ルッキズムと私の恋
@azumiren
第1話
わたしは、幼い頃から“可愛い”を浴び続けて生きてきた。
幼い頃は、家族や近所の人から
「かわいいね」
「まるでお人形さんみたい」
と言われるたびに、素直に誇らしい気持ちになった。
小さな子どもにとって「褒められる」というのは、それだけで幸せなことだし、
自分の存在を肯定してもらえるように感じられるから。
わたしは「周りの人が喜んでくれるなら、それでいい」と思いながら、ただ無邪気に笑っていた。
しかし、成長するにつれて、容姿を褒められることが必ずしも喜びには結びつかなくなっていった。
なぜなら「可愛い」と言われる裏で、
わたしが努力して得た成果を正当に見てもらえない
――そんな実感を抱く機会が増えてしまったからだ。
きっかけは些細なことだった。
小学校の国語のテストで良い点数を取ったとき、
わたしは勉強を頑張った証として誰かに認めてもらいたかった。
主題となっていた小説が元々好きで、かなり自信を持って答案を書き上げたのもあり、実際満点の答案を先生からの「頑張ったね」の一言と共に受け取った瞬間は
とても嬉しかったのを覚えている。
けれど、友達からは「可愛いから先生に良い点をつけてもらったんでしょ」と茶化された、
友達は軽い冗談のつもりだったのかもしれないが、
その言葉はわたしの胸に突き刺さって離れなかった。
「わたしの頑張りを認めてほしいのに、どうしてそんな風にしか言ってもらえないんだろう」
その日は悔しくて眠れなかったことを、今でもはっきり覚えている。
中学時代に部活のレギュラーに1年生ながら選ばれたときも、
同じような場面に直面した。
毎日遅くまで残って練習し、顧問の先生に何度もアドバイスをもらいながら、
一歩一歩着実に上達してきたつもりだった。
なのに、陰で聞こえてきたのは
「あいつがやると目立つから、先生に選ばれただけ」という言葉。
「容姿のおかげでレギュラーに選ばれた」と受け取れるその発言は、わたしの努力と成果を否定されたようで、心がぐっと締めつけられた。
悔しくて涙が出そうになったけれど、「こんなことでへこたれてたまるもんか」と思い直し、なおさら練習に打ち込むしかなかった。
「わたしが頑張ったからこそ結果が出たのに……!」
その後も何度もそう叫びたくなる場面はあったものの、
口には出さず黙々と努力した。
ただ周りから「容姿で得してるだけだよ」という冷ややかな視線が消える事はなかった。そんな経験を積み重ねるうちに、「可愛い」「綺麗」という褒め言葉そのものに、いつしか素直に喜べない自分がいることに気づいた。
「どうせまたわたしの中身じゃなくて、外見のことしか見られていないんだろう」という諦めにも似た感情が湧いてしまうのだ。
だからこそ、わたしは心のなかで何度もこう思い続けてきた。
「人の魅力や成果は、外見ではなく、その人自身の努力や内面を基準に評価されるべきだ」
初めは小さな反抗心のようなものだったかもしれない。でも、自分が何かを成し遂げたとき、その背景にある地道な努力や自分自身の情熱こそを正当に見てほしい
――そんな強い願いが、いまではわたしの信念となっている。
容姿を褒められることが全て悪いわけではないし、時には嬉しいこともある。
それでも、「可愛いね」と言われる前に「頑張ったんだね」と言われたら、どんなに嬉しいだろう――
だからルッキズム――つまり外見で人を評価する風潮には否定的だ。
なのに――――――
五月の柔らかな光が教室いっぱいに広がる午後の終わり。
わたしはノートを片付けながら、ひとつ深呼吸をする。
今日一日の出来事が、頭の中でぐるぐると回っていた。
――クラスメイトの藤本に告白された。
藤本は学級委員長で、どちらかと言えば真面目なタイプだが
年頃の男の子らしい茶目っけやユーモアもある。
友人が困っていればすぐ助けに行くし
、先生への応対も卒なくこなし、みんなから頼りにされている。
わたしもその誠実さや優しさを間近で見てきたからこそ、
告白されたときは正直嬉しかった。
でも、わたしはすぐに「はい」と返事ができなかった。
