【完結】魔王軍幹部の俺がクーデターで追放された結果、成り行きで勇者になった件

@gi-ru777

【完結】魔王軍幹部の俺がクーデターで追放された結果、成り行きで勇者になった件

 突然、後ろから貫通魔法が飛び、何かが肩を横切って吹き飛ばされた。それが魔王様だと気付いたのは、床に転がった遺体を見た瞬間だった。貫通魔法で空いた穴が頭にぽっかりと残り、動く気配はない。

「魔王様じゃないのか……!?」

 誰かの部下が呟くのを代わりに、先ほどまで魔王様が座っていた玉座の方へ振り向く。

「死骸を片付けろ!」

 魔王様の弟、マケドネスが玉座から立ち上がり命じる。しかし誰も動かない。その理由は、彼が何をしたのか全員が理解したからだ。

 俺は口を開けたが、言葉が出なかった。なぜ今、魔王を討つ? この行動がどれだけ愚かなことか、マケドネスは本当に理解しているのか?

 いや、わかっている。こいつは最初からこの時を狙っていたのだ。この行動がどれだけ愚かなことか、マケドネスには本当に分かっているのか?いや、わかっていてやっている。それが許せない……!

「報告です!マケドネス様が派遣したドラゴン軍団のご活躍で勇者四名のうち二名討ち取りました。しかし、それでも進軍は止まらず、東側の防衛網が突破され⋯⋯え?!」

 先ほどまで勇者と戦っていた魔王様直属の部下が戻って報告しにやってきた。しかし、魔王様が倒れている様子をみて周りと同じ様に唖然としていた。

「この戦争を招いた和平交渉の失態は許されない」

 マケドネスの声が静寂を切り裂く。しかし、その正当性を疑問視する者もいた。俺もその一人だった。和平交渉の失態が許されないのは当然だ。

「兄上の無能が、この窮地を招いたのだ!」

 マケドネスの声が怒りで震えているのを感じた。いや、怒りだけじゃない。嫉妬、苛立ち、そして憧れすらも。彼が長年、魔王の影に縛られてきたのは明らかだった。

「異議があるなら、戦後に裁判で申し立てるがいい!」

 マケドネスの声は低く、玉座の間全体に響き渡った。その目は冷たい大蛇のようだ。俺たちの視線をひとつひとつ舐めるように見回し、薄く笑った。

「それができぬなら、黙って従うことだな……腰抜けども」

 突然、魔王城の外側から勇者側のドラゴンの攻撃らしき光線が直撃し、壁に穴が空いた。

 次第に、俺たち魔王軍幹部に目線が集中する。もう、考えている時間はない。俺は奴のやり方に納得がいかない。

「魔王様は勇者に討ち取られた!」

「東側の防衛網突破したとはどういうことか!」

「マケドネスを一旦取り押さえろ!裁判云々は勇者を撃退してからだ!」

 魔王軍幹部のひとりの嘘を皮切りに次々とマケドネス側につくが、俺だけ反対の支持を出した。

「ほう、カリゴだけか。異議があるものは」

 俺は周囲を見渡したが、視線を合わせる者は誰もいなかった。彼らの目に宿る冷たい光が、俺と部下を完全に孤立させていた。

「お前達は和平派で兄上に拾われた多種族の代表だからな。反対するのは当然か」

 マケドネスは鼻で笑う。

「カリゴ。みんな同じ気持ちだが、今は勇者連合の撃退は先だ。ここは押さえておけ」

 隣にいる魔王軍幹部が俺以外に聞こえない様になだめるが、俺たちの立場では出来ない。

「俺たちは、魔王様に命を救われた身だ。魔王様を失った今魔王城を守る意義がない」

 俺は恐怖と怒りで震える手を抑えながら訴える。俺はもう一度周囲を見渡すが、マケドネス以外全員目を逸らす。そんな彼らの様子をみて肩にじっとりと汗が滲む。

 そうか、俺は一人だ。たった一人で、あの化け物に立ち向かわなければならないのか。足が震える。だが……部下を守る為にここで戦うわけにはいかない。

「カリゴよ。その忠誠心と度胸は立派だ。流石は兄上が見込んだ幹部だ。⋯⋯だが、戦局が致命的に読めない部下は必要ない。たった今ここで貴様を追放する」

 マケドネスが命令すると、魔王軍のほとんどが俺に武器を向ける。しかしよく見ると、あまり戦いたくない表情をしている。

「カリゴ様、演技お願いしますね」

 突然、俺の耳にしか聞こえないほどの小さな声が聞こえたかと思ったら、うしろから剣で刺され胸元から血が噴き出した。

 唐突な出来事と身体の違和感に目と口をあんぐりと開けて震えた。剣で刺されたのに、不思議と痛みを感じない?

