新宿、午前5時

@mtmynnk

2016年1月10日、日の出前

あなたが私の元を離れて、初めての新宿だった。

ライブはとても楽しかったけれど、あなたが居ないと何処か虚しい。

 

気付くとパールのイヤリングを片方落とした後だった。

安物だったが気に入っていた。ライブハウスからの帰り道で落としたのだろうか。手がかじかむ。雪は降るのかな。早く家に帰りたい。


まだ新宿駅のホームは暗い。点検をする運転士。スマホのレンズを向けると怪訝な顔をされる。シャッターは切らない。

新宿から始発に揺られて家に帰る。明け方。空はグラデーション。ライトグレー、ペールピンク、ライトパープル、そしてオレンジ。私以外誰も乗らない車両。特等席。総武線のドアが開き、磯の匂いがすれば市川を越えている。


最寄駅に着くとバスが動いていなかった。

この駅前は日陰が多い。寒い中、手を震わせてバスを待つ。凍てつくような風が吹く。冬が私を虐める。どこまでも。私はあなたの事を考えている。

朝日に向かって祈る。ごはんを食べていますか。よく眠れていますか。食べてるだろうな。霧に包まれたこの小さな町で私はあなたを想っている。


太陽がコンクリートを温め始めた。眠そうな運転士のアナウンス。気の抜けたソーダ缶のような発車音。バスが動き出す。

冬の貯水池は今日も美しい霧をこの町に作り出している。霧の中に一筋の刺すような朝日。

見惚れている間に次の景色。あっという間の出来事。写真が趣味なのにいつもこの風景は撮れない。


あなたはこの町の美しさを知らない。あなたはこの町の夜しか知らない。

私はこの町が大好き。見せたかった。私の好きな景色をすべて。この町の朝をすべて。

何も無いこの町はとても美しい。

美しい景色を私はあなたと共有したかった。


優しい誰かが「普通の男の子と普通の女の子が普通の恋愛をしただけだよ」と励ましてくれた。

私達が普通じゃない家で育ったのを知って、それでもそう言ってくれた。

あなたは普通の男の子で、私は普通の女の子なんだって。

私達は普通の恋愛をして、普通に離れただけだって。

「そしてまた別の恋に落ちるよ」

優しい誰かが笑いながら励ましてくれた。ひでぇ奴。


私はあなたを好きだった。

大好きだった。

それだけだった。

あなたの居た頃は北風の入るライブハウスでも笑い続けていたのに。

本当に楽しくて、笑い続けていたのに。

あのライブハウスはもう無い。

新宿にはあなたとの思い出がそこかしこにある。

パールのイヤリングは今も見つからない。

もう新宿には行かないと思う。


あなたにももう会えないと思う。

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