最終話 新しく始まる日

 主のいなくなった部屋は、あの重苦しい圧が消えて何だか空っぽな感じだ。その部屋にいるせいか、私もどこか空っぽだ。

 七年間、この時のために走り続けた。でも、何だろう? 終わってみれば、あっけない結末だ。

 怖くて怖くて恐怖の対象だった、化け物とさえ思った男は、自分より優秀な弟に怯えるただの人だった。


「……終わったんですか?」

「終わった」

 国王が出て行った扉を見たままレイモンド様は呟いた。かと思えば、今にも泣きだしそうな顔を私に向けてきた……。


「俺の復讐に、無理やり付き合わせて申し訳なかった。ミレットがいなければ、あいつを玉座から引きずりおろすことなんてできなかった。ありがとう」

「やめてくださいよ、レイモンド様らしくない。私はお姉様の復讐ができたし、カイル様は自由になれた。無理やり付き合ってなんかいません。利害の一致です」

「そうだな……。ミレットはずっとそう言ってくれているな」

 私の肩に伸びてきた手を、カイル様がはたき落とした。

「えっ?」

「『えっ?』じゃないよ、ミレット。そんな簡単に私以外の男に触れさせたらいけない」

「えっ!」

 新たに驚いている暇もなく、大きくて重い扉が勢いよく開いた。


「ミレット! よかったぁ。いくら言っても誰も中に入れてくれないから、また心配したのよ!」

 半泣きで私に飛びついてきたエルベラさんは、ライリーを見つけると表情を一転させた。


「ちょっと! ライリー! 今ここにいるってことは、あんた、やっぱりダブルスパイだったのね!」

「……あぁ、まぁ、そういうこと――」

「そういうことじゃないのよ! 何年一緒に仕事していると思っているのよ! それでも私を信じられなかったってことよね! 腹立つわ!」

「まぁ、待て。ライリーも俺も、エルベラのことは信頼している。ただ巻き込みたくなかっただけだ」

「はぁっ? 室長も何を言っているのかなぁ?」

 エルベラさんの笑顔が不穏だ……。

「巻き込みたくない? 同じチームで仕事をして、それは無理な話だと分からないの? 実際がっつり巻き込まれているじゃないですか! それなのに、何? この中途半端さ。このもどかしさが皆さんに分かります?」

「俺には少し分かるぞ」

「ルクエルさんは、この部屋で一部始終見ていたじゃない! 何が起きているの? みんな無事なの? と、はらはらしながら外で待たされていた私とは違います!」

 エルベラさんがそう言うと、ルクエルさんは「まぁ、そうだな……」と引き下がった。


 そんな最強となったエルベラさんを黙らせたのは、意外にも宰相だった。

「立太子の際に、ミレット嬢は私の短剣を食い入るように見ていましたね。あの時に、『あぁ、この子はやっぱり全部見ていたんだな』って思いましたよ」

 何事もなかったようにそう言う宰相を、私は怖いと思った。

 腕を縄で縛られていなければ、至っていつもと変わらない……。


「……あの日、私は温室にいました。でも、姉が殺された後のことは記憶がおぼろげだったんです」

「私の短剣が凶器なことも、後始末をしに温室に行ったことも、はっきりとは記憶になかった?」

「……温室の中に、不自然な緑と青の光が見えたのは覚えていました。剣を見て、同じだと気づいたんです」


 温室にあるはずのない青と緑の光を見た時、私は姉に振り下ろされた剣も見ていた。

 グリップ部分は手で見えないけど、グリップの先にあるポンメルはよく見えた。

剣に対して少し大きめな球体が小粒のエメラルドとサファイアで埋め尽くされていて、その中心には宰相の家であるアルコルト家の家紋が彫られていた。

 私の唯一の自慢は、目がいいことだ。見間違えたりしない。


「えっ? 宰相のスティレットが凶器なの?」

 エルベラさんが驚くのは分かる。成人の証として家族から贈られるスティレットは、一緒に墓に入るほど人生を共にする大切なものだ。それで人を殺すなんて、普通なら考えない。