 うしろを振り向くと、俺の相棒でダークエルフのヴェラトリスがそこにいた。彼女の黒いローブにガーゴイルの紋章のついた軽量の鎧を身につけている。頭の中で状況を整理する。 ヴェラトリスの剣は、致命傷のはずの痛みを伴わない。そうか、これは魔法か。奴にとって俺が死んだと見せかける策。冷や汗が額を伝う。彼女の意図は読めたが、これが成功する保証はどこにもない……。

「マケドネス様、貴方様の障害を排除しました。後はこちらで死骸の処理等はお任せ下さい」

 俺はここでやっとヴェラトリスの意図が分かり、目を瞑ってぐったりと死んだふりをした。彼女の声には焦りの色があったが、その瞳には決意が宿っている。ヴェラトリスが俺を救うために全てを賭けているのが分かる。

「ヴェラトリスか……。やはり貴方は美しいだけでなく、賢明だな」

マケドネスの声が、冷たさから一転、妙に甘くなる。俺はその変化に一瞬目を見張った。

「兄上が気に入るのも無理はない。だが、彼の死後、貴方が仕えるべき相手は私だろう?」

 玉座から降りる音がする。奴が近づいてくるのが分かったが、妙な興奮が込められた声が続く。

「貴方がその忠誠を示してくれたことを誇りに思う。どうか、その美しい手で、残りの処理を頼むよ」

 マケドネスが近づいてくる足音が止まり、吐息が首筋に触れるほどの距離にまで迫る。彼女に対する気持ち悪さに震えそうになるが、俺は必死に死んだふりを続けた。 

 

 俺はしばらく目を瞑って死んだふりを続けたが、俺を魔法で運んでいたヴェラトリスが立ち止まって嘔吐した。嘔吐の様子があまりにも酷く、輸送魔法が不安定になった。ついに輸送魔法が解かれたと同時に、地面に叩きつけられた。その拍子に、俺の顔に妙に暖かい吐しゃ物がかかってしまってこっちまで吐きそうになった。

「うぷ……カリゴ様、申し訳ございません。もう……マケドネスから逃れましたが……。気分がすぐれません」

 目を開けると、彼女はしゃがみ込んで気持ち悪そうな表情で謝罪する。

「ありがとう、ヴェラ……でも、マケドネスのあの顔は忘れられないな」

「思い出させないでください。吐きそうです」

「本当に申し訳なかった」

 俺は謝りつつ、顔についた吐瀉物を拭い、彼女の背中を軽く叩いた。

「ありがとうございます。その前に、早くここから離れて形勢を立て直す必要があります」

「そうだな。こちらも申し訳ない。君も部下も巻き込んでしまった」

「いえ、むしろありがたいです。あのままいたら和平派の私たちもどさくさに紛れて粛清されかねない。……マケドネスが魔王だなんて死んでも嫌です」

 彼女は泣きそうな顔で笑った。

「カリゴ様! こんなところへいましたか。魔王城で何があったのですか!」

 突然、マケドネスや他の部下が俺たちに声をかけた。どうやら、マケドネスのクーデターについて知らないみたいだ。

「魔王様が、マケドネスに討たれました!……この勇者連合軍との戦争も、私たち魔王派を失脚させる為に仕組まれたものです」

 ヴェラトリスが涙声に訴えると周りの兵士達が動揺し始める。俺は、彼女の機転を利かせた嘘に心から感謝しつつ演技に徹した。奴は魔王様を討ち取ったが、勇者連合との繋がりは分からない。

