【南とハル】三年間かけて自覚した初恋の執着を舐めるなよ【創作BL】

シカタ

 彼と出会ったのは小学生の頃だった。

 きっかけは何てことはない、席替えで前後になっただけのことだ。


 南 翔也。

 クラス替えをしてしばらく経っていたため、名前は当然把握していた。


「よっ」

「え」


 席を移動して身の回りを整理しているタイミングで突然声をかけられた。根暗な俺はまさか自分に話しかけられているとは思わず、慌てて顔を上げた。

 視線の先には俺よりもやや多い荷物を運び終わった南がこちらを向いてニコリと笑っていた。

 席の場所は俺が窓際の一番後ろ、南がその前だった。隣には荷物を置ける棚もあるし、当たりを引いたなと思っていた矢先のことだった。


「よろしくな」

「あ、え…う、ん。よろしく」


 爽やかな挨拶に、素っ気ないながらも何とか平静を装って返事をした。南はそれに満足したのか、ふっと口元を綻ばせて荷物の整理に戻った。


(気さくな奴だな)


 俺が南に抱いた感想は、それほど陳腐なものだった。



「あ、可愛い」


 話しかけたのは意外にも自分からだった。

 話しかけた、というと語弊がある。正確には思わず声に出してしまっただけだ。この頃から思ったことを反射的に口にしてしまう癖があった。

 俺が可愛いと思ったのは、南が棚に飾っていた小さなフィギュアだ。それはかなりマイナーなアニメのもので、自分以外に知っている人が初めてだった。


「なに、お前もこれ知ってんの!?」

「ひっ」


 体をぐるりと思い切り反対にして話しかけてきた彼に、つい悲鳴を上げてしまった。それくらい勢いが凄まじかったのだ。

 共通の話題が見つかれば、驚くほど会話が弾んだ。南も周りに話せる人間がおらず嬉しいと言ってくれた。小学生というのは単純で、そこからは特に理由もなく距離が縮んだ。

 朝の「おはよう」帰りの「じゃあな」は必ず言うようになり、会話が少しずつ増えていった。


 会話を重ねていくうちに気付いたのは、南は話しやすい人間だということだった。

 幼い子どもというものは、なぜかグループを作りたがる。世間でいうカーストのようなものだ。俺は暗くて静かな陰キャで、カーストの底辺に分類される。

 明るくて運動もできる南は当然カーストの上位だったが、群れるのが嫌いなのか、どこのグループにも属していなかった。適宜、誰とでも上手く交流ができる、いわば一匹狼のような存在だ。


「ハル、宿題やった?算数のプリント勝負しようぜ!」

「いいよ、算数なら自信ある」

「負けたらデコピンな」


 そんな南が、なぜか俺には距離が近かった。

 気付けば毎日一緒にいて「お前ら仲良すぎじゃね?」と周りから言われるほどだった。

 初めこそ「俺みたいな暗いやつと…」と後ろめたい気持ちがあったが、誰にも踏み入れられていない南の懐に行けたような気がして、次第に気分が良くなった。優越感、というものに浸っていたのかもしれない。


 仲良くなってすぐに「ハル」と下の名前で呼んでくれたことも嬉しかった。男子は基本的に名字で呼ぶのが主流だったため、名前で呼ばれることが珍しかった。

 俺は逆に「南」と名字で呼んでいる。

 これには理由がある。同じクラスに「南」という名字の子が二人いて、区別するために名前で呼ばれているのだ。俺は何となく、みんなが「彰也」と呼んでいるのと同じになりたくなくて、あえて名字呼びを続けた。子どもなりの独占欲みたいなものだろうか。


「ハル〜!サッカーしようぜ!」

「えぇ…俺、球技下手なんだけど」

「でも嫌いじゃねえだろ?」

「それは…まぁ」

「んじゃ、一緒にやろうぜ。ほら」

「うわ、ちょっと急に引っ張るな!」


 南と過ごすようになってから、俺の学校での過ごし方は変わった。

 一人でしていた勉強は南と競い合うようになったし、休み時間も教室で本を読むだけではなく外で遊ぶことが増えた。


 俺は壊滅的に運動神経がないので団体競技、特に球技が嫌いだった。だがそれは周りに迷惑をかけるからという理由で、体を動かすこと自体は意外と好きだった。

 野球のクラブチームに所属している南は俺とは反対に運動全般が得意だった。南といることで、自分の交流関係も広まった。サッカーや野球をする中で、話したことのないクラスメイトがたくさんいた。なかなか自分からコミュニケーションが取れない俺を気遣って、南はさりげなく会話を取り持ってくれたり、話題を振ってくれたりした。

