【一話完結】刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その三

久坂裕介

第一話

 少し暑ささえ感じる、四月下旬の午前十一時。私、羽田はねだ倫子りんこは刑事総務課の仕事に集中していた。私は最近になって、ようやく気づいた。労働のあとの、ご飯は美味おいしいと! そして警視庁内の食堂のオバちゃんにも、今日のランチのメニューは聞いていない。聞いたら楽しみが、半減はんげんするからだ。でも、聞く必要は無い。ランチは絶対に、美味しいからだ!


 するとそんな私の邪魔じゃまをするように、スマホが鳴った。ま、まさか……。スマホのメッセージを確認すると、やはり予想通りだった。『新藤しんどうだ 今すぐに、いつものところにきてくれ』。


 私は思わず、ため息ついた。あのヤローは、私の仕事を邪魔する気か?! だが私は仕事を中断して、行くしかなかった。なぜなら新藤刑事は、私の秘密を知っているからだ。私が『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで、推理小説を書いていること。


 私は警視庁の職員なので、地方公務員だ。公務員の副業ふくぎょうは、微妙びみょうだ。だから口が軽い新藤刑事が、私の秘密をバラされると非常にこまる。私は警視庁の刑事を主人公とした推理小説を書いているが、それにはリアルさが必要だ。私はリアルな警視庁を知るために、警視庁の職員になった。


 だからもし秘密がバレて、警視庁にいられなくなったら非常に困る! だが今のところ、その秘密はバレていない。私は、推理小説を書いている。つまりそれだけ、事件にくわしい。だから今まで警察が解決できない事件でも、私がアドバイスをして解決してきた。だから今のところ、私の秘密は守られているのだろう。


 そして私は隣の職員に、「ちょっと鑑識課かんしきかに行ってきます」と告げていつものところに向かった。


 そこは、鑑識課の一室いっしつだ。中に入るとやはり、鑑識課の徳永とくなが由真ゆまさんと新藤刑事がいた。この部屋は私たち三人が入るだけで、ちょっとせまさを感じる。


 由真さんはいつも通りショートカットの髪が似合にあっていて、ニコニコしていた。新藤刑事もまた、いつも通りムダにイケメンだった。軽くパーマがかかっている髪と、すず目元めもと。背も高いし、スタイルも良い。だから刑事総務課には、彼のファンクラブがあるほどだ。ちなみにどれだけ背が高いかと言うと、私が『つま先立さきだち』しても彼の顔までとどかない。


 でも私は彼を、信用していない。口が軽くて、いつも根も葉もないウワサ話をしているからだ。だから私は彼のことを、ムダなイケメンだと思っている。


 それに、私だって可愛かわいいはずだ。髪型はセミロングで目はパッチリしてて、声だって可愛い。だから刑事たちによく、『可愛いね』と言われるからだ。


 そしてこの一室には、グレーの机とイスがある。私はイスにすわってふんぞり返ると、右手の人差し指で机をたたいた。コンコンコンコンコンコンコンコン。それから私は、聞いてみた。

「で、今回は、どんな事件が解決できないんですか?」


 すると新藤刑事は、低くよく通る声で答えた。

「今回は、スリだ。実は今、任意にんい調しらべを取調室でしている。だが逮捕たいほできるだけの、証拠しょうこがない」

「なるほど、スリですか」


 それから私は、聞いてみた。

「もしそのスリを逮捕できたら、報酬ほうしゅうは何ですか?」


 すると新藤刑事は、即答そくとうした。

「今回の報酬は、捜査第一課長の月給げっきゅうだ。知りたくないか?」


 私はそれに、飛びついた。

「知りたいです! それを知れば、よりリアルな推理小説が書けます!」


 私がやる気になったので、由真さんも応援してくれた。

「今回もがんばってね~、倫子ちゃん!」


 私がうなづくと、新藤刑事は詳しい話を始めた。


   ●


 浅輪あさわ健生けんせいは今、任意の事情聴取を受けている。健生は今年、五十歳になる男だ。そして警察と健生の関係は、十年前から始まった。実は警察は十年前、一度、健生を逮捕している。窃盗罪せっとうざい、つまりスリの容疑ようぎで。


 十年前、港区みなとくで異常事態が起こった。気が付いたらサイフから現金が無くなっているという多くの相談が、警察署や交番にせられた。警察は、考えた。おそらくそれは一度サイフをスッて現金をき取り、また元にもどしているのだろうと。