「マ、マケドネス様が……。そんな」

 マケドネスの部下が呆然として、他の部下が怪訝な顔になる。

「魔王様は、私たちを逃がす為に……。嘘だというなら、謁見室へ行ってください!今頃魔王様のご遺体が」

ヴェラトリスは泣きながら謁見室へ指をさす。

 部下たちはヴェラトリスの涙や周りにある吐瀉物をみて、信用しはじめている。

「ま、まさかそのご遺体は魔王様か!」

 ちょうどそのタイミングで部下のひとりが、別のマケドネスの部下が魔王様らしき遺体を運んでいるのを見つけて駆け寄る。

「嘘だ……マケドネス様が」

 マケドネスの腹心と思われる兵士が小声で呟く。だが、その声には迷いが混じっていた。

「ヴェラトリス様の言うことを信じるのか?」

「だがあの遺体は魔王様だぞ」

 彼らの間でも亀裂が広がり始めていた。

 その声に、周囲の兵士たちもざわめき始める。彼らの目には動揺と怒り、そしてわずかな恐れが見えた。

「こんなこと……許されるのか?」

 一人が震える声で呟くと、別の者が低い声で答えた。「俺たち、これからどうするんだ……?」

「ヴェラトリス、ナイスだ」

 俺は周りに聞こえない小さな声でヴェラトリスに話しかける。

 魔王様が殺された事はかなりショックだが、このタイミングで魔王様の遺体を運んでくれたのはありがたい。

「見ての通り、ヴェラトリスの言うことは正しい!」

 俺は一歩前に出て、兵士たちの目をしっかりと見つめた。

「俺たちは、魔王様に命を救われ、共に戦ってきた仲間だ。だが、今の指揮官に従えば、 我々が守るべきものはすべて失われる!俺たち自身の未来のために、今立ち上がれ!」

 その声に、一部の兵士が拳を握りしめる。彼らの目に宿る光は、戦士としての誇りを取り戻し始めていた。

 魔王様の遺体を運んだマケドネスの部下の証言と証拠で信用してくれたのか、兵士達が俺たちの味方となった。

 魔王城全体に、魔王様の死が少しずつ広がっていった。前線は混乱状態になり、勇者連合軍と急遽魔王になったマケドネスの魔王軍、そして他の幹部の部下を引き抜いた俺の勢力の三つ巴の乱戦となった。俺たちが率いる新生勢力は兵士たちの士気を保ちつつ、勇者連合軍とマケドネス軍の間で必死に立ち回った。しかし、数では圧倒的に劣っており、時間を稼ぐ以外に術がないのは明らかだった。

「勇者連合は東側から進軍してきているが、被害を最小限に抑えている。奴の軍は、それを阻止するために南側から集中しているが……。もし俺たちが北から動けば、奴らの注意を引きつけられるかもしれない」

 俺はヴェラトリスに提案するも、彼女は首を縦に振らなかった。

「マケドネスの軍勢は、まだ体制を整えています。こちらの戦力は二百名程度と少ないです。今のうちに再編成を図らなければ、次の戦いで全滅します!」

 ヴェラトリスが戦況をみて俺に忠告する。

「く……。俺たちは勇者討伐どころか魔王様の仇すら討てないのか」

 元々の俺の部下や急遽こちらに寝返ったマケドネスたちの部下達も疲弊しており、防戦一方になっているのに気づいた。

 部下の多くは、悔しさを滲みながらも彼女の提案に賛成していた。

 俺は悔しさのあまり、マケドネス軍から奪還した食糧庫の壁を叩いた。

 マケドネスの魔王軍と勇者連合の勢いが留まることなく、一度撤退して形勢を立て直す事にした。


 彼女の助言により、自分達の管理する領地へと逃げ、魔王様のご遺体と食糧の半数近くを持ち帰る事が出来た。幸い冬で雪の積もる季節であった為か、ご遺体はほぼ腐敗する事も損傷する事なく暗殺された時の状態を保っていた。

「本当に、魔王様が……こんな姿に」

 未だに信じていなかった部下も、魔王様の変わり果てた姿を見て打ちひしがれている。

「魔王様が帰ってきたの?! 勇者を討ち取ったらボクたちと雪遊びするって約束したの守ってくれたんだ!」

 なにも知らない幼い子供がぞろぞろと集まってきた。部下達は「今魔王様はお疲れだからしばらく休ませてくれないか?」などと様々な種族の子供たちに優しい嘘をつく。

「守らなきゃいけないんだ……この領土を」

 俺は決意を固めた。この領土と人々を守るため、最後まで戦うと。

 子供たちの世話から魔王様の埋葬まで一仕事した俺は、偵察部隊の報告を受ける。

「マケドネス軍も勇者連合も疲弊し、停戦状態です。双方の戦力は半減しているとのことです」

「これは一時的な停戦だな。勇者連合もマケドネス軍も、どちらも再編を始めているだろう」

「カリゴ様、この停戦はただの小休止に過ぎません。どちらも再び牙我々に牙を剥くのは時間の問題です」

 俺は地図を見つめ、拳を握りしめた。

「あまり時間がないからやれることは限られるな」

「我々の戦力は少ないので、どちらかが攻めてきたら簡単にやられるでしょう。勇者連合は西側の山脈で防衛線を構築しているようです。一方、マケドネス軍は南東の補給線が寸断され、一部の兵士が餓死寸前だとか」