「姉の時だけではなく、他の方の殺害でも使用しているはずです。遺体を調べた医師に話を聞いていますが、全員が刃のない剣で身体を貫かれています」

 姉の後に殺された人たちについて調べ始めて、全員の凶器がスティレットだと知った時は背筋が凍った。

 しかも姉の事件との類似点は、それだけではなかった。殺害現場は窓が多かったり窓が大きかったりと、どこか温室と似ている点があった。

 姉を殺した状況を繰り返している国王が何を考えているかなんて、私には分かりようがない。全然知りたくもない。ただただ吐き気がするほどの嫌悪と恐怖を感じた。


 私の話を聞いて満足そうにうなずいた宰相は、最後まで騒ぐことなく執務室をあとにした。

 それは、国王とは別の意味で怖かった……。





 国王が失脚して、あっという間に三か月が経った。

 国王は自分が退けはこの国は終わると言っていたけど、案外しぶとくやっている。父は「それも、あいつへの仕返しになる」と言って、ルクエルさんと共にいつになく張り切っている。


 私とカイル様が見渡しているのは、貴族街と平民街の狭間で廃墟と化していた場所だ。

 貴族にとっては、下賤な平民と自分たちを隔てるための壁。この場所を平民に見立てて、自分たちが優位に立っているとほくそ笑む。そんな場所だった。

 平民にとっては、自分たちに綺麗なものは手に入らないと諦める場所。廃墟の奥に見える煌びやかな世界を盗み見てため息をつく。そんな場所だった。


 その場所が今、生まれ変わろうとしている。

 全てが取り壊され、広い公園と学校や病院などの公共施設と駅が作られる予定だ。

そのために多くの人が行き交って働いている。私たちの横で休憩している二人もそうだ。


「そういえば、あの殺人鬼王はどうしてんだ?」

「メイナート国で裁かれてんだろう? あっちの法律は、この国と違って王族にも容赦ねぇらしいぞ? 公開裁判で、さらし者だって話だ」

「エストラルダ国だって、法律は統一されるって話だぞ。法務官が頑張ってるってルクエルさんが言ってたな」

「ルクエルさんとホワクラン様なら、何でもやってくれそうだ。平民街に鉄道が通るんだからな……」

「だな……。醜く荒れ果てていたこの場所がまっさらになっていくのを見れば、本当にそう思うよ」

「貴族は、いなくなるだろうな」

「当たり前だろう。サイルを筆頭に酷い貴族が多すぎた」

「そんな奴らのために働いていたのかと思うとゾッとするよ」

「だな」

「きっと……ここが完成する頃には……」

「だな。きっとこの国は変わっている」

 期待を込めた目で前を見た二人は、仕事に戻っていった。 


「この国にも、ああいう顔をする人が増えてきましたね」

 平民はずっと期待することを諦めて、与えられた生活に満足する振りをしてきた。それが変わっていくのは、本当に嬉しい。私も自然と笑顔になる。


「復讐とか、私を自由にするとか、そんなことはミレットがする必要はない。そう思っていたけど……。こうやって変わっていく国を見ていると、何も言えなくなるね」

「そういうの、もういいです! 思い込みだけで暴走した自覚は、ちゃんとありますから!」

「そうはいかないよ。ミレットが暴走しなければ、こうやって私たちが一緒にいる未来はなかった」

 カイル様はずっと握り続けている私の手に力をこめた。


 十年前だって見たことのない甘い笑顔に参っているのは私だけではない。

 ライリーだって「カイルに笑顔を取り戻したいとは思っていたけど、なんか違う……」と言っていた。

「ライリーのことは思い出さなくていいよ! あーあ、私たちも仕事に戻らないとか」

「あの二人の期待に応えるためにも、頑張らないとですね!」


 立ち上がった私たちの前には、今はまだ廃墟が多く残る荒れ地が広がっている。

「この場所が国の新たな象徴になる頃には、私たちはどうしていますかね?」

「仕事の話なら、法改正を終えて格差のない社会を目指している。プライベートなら、私はずっとミレットを愛し続けているよ」


 お互いに幸せな顔で微笑み合った私たちは、手をつないだままゆっくりと歩き出した。



終わり




□■□■□■□■

読んでいただき、ありがとうございました。

これで終わりです。

三話(36・37・38(最終話))投稿しています。


この作品は、カクヨムコンに参加しています。

応援していただけると、嬉しいです。

よろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】なんの変哲もない毎日を送っていた私が、復讐のためにまさか囮になるとは…… 渡辺 花子 @78chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