胸の中で「違う」と感じる何かが、大きく膨らんだから。
ずっとそうではないと自分に言い聞かせてきたが、
実は前から気になっている人が別にいるのだ。
隣のクラスの三浦。
バスケ部の中でもひときわ爽やかな雰囲気をまとっている。
部活の練習着から覗く腕や脚は、すらりと細身ながらしなやかに引き締まっていて、彫りの深い横顔に切れ長の瞳、筋の通った鼻に薄い色の唇
――そのどれもが涼しげな雰囲気を醸し出し、そこだけ空気が違って見えて、不意に視界に入るとどきっとする。
そんなちょっと近寄りがたい外見とは裏腹に、部活仲間と笑い合うときには柔らかい笑顔を見せていて、その表情に年相応の無邪気さを感じさせてくれる。
その表情の一つ一つ――
バスケで真剣にプレーしているときの鋭い眼差しから、
部活仲間と楽しげに話しているときの朗らかな笑顔まで
それぞれの瞬間に違った魅力があり、その変化を見逃したくなくて、いったん視界に入るとその他の全てを忘れて目が離せなくなる。
本当は、外見的な魅力で人を判断するのは良くないとわかっているのに、三浦の姿を見かけるたび、わたしの視線は自然と彼を追ってしまう。どこかで「こんなの、わたしの主義に反してる…」と思いながらも、あの爽やかなオーラに胸がざわついてしまうのだ。気持ちをセーブしようとしても、どうしても心が先に動いてしまう自分がいる。
――でも、本当にそれで良いの?
藤本の顔がタイプじゃないから気乗りしない訳ではない。
けれど、三浦の容姿に惹かれているのは事実で、
それがどうしても自分の中にある“信念”に反するような気がして、
どうしようもない矛盾を感じてしまう。
「好きって、一体何なんだろう?」
誰かを好きになるのって、
本来はもっと内面や性格を知っていくうちに自然と芽生えるものだと思っていた。
それなのに、三浦についてはほとんど話したこともないのに、
顔や雰囲気だけで惹かれている気がする。
自分が一番嫌ってきたはずの外見重視に、
実際わたしも囚われている
――そんな事実に、罪悪感を抑える事が出来なかった。
藤本に告白されてから、あっという間に二週間が過ぎた。
その間、わたしはまともに彼と向き合うことを避けてきた。
いつもなら通学路が少し重なれば一緒に帰ったり、
班活の打ち合わせを二人で話し合ったりしていたのに、
告白された翌日からは意図的に距離を置いてしまった。
藤本の視線を感じてもすぐに話す相手を変えるか、
トイレに行くふりをする。
そんな自分に
「最低だな……」
と思いつつも、
彼にきちんと返事をする勇気がなかなか出なかったのだ。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
ある日の放課後、校門を出ようとしたところで藤本に呼び止められた。
「ねえ……」
声に振り返ると、校門の脇に立つ藤本と目が合う。
いつもよりも少しだけ硬い表情。
それでも、その瞳はどこまでも優しくわたしを見つめていた。
心がぎゅっと苦しくなる。
もう逃げることはできない。
「……告白の返事、聞かせてもらえないかな」
わたしは俯いたまま小さく息を吐く。
意を決して顔を上げる。
ずっと避けてきたことを謝るべきなのに、
最初に出てきた言葉はわたしの結論だった。
「……ごめんなさい。わたし、藤本のことは本当に良い人だと思う。
人柄とか真面目に努力してるところとか、
尊敬できる部分がたくさんあるのは知ってる。
でも……その、わたし……ごめん」
そこまでが精一杯。
もっとちゃんとした理由を伝えられたかもしれないのに、
頭の中がごちゃごちゃで言葉にならない。
藤本は少し顔を曇らせながらも、「そっか」と短く呟き、
わたしを責めるでもなく問いただすでもなく、
ただ受け止めて寂しそうに微笑んだ。
その優しさに胸を締めつけられる。
やっぱり藤本はいい人だ。
それなのに、わたしは彼を好きになれない。
彼は何かを言いかけたが、
思いとどまるように目を伏せると静かに踵を返した。
数歩の距離がこんなにも遠く感じたのは初めてかもしれない。