 とにかく被害者が多いため、警察は全力をくした。どうやらスリは港区で、スリをしているようだ。そのため多くの刑事が、港区で捜査そうさを始めた。


 すると一人の刑事が、おしりに違和感を感じた。後から話を聞くとその刑事は、説明した。一瞬いっしゅん、お尻に何かさわったような気がしたと。でもそこは人混ひとごみだったので、だれかの手が触れたのだろうと考えた。そしてそのまま捜査をしていると、再びお尻に何か触ったような気がした。


 直感ちょっかんが働いた刑事は、すぐに後ろを振り返った。すると背中を見せて刑事から遠ざかる、スーツを着た男がいた。刑事はすぐに、その男を捕まえた。するとその男は、イラついた。

「何すんだい、アンタ?」


 刑事は再び、直感が働いた。この男が、スリではないかと。だから刑事は、自分のサイフをお尻のポケットから取り出して現金を確認した。するとおさつが、無かった。その刑事はいつもサイフに三万円ほど入れておくのだが、それが無くなっていた。


 刑事はすぐに、男に職務質問しょくむしつもんした。すると男は刑事を突き飛ばして走って逃げだしたので、捕まえて公務執行妨害こうむしっこうぼうがいで逮捕した。警察が調べると男は、数万円のお札を持っていた。それには刑事の指紋しもんと、その男の指紋がついていた。それが男が刑事から金をスッた、動かぬ証拠になった。


 動かぬ証拠が出たので、健生は取り調べで全てを語った。確かに自分はスリだが、いつもスーツを着ていた。スーツを着ている男がスリをしようとは、考えずらいからだと語った。


 またスリをする相手は、スーツを着て後ろのズボンのポケットにサイフを入れている男をねらった。スーツの後ろのポケットにサイフを入れると、ふくらんですぐに分かる。また後ろからサイフをスッてお札を抜き取り、またポケットに戻す作業がしやすい。更にサイフは戻すから、スラれたことに気づかれにくいとも語った。


 そして健生は多くの余罪よざいがあったので裁判で、窃盗罪により懲役ちょうえき十年の実刑判決じっけいはんけつが出た。


 それから十年がった今年、再び港区で気が付いたらサイフのお札が無くなるという相談が警察署や交番に寄せられた。警察が調べると健生はすでに、出所しゅっしょしていた。だから警察はこれは、健生の犯行はんこうだと考えた。


 刑事たちは再び、港区で捜査を始めた。すると両手に皮手袋かわてぶくろのようなモノをはいた、健生の姿を発見した。刑事たちはやはり、健生の犯行だと考えた。だが逮捕するには、証拠が必要だ。刑事たちは注意深く、健生を追った。


 すると今日、ついに刑事たちは健生を、任意の事情聴取をすることができた。刑事たちが健生のあとを尾行びこうしていると、健生は目の前のサラリーマン風の男の後ろに立った。そして少しすると健生は、速足はやあしで歩きだした。


 不審ふしんに思った刑事たちは、健生のあとを追った。郵便局をぎたところで刑事たちは健生に、職務質問をした。スリの前科ぜんかがある者が、あやしい行動をしたという理由で。


 すると健生は、任意の事情聴取に応じた。だが持っていたお札は、千円札一枚だけだった。刑事たちは健生の前を歩いていた、サラリーマン風の男からも事情を聞いた。するとサイフから、約五万円が無くなっていた。


 刑事たちは男から金をスッたのは、健生だと確信した。だが、証拠は無かった。健生は皮手袋を両手にはいていたため、被害者のサイフからは健生の指紋は出なかった。だから刑事たちには健生を逮捕するだけの、証拠が無かった。


