よく当たる占い師

蛸屋 ロウ

よく当たる占い師

 とある一室、光も差し込まず、煌びやかな宝石の埋め込まれた壺やら、外国語の背表紙を向けている大量の本などが棚にずらりと並ぶ部屋を、怪しく照らすように輝く水晶を囲んで座る二人の女性がいた。


 一人は暗い色のフードを目深にかぶり、幻想的に白く輝く水晶の中に何かを探すような、掻き分けるような仕草で、冷ややかなその球体に両手をかざしていた。


 もう片方の人は、いたって平凡な一般女性であった。ただ黙して、食い入るように水晶を見つめている。


 そう、彼女は今、占われているのだ。


 最近SNSで話題の『メチャクチャ当たる占い師』。好奇心と、そんなオカルト信じていないと言いつつも将来が気になってソワソワしてしまう矛盾した感情に突き動かされ、こうして彼女は、占い師のもとへとやってきたのだ。


 では何を占ってもらっているのかというと、未来の旦那さんは誰なのかということだ。


 淡く輝く水晶、その中により一層眩い光の帯が見えた。それは水槽の中の魚のように、辺りを見渡し、かと思えば弾かれたように進み、窮屈な空間を静かに漂っていた。


 しばらくして、かざされていた占い師の細い指に力が込められた。同時に光の帯が急速にねじれる。光はうごめき、ゆっくりと立体的な像を成し始めた。ようやくそれがとある人の顔だと認識できた時、この場の空気が一瞬にして張りつめたような気がした。


 次第に細部の輪郭が明瞭になり、占いの結果が、女性の将来の伴侶が明らかになった。



「ーーーーーーッ!!」



 それは私が推している動画配信者、一途に愛してやまない理想の男性に他ならなかった。


 私は驚きのあまり椅子を倒し立ち上がる。そんなまさか! 抑えきれぬ興奮と撃たれたような動揺が視界を揺らがせ、力の抜けた足が体をよろめかせた。


 息が荒くなる。嘘だろうか?この占いは真実なのか?


 くらむような情報を処理し切れていない私を置いて、水晶の光は整った顔立ちから姿を変え、一つの映像となって先の起こり得るであろう未来を詳細に映し出した。


 オフ会でのドラマチックな出会いからその物語は始まり、互いに親睦を深め交際を経て結婚、子を二人授かり、都内の高級タワーマンションでこの上なく悠々自適で円満な家族生活を送る。


 私は言葉が出なかった。ただただ溢れんばかりの幸福を映し出す水晶を漠然と見ていた。


 まさに、誰もが羨む理想の夫婦生活だ。これが現実になれば、どれほどの不幸であろうと生ぬるく感じるほどのものである。


 あらゆる感情のこもったため息を吐き、私は椅子を立て直し腰を下ろした。


 なかなかどうして示しだされた結果にした私は、激情による奇怪な行動には移行せず、脳みそがそれを強引に抑え込もうとする鎮静作用による安寧のおかげで、不思議な心の平穏が訪れていた。


 ああ、なんて幸せな未来なのだろう。


 よく当たる占いだ。水晶に映し出されたこの楽園が、私のもとに訪れるなんて考えたら、もう何もかも捨て去ってしまっていいと心の底から思うだろう。


 本当に、本当に、





 私であってほしかったな。





 私は足元に視線を落とす。体に数十か所空いた穴から吹き出す赤い鮮血が可愛らしいカーペットをどす黒く彩り、ピクリとも動かない女性の横顔を、背徳的に彩っていた。


 マンションの一室、月明かりすら刺さぬ陰鬱とした空間は、むせ返るほどの鉄臭さが充満していた。誰一人としてこの部屋では動いておらず、静かな私の呼吸と、等間隔に響く、刃物から滴り落ちていく体液が奏でる音だけが、この世界の時が止まっていないことを誰に向けてか伝えていた。


 しばらくして、一仕事終えたと息を吐き、ポイと刃物を捨て踵を返した。何も思わず、何も抱かず、日々のルーティーンかのように平然と歩んでいく。


 そう、私の占いはよく当たるもの。


 占いの結果を変えるにはね、こうするしかないのよね。


 閉じかけたドアの隙間から横たえる女を一瞥し、私は静かに部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よく当たる占い師 蛸屋 ロウ @TAKOYAROU1732

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