「ならなおさら奴の軍が食糧庫確保の為にここを攻める可能性が高いな」

「それに特にマケドネスは私に執着してますし……」

「なんか、苦虫を噛み潰したような顔だな」

「当たり前です!自分がイケメンだと自覚してるから女にチヤホヤされますが、ある程度親しくなると執着が気持ち悪くて……」

 彼女の目が遠くを見つめる。

 あの執着と女に対するだらし無さが無かったらただのイケメンで素直に魔王の座が貰えただろうに。

「とにかく、最初にこちらを攻撃してくるのはマケドネス軍だと予想されますが……」

「あ!! いや、これだと負担が……」

「カリゴ様? 何か思いついたのですか?」

 ヴェラトリスは目を輝かせて俺の方へ見る。

「いや、かなりのリスクはあるし」

「この際、リスクがあっても打開するしかないです!何なりと言ってください」


 雪崩を利用して敵を罠に誘い込む計画は、予想通り成功した。だが、それはマケドネス軍と勇者連合の策略の一部に過ぎなかった。

 部下達にそれぞれ役割を与えて実行した。三日後、予想通りマケドネス軍が魔王城直結の通路と東側からレッドドラゴンを引き連れて侵入してきた。

 レッドドラゴンのファイアブレスで一気に雪が溶けて水になり、大きな水溜りが出来る。

「おい、こんなチープなトラップ仕掛けてやがる」

「雪の中に仕掛けたら分かりっこないが、ドラゴン連れてきたかいがあったぜ」

 囮用の虎挟みや落とし穴を見つけたマケドネス軍は、油断してトラップを解除しながら水溜りを踏みつけながら進撃する。

 奴らが水溜りの上を歩いているのを確認した部下達は基礎電気魔法をかける。電流が走ると、マケドネス軍は次々と倒れ、レッドドラゴンも地面に崩れ落ちた。慌てて逃げる兵士も、俺の魔法で偽装したブービートラップに引っかかる。その光景を目の当たりにした兵士たちは、歓声を上げながら拳を突き上げた。『やったぞ!』という声が雪原に響き渡る。

 俺の部下たちは士気が高揚し、他の電撃作戦も成功する。だが、妙に感じる。うまくいきすぎている。俺とヴェラトリスは望遠魔法で怪訝な表情で戦況を見る。

「ヴェラトリス。最初の部隊は俺たちの戦力と戦法を確認するための囮だと思うが……」

「カリゴ様、おっしゃる通りです。戦力の大半は他の魔王軍幹部の部下だと思われます」

「どおりで指揮がお粗末な訳だ。本隊のマケドネス軍は何処に?勇者連合も動きが無いのもおかしい」

 俺とヴェラトリスは、自分達の作戦に落ち度が無いか考える。他の魔王軍所属にしては、練度も作戦もめちゃくちゃだ。

「……最悪のケースは、勇者連合と手を組んで我々の出方を見ている……ですかね」

 ヴェラトリスは目を逸らして話す。

 ここまで来るとその可能性もありそうだが、理由が思いつかない。俺は彼女の推察に頷きながらも釈然としなかった。

「緊急事態です!先程、投降したマケドネス軍の情報によれば、勇者連合とマケドネス軍が手を組んで挟み撃ちで攻め込んでます!」

「本当なのか?!」

 それぞれの作戦に従事した部下達からの報告で俺たちは自分の耳を疑って聞き返す。妙な胸騒ぎした俺が雪崩部隊の方へ望遠魔法を向ける。

「撤退だ!撤退しろ!」

 雪崩の準備をしていた兵士たちが、矢の雨の中で声を張り上げる。その背後には、勇者連合の旗が風になびき、マケドネス軍の部隊が次々と押し寄せていた。

 何故、魔王討伐を目的とした勇者連合が魔王と手を組んで俺たちを討伐しに来たのか?

「理由は分かりませんが、考えている時間はありません。残念ながら、雪崩の作戦が使えないならここを放棄して撤退を……」

 ヴェラトリスの発言を遮るかのように、遠くから爆破音が聞こえて雪崩が発生した。

「まさか、奴らも雪崩を使って同じ事を考えていたのか!」

 俺はヴェラトリスに次の作戦の準備を任せ、作戦本部に残っている部隊を率いて雪崩のあった所へ急いで向かう。雪崩を利用して侵略するつもりだ!

