名付けてくれよ、おいらの名前を!

召喚魔法陣しょうかんまほうじん⁉」


 医者であるルートヴィッヒは目を丸くしていた。召喚士しょうかんしは部屋には居ないはずだ。だとすれば、外からか。患者かんじゃである少女をかばうように、ルートヴィッヒは魔法陣の前に立ちふさがった。召喚しょうかんされた聖獣せいじゅうは、まるでドラゴンのような翼が生えているにもかかわらず、鱗ではなくの毛並みをしていた。色はブルーだ。ひとみはまるでルビーのように赤い。


「なんじゃ、おぬしは!」

「おいらの召喚者か?」

「何?」


 ルートヴィッヒはまる眼鏡めがねをかけ直した。「召喚者か」と尋ねたからには、この召喚獣はまだ主人を知らないでいるのだ。


「おあいにく。私はしがない町医者まちいしゃじゃ。おぬし、初召喚か?」

「そうなんだ! なかなか召喚されないから、召喚士のピンチにかけつけてきたんだぜ!」

「なんと。ということは、の……」


 ルートヴィッヒは薬の影響えいきょうでぐっすり眠ったばかりの少女、ステラを見つめた。星の瞬きのような美しい金髪を持つ美少女だ。


「ステラ? この子の名前か?」

「おぬし、紋章はあるか?」

「あるよ! これだ!」


 聖獣は右肩みぎかたの紋章を自慢じまんげに見せて来た。


「ふむ」


 うなったルートヴィッヒはステラの右肩をそっとめくった。そこには同じ紋章が浮き出ている。


「やはり、そうか」

「おお! ステラってやつが、おいらの召喚者か!」

「そのようじゃな」

「なんで、おいらのこと呼んでくれないんだ?」


 聖獣はむくれた顔のまま、ステラの顔を覗き込んだ。やせ細っている少女はあきらかに健康けんこうには見えない。


「もしかして、体が弱いのか?」

「ステラは生まれてから、この部屋から出たことが無いんじゃ。起き上がっても、あまり長く歩けないんじゃよ」

「どこか、悪いのか?」

「エーテルが足りないんじゃ」

「そんなあ!」


 聖獣には聞いたことがあった。たしかエーテル欠乏症けつぼうしょうといって、体のマナが足りない事をさすのだ。マナとはエーテルを指し、自然界しぜんかいには必ずと言っていい程にありふれた力の根源こんげんだ。


「だったら、おいらのマナを分けるよ」

「そんなことが出来るのか?」

「おいら、優秀だからね」


 聖獣が目を閉じると、額から角が生えだした。一角獣のようなその角からは、眩い光が溢れ出した。


「起きて、ステラ! おいらの召喚士!」


「君が必要なんだよ! おいらの召喚士!」


 聖獣の呼びかけに答えるように、ステラの身体が光りだした。マナが供給きょうきゅうされ、エーテルがおぎなわれていく。


「なんてことじゃ。本当にエーテル欠乏症が治っていくようだ」


 ルートヴィッヒはおどろきつつも、その光景こうけいをその目にき付けようと必死ひっしで目をらした。やがて光は収まり、ステラはそのまぶたを揺らした。


「ん…………」

「ステラ、大丈夫か? 気分はどうじゃ……」

「うん。とっても、あたたかいよ」


 ステラの瞳は赤であり、まるでルビーのように燃えていた。


「おいらが助けたんだい」

「聖獣? 先生の聖獣が、私を助けてくれたのですか?」

「いや、私のではないよ。君の、聖獣だそうだ」

「私の……?」


 聖獣はい上がってくるくる回転かいてんしながら、ベッドに横たわる少女ステラのひざの上に降り立った。


「初めまして、召喚士さま!」

「……初めまして。ステラです」

「やっと会えた! 召喚士さま!」


 聖獣はステラに抱き着くと、その尻尾しっぽうれしそうに揺らした。まるで母親に甘える、子ドラゴンのようだ。


「でも私、まだ呼んだことが無くて……」

「そうだよ! 呼んでくれないから、ピンチにかけつけたんだい!」

「そうだったの。ごめんなさい。私ね、生まれてから病弱で」

「それも今日で終わりだよ! ほら、立って!」


 聖獣の呼びかけに応じ、恐る恐る頷いたステラは布団を捲った。やせ細った体が露わになる。


「ゆっくり立ち上がるんだ。おいらが支えるよ」

「ありがとう」


 ゆっくりと立ち上がったステラは小柄ながら、聖獣が支えなくともしっかりと自分の足で立つことが出来た。


「すごい、立てました。歩けそう!」


 ステラは嬉しそうにゆっくりと、一歩一歩をみしめながら歩いた。ルートヴィッヒは奇跡きせきだとつぶやきながら、なみだを流している。


「先生も、いつもありがとうございます。私、もう大丈夫みたいです」

「そうかそうか。良かった……。くなったご両親りょうしん心配しんぱいしていたからね」

「ステラのご両親は、もういないのか?」

「そうなの。私ね、一人ひとりぼっちなの」



「じゃあこれからは、おいらと二人ボッチだな!」


 聖獣は笑いながら青い炎をき出した。


「ふふふ。ありがとう、ねえ。きみのお名前は?」

「何を言うんだい」

「そうじゃよ、ステラ。聖獣は自らの名前をたない。成獣せいじゅうとなって召喚され、初めて召喚者に名付けられるその日まで、ずっと名無しなんじゃ」

「そうなんですか! どうしよう、責任重大せきにんじゅうだいですね」


 ステラは困った表情を浮かべると、聖獣の頭をゆっくりいとおしそうにでた。


「私、がくもないから。名前なんてつけられないの。先生、何かありませんか?」

「いや、契約上けいやくじょうは召喚者が名付ける決まりになっている。召喚士であるステラが、名付けなくてはな」

「……笑わない?」


 ステラは不安ふあんそうに、泣きそうな顔のまま聖獣にたずねた。どうやら名前の候補こうほはあるようだ。


「笑わない! 伝説でんせつ星獣せいじゅうのような、かっこいい名前にしてくれ!」

「ええ! どうしよう、そんなたいそうな名前……」


 聖獣はむねりながら、また青い炎を吐き出した。


「あのね。すごくね、青くて素敵だなって思ったから……」

「ああ、おいらの毛並みは抜群ばつぐんだろう? 自慢じまんなんだ!」

「だから……。その……」

「うん!」


 聖獣は待ちきれんと言わんばかりに前のめりだ。



「ブルー」




「え?」

「ブルーで、どう?」

「…………ブルー」


 聖獣は聞き返しながら、わなわなとふるえだした。ステラはおびえ、ルートヴィッヒがたてになろうとした瞬間しゅんかんだった。


「すっげーかっけえ名前だ!」

「え」

「ブルー! おいらは今日からブルー!」

「え。あの……」

「ブルー! ブルーだ! おいらはブルー♪」


 聖獣ブルーはご機嫌きげんになり、青い炎を吐き出しまくっていた。あっけらかんとした表情ひょうじょうかべ、ステラとルートヴィッヒは見つめあって笑いあった。ブルーもまた、そんな二人につられ、大笑いした。


「目指せ、星獣! おいらはブルー!」


 この日、ブルーは晴れて聖獣となった!

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使役されたい召喚獣と、使役したくない召喚士ちゃん(仮題) Lesewolf @Lesewolf

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