第6話 漫画を借りる

「ねぇ。森岡君。今日も一緒に帰らない? 」


 帰りのホーム終了後。


 田島が帰りの支度に着手する俺の席まで足を運び声を掛ける。


「うん? 別に構わないがどうした? 」


 俺は一緒に帰ることを提案されたことに大きな喜びを覚えつつ、余裕を見せる態度で返答する。


「あのね。お節介かもしれないけど。森岡君に『君との距離、秒速5センチ』の続きを読んで欲しいの。だから私が続きの2巻から漫画を貸そうと思ったんだけど。ダメかな? もちろん森岡君が読みたかったらでいいよ。森岡君の気持ちが大事だから!! 」


 田島は俺に勘違いを与えないように言葉を選んだ様子で理由を口にする。


 なるほど。どうやら俺が続きを読むことで、より『君との距離、秒速5センチ』の話で盛り上がりたいようだ。直接口には出してないが、容易に想像できる。案外分かりやすいところもある。そんなところも愛苦しく魅力的な性格なのだが。


 だが、俺が『夢の青春生活』をプレイしておいて良かった。なぜなら、このゲームのプレイングのおかげで田島が漫画好きなことを知っていたのだから。


 ちなみに俺の返答は1つしかない。


「本当か!! それはありがたい!! 実は俺も続きが気になっていたんだ!! もし良かったら2巻から今出版されている分まで貸して貰ってもいいかな? 」


 俺は意図的にテンションの上がった声で反応し、喜びの態度を演じる。


「ほ、本当に!! 良かった~。そんなの貸すに決まってるよ!! 全然遠慮しなくても良いからね」


 田島は俺の返答に分かりやすく上機嫌に反応し、気持ちが乗った口調でウェルカムな姿勢を見せる。


 よしよし。いい感じだ。完全に田島が喜んでいる。


「それじゃあ。一緒に帰ろ!! 色々な話をしながらね」


 田島は俺の帰り支度が済んだ瞬間を見逃さず、教室を後にするよう促してくる。


 どうやら漫画の話をしたくて仕方がないらしい。


「オッケー!! 行こうか」


 俺はそんな可愛らしい田島を受け入れ、自身の席から立ち上がり、一緒に教室を後にした。




☆☆☆


 


「はい。これ『君との距離、秒速5センチ』の2巻から今出ている全巻まで入ってるよ」


 田島の自宅前(俺にとって初めての訪問だ)。


 田島が漫画の入った白の紙袋を俺に向けて差し出す。


「ありがとう。助かるよ。楽しみだな。早く読みたいよ」


 俺は嬉しそうに田島から紙袋を受け取る。


「触れたいのに触れられない。この距離が、僕たちの関係を守っているんだろうか。それとも、壊しているんだろうか。どうして、優しい人ほど自分を傷つけるの?誰かに優しくできるなら、自分にも少しくらい優しくしてよ。は最高に心が揺さぶられるよ」


 田島は意味深な言葉を長々と口にする。


「うん? それはどういうことだ? 俺の理解力不足かもしれないが、何のことか分からなかったぞ? 」


 だが、残念ながら俺には田島の言葉の意図や意味が全く分からなかった。

 

「ご、ごめん。いきなりで分からなかったよね。あの。その…。さっきのは…。『君との距離、秒速5センチ』の主人公の陸とヒロインの夏海の言葉なんだよね」


 田島は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、俺の疑問を解消するために説明をする。


「そうなんだ。なるほど」


 俺は田島の説明を受け、ようやく先ほどの言葉の意味を解釈する。


「ごめんね。私いきなりだったよね。たまに相手が分かると思って漫画のキャラの名言を口にしちゃうことがあるんだ。そのせいで竜也君を困らせることもあるんだけどね」


 田島は反省した様子を醸し出す。


 これは知らなかった。田島が漫画好きなのは知っていたが、まさかここまでとは。どうやら漫画の名言を口にし、学校生活で失敗したこともありそうな感じだ。おそらくだが、田島には日常でも漫画のキャラクターの名言や言葉を口にする傾向があるのかもしれない。


 いいじゃないか。漫画好きな証拠だ。


「そのことなんだが。俺の前だったら自由に漫画のキャラの名言なんかをいきなり口にしても良いぞ。ただ俺がその言葉の意味や背景を理解できる保証はないが」


 俺は田島の変わった性格を受け入れる姿勢を伝える。俺は田島の性格をマイナスだと思っていない。素晴らしい個性だと思っている。


「本当に? 私変じゃない? 不快に思わない? 」


 田島は心配そうに俺を上目遣いで見つめる。


 この破壊力がやばかった。上目遣いの田島は普段よりも一段と可愛かった。


「何で変だと思うんだ? 立派な個性じゃないか。それにそれだけ田島が漫画を好きな証拠じゃないか。漫画愛が凄く伝わって来るよ。素晴らしい事じゃないか」


 俺は田島の不安を取り除くように、田島の性格や言動を称賛する。


 だって素直な感想だし。悪く言う理由も無いし。


「本当に!! 本当にだよね!! 」


 田島は勢い余って俺の両手を握る。


 うぉ!! まじかよ!! あの田島から俺の身体に触れてくれたぞ!!


「あ、ごめんなさい…」


 我に返った田島が控えめに謝りながら、俺の手からサッと逃げるように離れる。その動作が少なからず俺を傷つける。喜びからのショック。はっ。人生そんなものだろ。


「森岡君。ありがとう。お言葉に甘えて。これから森岡君に分かるように『君との距離、秒速5センチ』の名言や私の好きな言葉をたまに森岡君の前で口にしてもいいかな? 」


「おう。俺がわかる範囲で頼むな」


「で、できるだけ善処します」


 俺と田島が後に数回ほど言葉を交わし、別れた。


 俺は田島の自宅に一瞥し、次にここを訪れるときには、中に入ることを目標とした。

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