高校時代の同級生と飲んでいる 3

403μぐらむ

EP-0

「はっ!? 何だその言い草は! いい加減馬鹿にするのは止めろよなっ」


「どっちが馬鹿にしているっていうのよ? 初めに馬鹿なこといい出したのはそっちの方でしょ!? それをわたしのせいにするのこそ止めてよねっ」


「なんだと? こら!」


「何がコラだ? ゴルわぁ!」





 喧嘩の原因なんて正直覚えていない。何をどうしたらあそこまでエキサイトした喧嘩に発展したのだか今ではまったく想像もつかない。

 高校1年の冬に俺、草庭徹平とその一番仲の良い女友達だった田中梨華は周囲がドン引きするような大喧嘩をしてしまうことに。


 その後仲直りをすることなく1年生の残りは口も利かなかったし、それこそお互いに視界にさえ入れないような徹底した無視を決め込んでいた。


 学年が上がるとその後は一度も同じクラスになることはなかった。たまに梨華を校内で見かけることはあったが声をかけることもなく彼女との最後の会話は罵り合いとなってしまう結果になる。


 わだかまりを持ったまま高校を卒業してそれぞれの進路に進んでしまうと怒りのまま梨華の連絡先が書かれたメモも捨ててしまった俺はどうすることもできなくなった。何か心の奥の方にトゲが刺さったままぜんぶ諦めるしかなかったんだ。







 なんとなく進んだ大学も卒業して、売り手市場の就職シーズンも無事に乗り越えてそれなりの企業に就職してはや3年。

 周りは早くも結婚をしたり、そこまではなくても恋人がいたりして私生活も充実しているように見えた。


「それに引き換え俺は何しているんだろう……」


 仕事はまずまずの成績を残しているけれど、私生活はこれといって面白みの一つもありはしない。

 退社したらそのまま真っすぐ自宅に帰り、飯、風呂、洗濯をしたらあとはサブスク動画を見るかスマホで読書するかのどちらかぐらいしかしていない。

 恋人などいたためしはないし、それどころか同級生とか同僚って関係以上に親しくしている女性すら一人もいたこともない。話をする異性と言ったら姉ぐらいしかほんといない状況だ。


 当然仲いい女性なんて過去を振り返っても梨華ぐらいしか思い浮かばない。


「ったく、なんで今更梨華なんだよ……」


 姉の用意してくれた惣菜を電子レンジで温め直しながら独り言を呟く。







 梨華とは高校入学直後の教室で隣り合わせの席だったのを切っ掛けに仲が良くなった。

 お互いに同中の友だちがいなかったのもあって、話し相手を欲していたのでちょうどよかったんだ。

 しかも当時の趣味なども似通っていて話がとても合うので、初めて話したなんて思えないほど意気投合していたと思う。


 その後はお互いに同性の友だちもできていったが、教室内で一番の友人と言ったら俺にとっては梨華だった。たぶん梨華にとっても俺が一番だったんじゃないかと自負できる。


 体育祭は二人で二人三脚をやってビリだったけどいい思い出になったし、定期テストとあれば一緒に勉強会なるものをやったこともあった。

 夏休みの間はお互いにアルバイトをしていたけど、それぞれのバイト先に何気なく訪問したり、バイトのない日には遊びに行ったこともあった。

 たぶん夏休みの半分近くは二人で過ごしていたんじゃないかと。それくらいは仲が良かった。


 周囲からは恋人同士のように見られていたようだったけど、当時の俺はまだガキだったので恋とか分からなく、なんとなく梨華のことは『親友』ポジションにおいていたような気がする。

