなぁ、あの人って思ったら、この子達だったの。それで、私が引き受けたんだけど。今ではね、小さいながら看板猫なんですよ」
何だかんだと常連客に愛されている。
「あなたもどなたから聞いたんでしょう?」
「え?」
「だって、ほら。この子の名前、知ってたから」
あ、つい・・・と、
「・・・はい、あの。私、月ノ輪小児科で働いているんです」
少しの気後れと、少しの自己顕示欲も含めて。
ああ、と
「
「そうです。猫同士と、猫好き同士の繋がりと言うか、コミニュケーションの事なので」
なるほど、と
「そうかぁ、ネコネコネットワークすごいのねぇ」
と素直に喜んでいる。
「・・・あの、何で、私と
メインが違うというならまだ分かるが、何から何まで違うのだ。
「ああ、あなたちょっと顔色悪いかなって思って。女の人は割に皆貧血気味で血色悪いけど。あなたの場合、脾って言うのね。その機能が少し落ちてるのかなあって。唇も痛そうだなって・・・」
確かに、倦怠感や口内炎が出やすくて、いつもサプリメントを飲んでいた。
今回は乾燥の為か保湿をしているのに唇の周りが荒れてなかなか治らなくて困っていたのだが。
「だから、ちょっと元気になるものをね」
「私は?」
「・・・ちょっと咳してたでしょ。だから、肺の機能が落ちてるのかなと思って。あと少しお肌乾燥してるかなとも思って」
「えーすごい!そうなんです。子供の時、喘息だったからかなあ。今も台風の時とかも、ちょっと、ダメなんです。最近も咳出ると止まらなくて」
気圧の関係か、息苦しくなるのだ。
子供の時ほどの重症ではないけれど。
「それは大変ねえ。・・・そうね。あとはねぇ、沢山泣いたり、悲しすぎても咳って出るわよね」
そんな事もあるんだ、と
薬膳とはまたよく分からないけど、風邪っぽい時に生姜湯を飲んだりするような事なのだろうか。
それで体によく美味しいなら、まあ良いかもしれない。
猫が小さく鳴いたのに、
視線の先で、
「・・・・え、何・・・?どうしたの・・・」
ポットからまたあの優しく懐かしいような不思議な花の香りがした。
吸い込むと、心が解れて行くような香り。
「・・・良かったらもっと飲んでね。沢山泣くと体から水分無くなっちゃうから。お茶まだまだあるからね。これね、
ああ、
そうだ、この香りは
少し冷えて来た秋の風で運ばれてくる、あの優しく温もりのある香り。
黒猫が慰めるように声を殺して泣き続ける
「・・・猫って、やっぱり何か分かるのかもね。・・・それもNNNね」
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