   ●


 由真さんがれてくれたコーヒーを飲みながら、新藤刑事からの説明を聞いた私はつぶやいた。

「なるほど……」


 すると新藤刑事は、必死の表情で聞いてきた。

「どうだ? 健生を逮捕できるだけの、証拠はありそうか?!」

「まあ、ありますね」

「よし、教えてくれ! 頼む!」


 やれやれ。事件を解決させるとなると、必死ですね。新藤刑事のそこだけは、尊敬そんけいできる。分かりました、その必死さにめんじて教えましょう。


「健生は、郵便局を過ぎたところで捕まったんですよね」

「ああ! そうだ!」

「それじゃあ今すぐ、その郵便局のポストの中を調べてみてください。健生宛けんせいあて封筒ふうとうか何かが、見つかると思うので」


 すると新藤刑事は、疑問の表情になった。

「は? ポストを? それは一体、どういうことだ?」 


 私は新藤刑事を、かした。

「もう、早く調べて下さいよ! じゃないと証拠が、無くなるかもしれませんよ!」


 それを聞いた新藤刑事は、あわててこの部屋を出て行った。

「わ、分かった! お前の言うとおりにする!」と言い残して。


 私は、イラついた。

「だからアンタが私のことを、お前って呼ぶなー!」


 すると由真さんが、聞いてきた。

「私にも分からないわ、倫子ちゃん。一体、どういうこと?」

「ポストに入れられるのは、手紙だけじゃないってことですよ」

 そう言い残して、私もこの部屋を出た。


   ●


 昼休み。ランチを食べた終えた私は、刑事総務課の自分の席でまったりとしていた。今日のマーボー豆腐どうふセットも、美味しかった。豆腐は歯触りが良く食べごたえがあって、そしてあんはクセになるちょっとピリからだった。当然、明日のランチも期待できる。


 そうしてまったりしていると、推理小説のアイディアが浮かんだのでスマホにメモした。


 私は今、推理小説のあらすじを考えている。今回、担当編集者から依頼いらいされたのは何と、異世界を舞台ぶたいにした推理小説である。とんでない依頼だが、私はやる。私は、プロだから。


 それにしても、肝心かんじんのトリックはどうしよう。異世界と言えば、剣と魔法か。でも剣を使ったトリックは、面白おもしろくない。この現代でも、剣はあるから。ということは、魔法を使ったトリックか。うん、いいぞ。異世界らしい。それにしても魔法と言えば炎、氷、雷か。うーん、これらで、どういうトリックを考えるか?……。


 と考えていると、スマホが鳴った。メッセージを確認すると、『新藤だ 報酬が欲しければ、すぐにいつものところにこい』だった。ほ、報酬! 報酬に目がくらんだ私は、すぐに鑑識課の一室に向かった。


 そこにはやはり、由真さんと新藤刑事がいた。そして新藤刑事は早速さっそく、聞いてきた。

「ポストを調べてみると何と、健生宛の封筒が見つかった。中を調べてみると、約五万円のお札が見つかった。それには、サラリーマン風の男の指紋が付いていた。つまり健生はサラリーマン風の男のサイフから紙幣を抜き出して、封筒に入れたことになる。健生の話だと、封筒はスーツの内側のポケットに入れていたそうだ。そしてこれが証拠となって、健生は逮捕された。だが、どうして分かった?」


 仕方しかたが無いので、私は答えた。

「簡単なことですよ。サラリーマン風の男のサイフから、お札が無くなった。そして近くには、スリの常習犯の健生がいた。すると健生がスリをしたと考えるのが、妥当だとうです。でも健生は、お札を持っていなかった。なら逃げる途中で、どこかで手放てばなしたと考えました。それは、どこか。新藤刑事の説明によると健生は、郵便局を通り過ぎた。なら郵便局にあるポストに入れるのが、最も妥当でしょう。もちろん、自分が持っていた自分の住所宛の封筒に入れて」


 すると新藤刑事は、納得したようだ。

「うーむ、なるほど……」


 そして私は、急かした。

「さあ、それじゃあ報酬をくださいよ! 警視庁の捜査第一課長の月給は、いくらなんですか?! それが分かれば警視庁の刑事を主人公にした推理小説が、よりリアルになるので!」


 すると新藤刑事は、あっさりと答えた。

「あー、それか。課長に聞いたんだけど、それは個人情報だって言って教えてくれなかった。てへ」


 それを聞いた私の怒りは、頂点にたっした。

「てへ、じゃないですよ! そもそも、本当に課長に聞いたんですかか?!」


 すると新藤刑事は、この部屋から逃げ出した。

「ま、まあ、そこはいいじゃん。それじゃあ俺は、まだ仕事があるから」と言い残して。


 私は、大きなショックを受けた。ま、まただ。また報酬にられて新藤刑事にだまされて、おどらされた……。すると由真さんが、なぐさめてくれた。

「ま、まあ、今回も事件を解決できて良かったじゃない~。美味しいコーヒーを淹れてあげるから、飲んでよ~」


 私は、ふと思い出した。以前にも、こういうことがあったな。結局、報酬は、由真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーだったことを。そして私は、それでもいいかと思ってしまった。

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