 文化祭の後夜祭では踊ると一生添い遂げられるとかいう噂のあるフォークダンスまで一緒に参加した。何の恥ずかしげもなくね。


 あ、思い出した気がする。


 喧嘩の理由。


 完全には覚えていないけど、クリスマスの過ごし方の相違があって言い争いになった気がする。

 二人で過ごすとかできないとかじゃなかったっけな。詳細までは思い出せない。


「……止め止め。いまそんなこと思い出したところでどうなるものでもないだろう」


 いまや梨華が何処にいるのかもわからない。住まいも変わってしまったようだし、もしかしたら名字だって……。


「あーあ……」


 気分が落ち込む。落ち込む理由なんかわかってる。


 多分だけど――いや、確実にそうだと断言できるけど、俺は梨華のこと好きだったんだと言える。当時の俺が幼すぎてそれに気付けなかったというだけなのだ。

 後悔先に立たずとはよくいったもんだと思うよ。レンチンしていた惣菜は温め終わったけど考え事しているうちにまた冷めてしまったようだった。






「草庭、今夜合コンに行くぞ。クリボッチ回避に全力を上げる!」


「? 志村先輩、藪からスティックになんスか?」


「いまルー語かよ、っておまえ彼女いない歴イコール年齢なんだろ? ここらでいっちょ出会いの機会でも作ってやろうと思ってな」


「とかいって先輩もつい最近彼女にフラれたんですよね? クリボッチ確定っスよね」


「何を言う。今日は25日だぞ!? まだ間に合う」


 ともあれ、会社で良くしてもらっている先輩が俺のことを心配してくれているのはよく分かるのであまり気乗りはしないけど行ってみるのもいいかもしれない。俺的にはクリスマスなんて嫌な思い出しか無いのでどうでもいい。