 自ら話を切り出すのは苦手だが、会話のきっかけさえあれば話すのはそんなに難しいことではなかった。何でも器用にこなす南は、とにかく俺にとって憧れだった。


 しばらくして席替えがあり、少し距離が遠くなっても俺たちの関係は変わらなかった。

 さすがに以前ほどではないが仲が良かった。

 互いに互いのことが友人として好きだった。それは自惚れではなく紛れもない事実だったと思う。



 しかし、それも長くは続かなかった。正確には小学生までは続いたのだが、中学校に入ってから話す機会が一気に減ったのだ。

 まず三年間でクラスが一度も同じにならなかった。全部で六つのクラスに分かれていて一年くらいは同じになれると思っていたので、ショックだった。

 くわえて中学になれば部活動が始まる。

 当然、南は野球部に入り朝練から夜練まで忙しく、休み時間も野球部のメンバーと絡んでいることが多かったため、なかなか話しかけに行けなかった。

 そして何より中学に入って南がモテ始めたのだ。もともと人を引き寄せる性格をしていたが、それが環境が変わったことで顕著になり、男女ともに人気者になってしまった。自分が気軽に話しかけていい人ではない、近寄りがたい存在へと遠ざかっていった。


 それとは反対に俺は変わらず陰キャのまま、それどころかいじめの対象になるという悲惨な生活を送っていた。

 きっかけは、一年生の前半にクラスの委員長に選ばれたことだった。三つの小学校が統合された中学校という新たな環境。

 みんなの人柄もわからない状態で選択されるのは、大人の言うことを聞くような人間。よく言えば真面目で、悪く言えば地味な俺は担任から「やってみないか?」と打診されたのだ。

 いつもならば目立つからと断りを入れるのだが南と一緒に過ごしていく中で、いつか自分も南のようになりたいと思い、引き受けてしまった。


 あとは大体お察しの通り。カースト上位の連中に「調子に乗るな」と罵られ、毎日笑われる日々が始まった。理不尽だと思いながらも、どこか自業自得だと自責する気持ちもあった。

 南がそばにいてくれたことで自分も変われたような気がしていたのだ。人間はそんな簡単には変わらない。俺は何一つ、変わってなどいなかった。


 部活のない日だったのか、帰り道に何度か南が声をかけてくれたことがあった。

 最初は嬉しくて普通に応えようとしたのだが、いまの惨めな自分を見られたくなくて無視をした。恥ずかしくて哀れな姿を南にだけは知られたくなかった。

 しかし南は意外にもしつこく絡んできた。


「どうしたんだよ」

「何で無視すんの?」

「なぁ、俺のこと嫌いになったの?」

「こっち向いてよ」


 気を遣って何回も話しかけてくれる彼は本当に優しい。

 だからこそ余計に苦しかった。

 南が俺を気にかければかけるほど、いじめもエスカレートしていったからだ。


「南に付き纏ってんじゃねえよ、気持ち悪ぃ」


 二人でいるところを何度も見られてしまったようで、火にさらなる油が投下された。

 心身ともに限界だった。


「…南」

「っ!ハル」

「もう、話しかけてこないで」


 一度だけ返事をした俺に南は一瞬その顔を綻ばせたが、すぐに傷付いたような表情を浮かべた。そんな顔をさせてしまった罪悪感で、俺は逃げるようにその場から走り去った。


(ごめん、ごめん…南)


 何度も心の中で謝ったが、本人に伝えることはなかった。それから南は俺を見かけても話しかけてこなくなった。



 高校は田舎の遠い場所を選んだ。

 幸い学力は十分に足りていたので、合否の心配はあまりなかった。


「波都高校」

 俺たちの中学校の区域からは電車通学しか選択肢がなく、おまけに堅苦しい校風で有名なところだった。近くには校則の緩く、学力もそこそこで入れる高校があったため、毎年一人、多くても二人程度しか選択しない高校だ。誰も好き好んでそんな場所は選ばないだろう、そう確信して俺は波都高校に決めた。

