第5話 漫画について

 次の日。


 俺はいつも通りに朝のホームルームが始まる5分前に教室に登校する。


 俺は自身の席に到着し、リュックサックを机に置く。


「あ。森岡君。おはよう」


 先に登校していた田島が俺を発見し、進んで挨拶をしてくれる。


 おぉ!! 初めて田島に朝の挨拶を貰った。こんな朝は初めてだ。夢のようだ。なんだか今日は良い1日になりそうだ。そんな気がする。あくまで予感だが。


「ああ。田島。おはよう」


 嬉しさを表に出さないように俺は平然な態度を装いながら田島に挨拶を返す。流石に嬉しそうに笑顔で挨拶をすれば田島が疑念を抱くだろう。


「昨日はありがとね。私の話を聞いてくれて」


 田島は律義に先日の俺に対する礼を伝える。昨日も礼を頂いたので別に不必要なのだが。


「ああ。気にしなくていい。田島のためになって良かった」


 俺は特に作業もせずに、しっかりと田島に視線を向けて会話を交わす。


「ああ。それと。昨日、田島が話していた『君との距離、秒速5センチ』を1巻だけ読んだよ。電子書籍で購入したんだ」


 俺は話したい欲求を抑えるように平静を装い、淡々と口にする。


「え!? 本当に!? 」


 俺の言葉を耳にした田島は明らかにテンションの上がった上擦る声を漏らす。


「ああ。本当だ。1巻しか読んでないけど。田島が言ってた通り面白いな」


 俺は昨日読んだ『君との距離、秒速5センチ』の内容を思い返しながら、噓偽りのない感想を述べる。


「そう!! そうなんだ!! どんなところが実際に面白かったの? 」


 田島はテンションの上がった声で先ほどよりも俺との距離を縮め、深堀するように尋ねる。


「1巻だけでもめちゃくちゃ心を揺さぶられた。特に、主人公とヒロインの距離感が絶妙で、もどかしいけどすごくリアルに感じたな~」


 俺は昨日1度だけ読んだ1巻の感想を言葉を選びながら答える。


「そうなんだよ!! 分かる!! 分かるよ~!!主人公の陸と夏海の距離感が絶妙だよね~〜。そして、話が進むたびにちょっとずつ距離感が縮まっていく形がまた良いんだよ!! 」


 田島は漫画の感想に嬉しそうに満面の笑みで反応し、自身の意見も交えながら俺の感想に強く共感する。


 こんな田島の姿は難波の前でも見たことがない。


 もしかして俺が田島の新たな一面を引き出しているんじゃないか? 学校では決して誰も見られなかった田島の本当の性格が現れているのかもしれない。そう思うと必然的に難波や他のクラスメイト達に優越感を抱く俺であった。


「他には? 他には何か思ったことなかった? 」


 田島は普段では考えられないほど荒々しい鼻息を漏らしながら、俺に追加の感想を求める。どうやら話をしたくて仕方がないらしい。


 なら俺の取る行動1つだ。


「そうだな~。他には――」

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