「志村茂樹です――」


 先輩が先頭を切って自己紹介を初めた。合コンは会社から7駅ほど離れた小洒落たバルで行われている。

 多少の緊張はあったが、まだ吹っ切れていない俺的には彼女なんてできてもできなくてもどっちでも良かったので意外と自然体で望めたんだ。



 だけど、今はもういろいろと頭の中が真っ白で何も考えられないし、周りの音もまったく聞こえないような状態。


 だって。




 だって眼の前にあの梨華が、田中梨華がいるんだもの。



「おい、草庭。自己紹介、おまえの番だぞ。いくら緊張しているからって喋れないとかないだろ?」

「あ、はい。えっと、草庭徹平です……よろしくお願いします」


 他人の空似だと思う気持ちも無きにしもあらずだったが、自己紹介で梨華はちゃんと田中梨華と名乗っていた。まだ彼女の名字が田中なのに少し安心した。


「梨華……」

「へへへ、徹平。久しぶり、こんな偶然があるんだね」




 合コンなので、本当なら梨華とだけ話したいけどそうはいかず、他の女性とも話をする。せっかくセッティングしてくれた志村先輩の顔も立てないといけない。


 男女ともにクリスマス当日に合コンしている時点で必死なのは何となく分かる。

 時間が経つに連れ一組、また一組と個別で話し込むような形ができあがっていく。


 そういう俺もこれこそ天の導きと思い何が何でも梨華と二人きりで話がしたかったので、形振りかまっているわけにはいかなかった。

 彼女のことを狙っていたと思われる同期の飯島から梨華を守り抜きなんとか二人で店を出ることに成功する。志村先輩が下手くそなウィンクしてきたのにはちょと萎えたが。



「徹平ってこんなに強引だったっけ? それともオトナになって変わったのかな」


「違うって。こんなチャンスを逃すことなんて絶対にできないし、俺、どうしても梨華と話がしたかったんだ」


「へーそういうことも言えるようになったんだ。少しは成長したみたいだね」


「それはわからないけど……えっと、時間は平気?」


 七割方勢いだけで梨華を連れ出してしまったけど、時間もそれなりに深いし行く宛ても決めていない。

 今からスマホを取り出してちまちま検索するのも格好が悪い気がして直ぐに行動に出れなかった。こういうところが梨華の言うオトナになりきれていない証拠だと思う。


「時間がなかったりしたらどうするつもり? って意地悪言ってもしょうがないか。いいよ、徹平が良いって言うまでとことん付き合ってあげる」


「さんきゅ。俺の知っているところでいいかな。ちょっと移動するけど」


「いいよ。そこお酒飲めるところ? さっきあまり飲めなかったからもう少し飲みたい感じなんだ」


「一応お酒もあるし、料理もあるよ。さっきの店じゃ食べるものも少なかったろ?」


 お食事主体のコンパって言うのも変だし仕方ないところなんだろうけどさ。

 雰囲気だけバルで中身はただの居酒屋なんて掃いて捨てるほどあるから気にするほうが負けなんだろうけど。





「ここなんだけど」

「わぁ雰囲気の良い……小料理屋さんっていうのかな」


「こんなところで申し訳ないけど、まあ味は確かなんで」

「いやいや。こういう店って入りづらいからいかも。徹平、いい趣味しているね」


 いい趣味かどうかはわからないけど、あまり出歩かない俺的に行く宛てって言ったらここくらいしか思いつかなかっただけなんだよな。

 知り合いの店に梨華を連れてくるのはあまり気乗りしないけどそうも言っていられないほど寒いのでとっとと暖簾をくぐることにする。


「いらっしゃいませ……ってなんだ、徹平くんか」

「なんだはないでしょ? 今日はお客さん連れているから変なこと言わないでくれよ」


「え、やだ。女の子じゃない。徹平くんがかわいい女の子連れてくるなんて今日は雪でも降るんじゃないかしら」

「ホワイトクリスマスとかいらないから。熱燗と、えっと梨華は何にする? 一応メニューはこれだけど、探せば色々と出てくるかもだよ」


 女将とは気さくに話す。とはいえ店にいるときはなるべく他人行儀に話すことにしている。女将と仲良くしすぎると他のお客さんに煙たがれるんだよね。一応美人女将で通っているらしいから。


 一方さっきまで機嫌良さげだったのになんかむくれている梨華にも注文を促す。


「……ビール。あと何かあったかいもの食べたい」

「そうだよな、冷えたよな。ごめん寒いなか歩かせて」


「ううん、大丈夫。ほんと徹平って大人になったね。なんか驚く」

「そうかな。俺的には何も変わらないし、あん時から時間が止まったままな気がする」


 クリスマスってこともあるのか小料理屋の中には俺らの他には二人しか客はいない。あれは常連のお客さんだったと思う。女将も今日は女将しているみたいでこっちに余計な口を挟んでこないのもいい。


 クリスマスには不釣り合いだけどおでんと熱燗とビールが届いたところで軽く乾杯。

 あんな別れ方したのになんか普通に会話しているのがものすごく不思議でたまらない。


「徹平、彼女は?」

「そんなのはいない。つっかお前以降女っ気自体殆ど無いし」

「あ、そうなんだ。へー」


 女将のことを見ながら気のないような返事をしてくる。何か注文したいのか?


「そういう梨華は?」

「わたしも似たようなものだよ」

「そっか……」


 いざ二人きりで対面してみると言葉は出てこないもの。あれも話そう、これも話そうってコンパのときも移動のときも考えていたのに何やってんだか。


「あのさ、わたし達が喧嘩した理由って覚えている?」

「曖昧だけどクリスマスをどう過ごすかってことでなんか言い合いになったような気はする」


「覚えてないんだ」

「梨華は覚えているのか?」


 彼女は小さく頷く。


 女将から牛すじ煮込みとレンコンのキンピラが追加で出される。無言で置いていくなんて偶には気が利くじゃないか。


 梨華は箸でそれらをつまんで弄びながら言葉を選んでいるように思えた。


「あのとき徹平はクリスマスの日にアルバイトを入れていたんだよ。なんか時給がいつもの倍出るとかで妙に喜んじゃったりして」

「……あ、ああ、ああ。うん、そうだった」


 当時のバイトはレストランのウェイター。クリスマスってことで他のバイトがみんな休むもんだから出勤するだでけボーナスが出たんだった。

 どの席もカップルばかりで、彼女いないバ先の先輩なんか血涙でそうだから休むとか意味わからないこと言っていたっけ。


「わたしは、徹平と……クリスマスしたかったのに……バイトがあるからだめだって言われてぷっつりキレちゃったんだよね」

「ああ、そうだな。吉川さんと遊べばいいじゃんって言ったら怒鳴り散らし始めたんだっけかな?」


 吉川さんとは当時の梨華の親友の一人。なんか途中声が小さすぎて何を言ったのか聞き取れなかったが。


「彼女は彼氏とクリスマスを過ごす予定なの知っていたから余計ムカついたんだよね。当てつけかよって」

「なんでそれが当てつけになるんだよ」


 お銚子一本開けてしまったので追加を注文しよとしたらすっとテーブルにお銚子が置かれる。今日の女将できおか。


「ハイボールください! 濃いめで。あと唐揚げも」

「はい。お待ち下さいね」


「……ねぇ、あのきれいな女将さん。あんたとやたらと気易いけどなんなの?」

「え、突然何の話だい?」


 すぐに出されたハイボールをぐいっとグラス半分ぐらいまで一気に飲み干すと梨華はそんなことを聞いてきた。


「だってすごく仲良さそうだし、あんたのことも名前で呼んでいるじゃない。他のお客さんのことなんか適当にあしらっているのに。あんた年上好きなの?」

「え、え、え、どうした? まさか酔ったのか?」


 梨華のハイボールを少し飲んでみたがかなり濃い。濃いめにも程があるっていうの。あと他のお客さんはもう帰っているので安心です。


「ふふふ。何だと思う? おじょうさんっ」

「おい、睦美なにすんだよ」


 女将睦美は俺のクビに抱きついて頬までくっつけてくる。うざいし面白がっているに違いないので押し戻して引き離す。


「あなた、離れなさいよっ、徹平はわたしのものなんだからねっ」

「は? わたしの、もの?」


「そうよっ、ずっと探していて……グスン。もう離したくない」

「え、え、え、え。梨華……」


 泣きながら梨華が抱きついてきた。離そうとしても「ヤダ離さない」と言って腕をほどいてくれない。どうした、泣き上戸か?