 しかし覚悟を決めて現場へ行ってみるが、意外な光景が広がって唖然としていた。

 なんと、マケドネス軍と勇者連合軍双方が雪崩に巻き込まれてほぼ全滅していたのだ。幸い、味方は撤退して戻ってきたので数は雪崩に巻き込まれた数少なかった。

 生き残った部下の話によれば、奴らも同じ雪崩作戦を実行しようとしてこの谷に登って爆弾を設置していた。しかし、俺たちが仕掛けた爆弾に引っかかって誘爆して巻き添えになったらしい。

「クソ……アレだけ威勢の良かった勇者軍もこうも役に立たんとは!」

 東側から聞き覚えのある声が聞こえたので振り返ると、マケドネスが部下達を引き連れてやってきた。その表情は焦燥感で目の焦点が合っていなくて、腹いせに勇者軍の兵士の死体を蹴った。

「まぁいい。奴らに食料を渡す約束も密約も有耶無耶に出来るし、カリゴの部隊の戦力は残りわずかだ」

 俺の存在に気付いたのか、マケドネスは俺の方へ向いて剣を構える。

「逃げられると思うな!」

マケドネスの剣をかわしながら、俺は罠の位置へ誘導する。だが、形勢は不利だった。

 元々俺は後方攪乱と偽装工作が得意だが、正面からの戦闘が苦手だ。流石は魔王の次に強い魔族……手ごわい。

「フハハハハハ! どうだ、手も出まい。さっさと、彼女を解放したらどうだ!」

「魔王様! そいつは偽物です! 緊急事態です!」 

 突如、マケドネスの部下と思われる魔族が必死に叫び、マケドネスを止めに入る。

「本物のカリゴが西の勇者と手を組んで魔王城を攻め込んでいます。奴は西の勇者にヴェラトリスを渡す代わりにマケドネス様を討ち取る算段で、最初からグルです! 我々も騙されたのです」

 マケドネスの部下の言葉に、マケドネスは立ち止まった。

「なんだと! あの勇者め、我々を出し抜いて彼女を娶って我を討ち取る気か!」

 奴は激高して波動で俺を吹き飛ばした。幸い、降り積もったばかりの雪がクッションになって大したダメージは受けなかった。俺は咄嗟に隣の死体に俺に似せた擬態魔法をかけて、自分も透明魔法で自分を隠す。

 今のマケドネスの部下は、間違いなくヴェラトリスの変装だ。

「あの野郎……。結局、魔王討伐よりも女が目的か」

 雪崩で生き残った勇者連合の生き残りの兵士の何人かが立ち上がるが、全員静かに怒りで震えていた。

「マケドネス様、見事に出し抜かれましたな。魔王様がいればこんなことにはならないのでは?」

 マケドネスの幹部も兵士も奴に対して疑念と不満を持ち始める。

「黙れ! 元は兄上の和平交渉が根本の原因ではないか! 愚かな我が兄上を討ち取ったからこそ被害を最小限までとどめたのだ」

 部下たちは混乱し、互いに不信感を募らせていた。次第に同盟関係が崩れて争いが起きた。

 この混乱で奴の首を討ち取れるかもしれない。俺は思いついた作戦を取るために透明魔法を使って木の隅に隠れる。

「待て! そのマケドネスの部下の情報は本物なのか?」

 ひとりの勇者側の隊長が叫ぶと争いが止まり、マケドネスの部下に成りすましたヴェラトリスが疑われる。まずい!

「カリゴは偽装工作と擬態能力が得意な大魔族。ならば我々とマケドネス軍の同盟双方に偽の情報を流して同士討ちを狙ってるのでは?」

「確かに、戦力の少ないカリゴならやりかねんが、それ以上にマケドネスと手を組むのはもうゴメンだ!」

 勇者連合内でも言い争いになる。

 ヴェラトリスは偽装したまま勇者連合と戦闘しつつ、奴の首に狙いを定める。

 これ以上はヴェラトリスの負担も大きいし、ある程度混乱してきただろう。

「マケドネス様! ヴェラトリス様が西の勇者から逃げてお戻りになりました! すぐに手当てを!」

 俺が鼻をつまんで叫ぶと、マケドネスが波動で周囲の敵味方関係なく吹き飛ばして俺の方へ走って向かう。

「おぉ、愛おしいヴェラトリスよ。なんて酷い仕打ちを」

 ヴェラトリスに変装した俺の姿を見て、絶句して駆け寄る。薄着の囚人服で如何にも命からがらに逃げ延びたような見た目ですっかり騙されたマケドネスは俺を抱きかかえて、鼻の下を伸ばす。まずい! このままだと気持ち悪くて吐きそうになった。