 とにかく自分のことを誰も知らない、遠くに行きたかった。逃げたかった。



「久しぶり、ハル」

「え、み…なみ?」


 だから登校初日、電車のホームで見覚えのある顔に話しかけられたときは本当に驚いた。

 そこに立っていたのは紛れもなく南だった。

 野球部を続けるからか、髪型は相変わらず坊主のままで、刈りたてなのか触るととても気持ちがよさそうだ。そんなどうでもいいところでも見ていないと、動揺でその場に崩れてしまいそうだった。


「な、んで」

「何でって学校行くために決まってるだろ?これ逃したら遅刻しちゃうじゃん」

「は…」

「それにしても波都って本当に田舎だよな〜。一時間に一本しか電車ないし、寝坊したら速攻アウトじゃん」

「え、波都って」

「そう、俺も今日から波都高校生だよ?」


 ハルも一緒だろ?と人当たりのいい笑顔を向けられた。なぜかそれが怖くてたまらなかった。


(何で、どうして…今年の受験生は俺だけだったはずなのに)



 受験前に高校別の説明会があった。

 そのとき確かに俺は一人だった。南がそのときどこを選んでいたのかは知らないが、先生も「今年も波都は不人気だなぁ」とぼやいていたことだけは覚えている。


「ハール」

「ひっ」


 いつの間にか間近に迫っていた顔に、思わず悲鳴を上げる。どこかデジャブを感じながら後退るが、すぐにその長い足で距離を詰められた。

 トン、と背中に硬い感触に気付いて初めて壁際に追いやられていることを察する。


「で、か」

「あれ、こんなに身長差あったっけ。あぁ、俺さ中学の三年間でめっちゃ伸びたんだった。いま180くらいはあるんじゃないかな。…ていうか」

「うぁ」


 するりと顎下を撫でられ、自分でも聞いたことのない声が漏れる。


「思ったこと反射で口に出ちゃうの相変わらずだね、かーわい」

「っ!」


 見たことのない大人びた表情に、心臓が跳ね上がる。


(目の前にいるのは…本当に、南…か?)


 そう疑ってしまいたくなるほど彼は別人に見えた。俺の知らない、男の顔をしていた。


「顔真っ赤。ねぇ俺っていまもかっこいい?」

「え、っ」

「小学生のときに言ってくれたじゃん。俺の顔かっこいいって。ハル、覚えてない?」

「い、や…覚えて、るけど」


 久しぶりの会話にどうしても言葉が吃る。

 しかしなぜか頭はクリアだった。南との記憶は楽しいことばかりで、小さな出来事もいまだに事細かに覚えている。



 あれは算数の応用問題を教えているときだった。


「南って顔、綺麗だよな」

「…は?」


 うーん、うーんと唸りながらプリントと向き合う彼を見つめながら、ふと口から出てしまった。

 人見知りの俺は会話をするとき、基本的に下を向いて話す。仲がいい人とはさすがに目を見て話せるが、そうまじまじと眺めることはない。唐突な話題に、南は大きな目を丸くしていた。


「どうしたん、急に」

「いや何となく思っただけ。特に理由はない」

「ハルって本当、思ったことすぐ口に出るよな。てか坊主に綺麗っておかしいだろ」


 既に俺の癖を理解していた彼は、それが本心であるとすぐにわかってくれたのだろう。照れくささを誤魔化すように、髪のない頭をトントンと突いてみせた。


「いや髪型は関係ないって。顔立ちの問題」


 人は自分がコンプレックスに思っているところを相手にも見る傾向があるという。

 俺の場合は顔、体型ともに平凡な見た目なので劣等感の塊だ。だから人の見栄えのいい部分には自然と目がいく。それは南でも同様で、特に下を向いている姿は観察しやすかった。