わたしは彼の背中に向かって、
もう一度心の中で「ごめん」と呟いた。
少し風が冷たくなってきた夕暮れの街を歩く。
太陽が沈み始め、長い影が伸びていた。
家に帰る前にどこか寄り道でもしたい気分になるくらい、
頭の中は混乱している。
「わたし……結局、何がしたいんだろう」
歩きながら、自問自答が止まらない。
もっと藤本のことを知ろうと努力すれば、
彼の本当の魅力に気づけたかもしれない。
それなのに、わたしの心は最初から三浦へ向かっている。
外見で評価されることをあれほど嫌っていたのに、
結局わたし自身も三浦の外見に惹かれている――なんて皮肉だろう。
「そういった“努力している姿”にも、わたしはきっと惹かれていたのかもしれない」
そう考えると、少しは気が楽になるかもしれない。
三浦はバスケ部で練習にも熱心だし、
体育祭では全力で走る姿を見て胸を打たれた。
外見だけじゃなくて、きっと中身も魅力的なんじゃないか
――そう思いたい気持ちはある。
でも、それは正直「言い訳」なのだろう。
三浦とはほとんど話したことがないし、
彼がどんな趣味を持ち、どんな音楽を聴き、
どんな性格なのかも知らないのだから。
それでも「好き」だと思ってしまったのは、
まず最初に胸がときめいたからに他ならない。
理由はあとづけだ。
「……わたしは、矛盾だらけだな」
部活や勉強で結果を出しても、
「可愛いから先生に贔屓されてるだけ」
「目立って得してるんだろう」
と言われ続けてきた。
だからこそ外見ではなく、
努力や内面を見てほしいとずっと思っていたのに、
わたし自身が外見で人を選んでいるように見えてしまう。
もちろん、見た目だけに惹かれているわけじゃないと思いたいけれど、
今のところ三浦について詳しく語れるわけじゃない。
結局、理屈じゃなく、心が勝手に動いてしまうのだ。
藤本への申し訳なさがこみ上げる。
もっと一緒に過ごして、彼のいろんな面を知れば好きになれたかもしれないのに、
わたしは逃げるようにしてあいまいな“ごめんなさい”で全部を終わらせてしまった。
誰も悪くないはずであると思いたいのに、結局はわたしだけが悪い気がして、
なんとも言えない虚しさに襲われる。
それでも、好きという感情はどうしようもない。
今、わたしの中で強く求めてしまうのは藤本ではなく、三浦の笑顔だ。
それはわたしの“いけないところ”なのかもしれないけれど、否定することができない。
夕暮れに染まる歩道橋の上で足を止め、オレンジ色の街並みを見下ろす。
前に進むか、立ち止まるか
――どちらにしても苦しさから逃れられないような気がする。
「結局、わたしは自分に正直になるしかない、か」
そう呟いて、わたしはまた歩き出した。
もし“自分が理想とする自分像”を壊したくなくて、
妥協するように藤本と付き合ったとしても、きっとどこかで破綻するはずだ。
「本当は三浦のことが好きなのに、表向きは藤本と仲良くやっているわたし」
――そんな偽りの関係が長く続くはずがない。
だいいち、それでは藤本にあまりに失礼だし、自分自身だって息苦しくなるだけだ。
そもそも、それが“正しい選択”だとも思えない。
中途半端な気持ちで誰かを選んだところで、きっと誰も幸せにはなれないと思うから。
最終的にわたしは、今ここにある“好き”を受け入れるしかないのだと思う。
歯を食いしばりながら幾度も自問自答し、そのたびに少しずつ腹を括る。
明日からまた、藤本とどんなふうに接していけばいいのかはわからない。
それでも、わたしはわたしの矛盾ごと抱えながら、次の一歩を踏み出すしかない。
自分の醜い部分も含めて、これがわたしなのだ。
日がすっかり落ちた街を、夜風が抜けていく。
この胸の痛みも後悔も、逃げずに正面から受け止めて、
わたしはわたしに正直に生きていくしかない
――そう思ったとき、夜風がほんの少しだけあたたかく感じられた。
ルッキズムと私の恋 @azumiren
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