「おぉ、ヴェラトリスよ。我がすぐに西の勇者を打ち倒し、すぐに娶ろう」

「その必要はない」

 突如、奴の側近の男がマケドネスの心臓に剣を刺した。

「な、貴様……。何を。まさか、カリゴか」

 側近の男は擬態魔法を解除して俺の姿を表す。俺は瞬時にヴェラトリスだと気付いた。俺の変装を見た彼女の目は溝の様に濁っていた。

「騙されやすいマヌケな魔王め。ここにいる全ての部下は俺の部下だ」

 俺の姿に変装したヴェラトリスは死にゆくマケドネスを嘲笑い、奴の顔は震えていた。俺、こんな悪そうな顔してたか?

「まさか、あの勇者が部下を見捨てて食料を奪って逃げるとは思わなかったが……。せいぜいあの世で魔王様の許しを請うがいい」

 奴は恐怖に満ちた顔のまま絶命した。

「カリゴ……いえ、ヴェラトリス。大丈夫か?」

 俺に変装したヴェラトリスが、苦笑しながら俺に尋ねる。

「えぇ、えぇ。……あ、無事だよ」

 両勢力が見守る中、俺たち二人はお互いに気不味そうな笑みを浮かべていた。


 その後、俺たちはこの領土の復旧作業に従事した。生き残った残ったマケドネス軍や勇者連合軍は降伏し、一部は復旧作業に手伝ったおかげで予定より早く終わった。しかし、今回の戦闘では両軍は想像以上に戦力が削がれていた。

 疑問に思っていた俺は、両勢力からそれぞれの証言とヴェラトリスから得た情報をまとめていた。

 なんと俺たちが撤退している間に両勢力とも内乱が起きたらしい。双方とも食糧難と責任の押し付け合いでによるもので、すぐに決着はついたが戦力は半分以下と深刻だった。

 そこで、互いに失った戦力を埋める為に同盟を結んで何とか俺たちの派閥と同等まで戦力を確保した。

 だが、即席で作った戦力である為、今回みたいな後方撹乱工作が十分に効いたのだ。

「他の勇者を暗殺して勇者の地位を維持してた西の勇者は結局、私が流した偽情報ですぐに失脚して偽の物資を抱えて逃げました。だから、カリゴ様の所へ向かったらあの雪崩の現場に遭遇しました」

 俺は、マケドネスから奪還した元魔王城の謁見室でヴェラの報告を聞いていた。

「貴方が私に成りすましてまで、あそこまで命を懸けるとは……正直、驚きました」

「俺だって、必死だったからな」

 彼女の視線が少し鋭くなる。

「ですが、命がけの戦いにしては準備が雑ではありませんでしたか? あの薄着の囚人服……カリゴ様の趣味ですか?」

「なっ、それは……いや、奴を油断させるためにだな……」

 しどろもどろになる俺を見て、彼女が笑う。その笑顔には、どこか優しさと感謝が含まれていた。

「命を懸けてくれたこと、感謝します。でも……もう少し、私を頼ってくださいね。勇者カリゴ様」

 俺はその言葉に、一瞬言葉を失う。自分がいかに彼女に頼られていたのか、初めて気づいた気がした。俺はこっ恥ずかしい気持ちになった。

「辞めろ! 勇者なんて柄じゃねぇ」

 マケドネス討伐後、俺はいつの間にか「魔王マケドネスを討伐した勇者」として全 世界へ広がったらしい。どうやら、勇者を失った元勇者連合の生き残りが広めたようだ。

「いやぁ、ほとんどの勇者全滅したし、魔王滅んだし、実質カリゴ様が勇者としてこの国を統治したほうがいいな」

「だな、少なくとも西の勇者よりは数倍マシだ」

 謁見室の近くで話し声が聞こえる。どんだけ西の勇者クズなんだよ……。

「まぁ、成り行きだが統治するしかないか。ついてくるか、ヴェラトリス」

「はい、勇者様」

 彼女の微笑みを見て、俺は小さく息をついた。魔王でも、勇者でもない。ただ、人と魔族の混血でこの国を支えることが、俺にできる最善のことなのだ。









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