 凛とした眉毛に長いまつ毛、まっすぐ通った鼻筋に健康的な明るい色の唇。顔の輪郭もスポーツをしているからか無駄な肉がなく、小学生ながらに完成されている印象を受けた。


「断言してやるよ。南、髪伸ばしたら絶対モテるぜ」


 顔を指差しながら笑顔で、そう言った。



「あの時のハルの可愛い笑顔が忘れられなくてさ」

「な、か…かわっ」

「でも当時はさ。俺も子供だったから、それが何の感情だったのか自分でもわかんなかったわけ。早く自分の気持ちに気付けてたら、もっと長い時間ハルと一緒にいられたのにな〜本当に何やってんだよ自分って感じ」

「子供って…今だってそんな変わらない」

「変わったよ」

「う、わっ」


 言葉を途中で遮られて顔をさらに近付けられる。おでこ同士がくっつき、手を握られた。


「み、みな」

「顔だって少しだけど大人っぽくなったし、体付きもかなり逞しくなった」

「ちょっ」

「俺の親父、体格いいからさ。まだまだ伸び代あるって言われたし、もっと男前になるよ」

「み、南…ち、かい!近いって!」

「髪型は野球やってる間は坊主だけど、引退したら伸ばしてみるつもり。絶対今よりかっこいいって思わせるから楽しみにしてて」

「おい、話聞けって!」

「いや〜それにしても久しぶりの生ハル…やっぱ我慢できねぇ」

「ひゃっ」


 突然手を引かれて南に抱き付く形になった。自分で豪語するだけあって、俺の全体重を預けてもビクともしなかった。鍛えられた立派な体なのが布越しにも伝わって、心臓がさらに跳ね上がる。


「うわ〜数年ぶりのハルの匂いだ」

「ちょ、バカ!嗅ぐな!」

「てかさっきの声なに?可愛すぎるんだけど。本当ハルといると飽きないよ」

「さ、さっきから何言ってんだよ!」

「自分が野球バカだとは思ってたけど、中学三年間離れてようやく気付くとか、さすがに鈍感すぎるよな」


 まったく噛み合わない会話に腹が立ってきた。いつの間にか昔のような雑な口調になっていたが、そんなことはどうだってよかった。とにかく意味のわからない言葉を連発し、暴走している目の前の男を止めることが最優先だ。

 しかしそんな俺を嘲笑うように南はふっと微笑み、唇をなぞりそのまま指越しに口付けた。


「…へっ」

「そういえばさっきの質問、答えてなかったね。何で俺が波都を選んだのかって。理由なんて簡単だよ、ハルがいるから」

「…は?」


 今起きた出来事に困惑している間に南はなぜかとても楽しそうに口を動かす。


「ハルのことは何でも知ってたけど、志望校まではなかなか掴めなくてさ。まあ大体予想はしてたけど。ハルのことだから絶対俺が同じ高校選ぶってなったら直前で変えると思って」

「な、に…言って」

「確実に同じ高校にするために説明会の日は仮病使ってわざと休んだんだ。んで後日資料だけ貰いに先生のとこ行って、さりげなく今年の受験生聞き出して確信を得たってわけ」


 ニコリと笑う南とは裏腹に寒気が止まらない。


(言ってる意味が…わからない)


 だって先ほどからの物言いだと、まるで南が俺のことを好いているように聞こえる。それも異常なくらいの執着が滲み出たものとして。


「そうだよ」

「えっ」

「そういえば、まだハッキリと言葉にはしてなかったね。これ以上すれ違ったら堪ったもんじゃないから、ちゃんと伝えるね」


 そう言って南は抱きしめていた力を緩め、真っ正面に向き合う。


「愛してるよ、ハル」

「…へ」

「好きって言葉じゃ、なんか足りないんだよね。そんな軽いもんじゃないっていうか…だから愛してる」

「う、そ」

「本当だよ。まあ、それは高校三年間でイヤってほどわからせるから安心してよ。…だから」


 言葉を閉ざすとちゅ、と触れるだけのキスを頬に落とした。


「ハルも早く気付いてね」

「は…?」

「俺は中学三年間でようやく自覚した。今度はハルの番」


 南の言葉に心臓がドクドクと波打つ。体が耐えきれないほど熱く、今にも沸騰しそうだ。


「高校三年間かけて俺の愛を存分に伝えて気付かせてやるから。覚悟しとけよ」


 自信満々にそう告げると、南は誰もが見惚れるような美しい笑顔を浮かべた。

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