「あのね、梨華さん。徹平くんはわたしの弟なの」

「おとうと?」

「そう、ここは俺の十個歳の離れた一番上の姉ちゃんの睦美の店なんだよ。俺4人姉弟の女ばかりの中で末っ子の長男だから姉ちゃんから可愛がられてて……」

「おねえちゃん?」


 酒で赤みがかっていた顔が更に真っ赤になっていく梨華。

 さっき睦美のこと俺の恋人かなんかみたいなコト言っていたから見当違いだって気づいたのかな。


「ども、長女の睦美です。下に愛美と千夏って妹もいますけど、いちばん可愛いのは徹平くんです。そこは梨華さんも異論ないはず」

「あ、はい。徹平しか無いです。それは確かに」


「だよね。徹平くんの子供の頃の可愛いエピソードとか興味ない?」

「むっちゃあります。教えてください」


 なんかさっきは険悪だったのに今じゃ二人で俺の恥ずかしい過去話で盛り上がっている。ちなみに止めても無駄なので俺は甘んじて辱めを受けるのみ。


「そういえば梨華はさっき俺のこと探していたって言っていたけど、ホントなの?」

「うん。ずっと探していたんだから」


「それはごめん。高校卒業同時に実家も俺も引っ越しちゃったから誰とも音信不通になったんだよな」

「あんた高校の時の友達くらいには連絡しておきなさいよね」


「須藤とか高城には教えているけど?」

「誰それ? わたし知らない」


「そんなの俺も知らない」


 あのときはバタバタだったからな。両親は九州に転勤だし姉弟はそれぞれ一人暮らしであちこちに別れてしまった。

 俺自身もスマホを失くしてしまったりして連絡とか全くしなくなったのもあった。高校の思い出なんか梨華のことしか思い出せなくて辛かったというのもあり連絡できなくなるのもちょうどいいって思っていたフシもある。


「だって……」

「でもなんで俺のことを? ずっと喧嘩別れのままだったじゃないか」


 自分で言っておきながらものところは俺も同じなのでわかる気がする。街を歩いているときでさえいるわけないのに人混みに梨華を探すことは幾度となくあった。


「あのときはごめん。俺も子どもだった。今なら絶対に金じゃなくて梨華をとる」

「え、それって。ううん、わたしもごめん。素直になればよかったって今でも後悔している」


 要するにふたりともつまらない意地はって喧嘩別れしたこと後悔していていて、でもやっぱり好きで。どうしてもまた会いたかったということのようだ。


「じゃ、お姉ちゃんは帰るから。冷蔵庫にご飯は入れてあるからちゃんと食べるのよ。ちょっと多めに入れておいたから梨華ちゃんの分も十分あるから」

「うん、さんきゅ。じゃ、気を付けて」


 睦美姉ちゃんは愛する旦那様と子どもたちの元へと帰っていった。


「? お姉さんの家ってここじゃないの?」

「違うよ。姉ちゃん家はここから車で15分くらいのところにあって、ここへは通いだよ」

「でもこの上は住まいみたいだけど?」

「そこは俺の家。元居酒屋だったのを格安で買ってリフォームして、小料理屋をやりたがっていた姉ちゃんに店だけ貸しているんだよ」


 知り合いから無理やり押し付けられた感じの物件だったけど今じゃ正解だと思っている。食生活も姉ちゃんの料理があるから完璧だし。


「もしかして今日はわたし帰してもらえない感じ?」

「俺はもうそのつもりだけど梨華は帰りたい?」

「ううん。帰るつもりは一つもないわよ。明日も病欠で仕事休む」

「偶然だな。俺も明日は身体の具合悪くなるよてい」


 十年近いブランクの埋め合わせには一晩では時間が足りない。足りるはずもない。







 梨華がこの小料理屋の二階に引っ越してくるまでそう時間はかからなかった。










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