魔女
望み
君たちは、その閃光のように輝かしくも儚い生涯で、多くを成し遂げるのだろう。
君たちは、人々のためにと願い、築き上げた理想郷で平和に夢を見るのだろう。
時には挫折し、すべてが崩れ、床に臥すこともあるだろう。
されど、君たちは立ち上がり前を向く。
君たちの平和な箱舟は今日もゆりかごのように揺られ、前を見据えて進み続ける。
君たちは見ようとしない。それが憎くて仕方がない。
君たちは利口だ。
他者の心を顧みず、功利を追求し、犠牲を厭わぬ「利口さ」だ。
君たちは幸福だ。
無知の上に築かれた、それでも眩いほどの「幸福」。
他者の犠牲に背を向け、耳を塞ぎ、目を閉じたままの「幸福」。
君たちは笑い、君たちは眠り、君たちは平和を求める。
あぁ、憎い。憎ったらしい。
君たちの平和が憎らしくてたまらない。
だから、私は否定する。
君たちの「平和」を。
それがいくつもの命を踏みにじり、成り立っていることを。
君たちの「繁栄」を。
それが数多の絶望を飲み込んで積み上げられていることを。
私は否定する。
君たちの「善意」を。
君たちの「秩序」を。
君たちの「希望」を。
私はすべてを拒絶し、すべてを壊す。
君たちが作り上げた理想郷、偽りの理想郷。
その輝きの下に横たわる影を直視し続けない限り、
それはただのまやかしに過ぎない。
さぁ、暴こうではないか。
今度は君たちが目を逸らさぬよう、
君たちの平和な箱舟を、黒く染め上げようではないか。
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私の出立は特に珍しいものではありません。
豊かな王都の住宅街に住む父は政府に勤め、そんな父に惚れて村を出た母とともに、私は何不自由なく育てられました。祖父母にも恵まれ、父方の祖父は村長を務めており、祖父の家に帰るといつも盛大に歓迎されました。祖父母の溺愛を受け、家族の愛に囲まれた日々は、私にとってかけがえのないものでした。私はそんな家族に報いるため努力を惜しまず、家族もまた私の努力を特別な日に盛大に祝ってくれました。
父はそれなりの地位にあったため、国の現状についてよく話してくれました。戦線での犠牲者、開戦の経緯、そして敵国について。父の言葉には偏りや激情はなく、ただ事実を正確に、そして公平に伝えようとする意志がありました。
ある日、敵国の非道とされる行為について私が感情的に言葉をこぼしたとき、父は静かに私を諭しました。
「敵国を恨んではいけないよ」
そう言った父の目には、悲しみと決意が宿っていたように感じます。
「感情だけで物事を判断してはいけない。知識を身につけなさい。そして公正な目で見極めるんだ。何をなすべきかを。」
当時の私は、父の言葉の深い意味を理解するには幼すぎました。ただ、その声に宿る重みと、何かを期待されているという感覚だけは強く胸に刻みつけられました。私は努力を重ね、優しくも誇らしい家族を守るため、軍学校への道を選びました。それが私の「為すべきこと」だと信じて。
16歳で帝国総軍学院に入学した私は、それまで学校では本を読み知識を身に着けることを重視していたため、交友関係は浅く、親友と呼べる人もいませんでした。学校は私にとって学ぶ場所であり、仲間と遊ぶという発想がなかったのです。その分、必死に勉学に励んだ私は首席で入学しました。
首席入学という話題性や容姿も相まって、私の周囲にはいつも人が集まりました。私の家は名門の特権階級に属し、代々軍人や魔術師を輩出してきた家系です。父は具体的な話はしませんでしたが、それなりの地位にいると言っておりました。そのため家名と父の威光にふさわしい振る舞いが求められる環境に身を置いていましたが、私自身もその期待に応えるべく努めてきました。
学院では同級生たちと良好な関係を築き、常に人の輪の中心にいました。誰もが私を称賛し、特別な存在として扱っていました。しかし、その華やかな環境の中で、私はどこか孤独を感じていました。私の存在は、純粋な友愛や自然な親近感ではなく、努力と義務感によって築き上げた完璧さに飾られた虚飾であったためです。
私は常に「家名に恥じないように」「父の期待に応えるように」と自らを律し、周囲の目を意識していました。そのために、私は素直な感情を表に出すことを控え、理想的な振る舞いを心掛けてきたのです。しかし、それが私と他者の間に見えない壁を作り出していました。同級生たちは私を尊敬し憧れる一方で、どこか距離を感じていたのかもしれません。そして私自身もまた、輪の中にいながら、自分だけが違う場所にいるような感覚に囚われていたのです。
そんな学生生活を送っておりましたが、不便は感じませんでした。最初こそ私へ嫉妬や羨望、果ては恨みを持つ者もいましたが、今では仲良く話し合う関係性です。私の努力の成果ですね。
私にとって心から親友とよべる友人はおらずとも、仲良く話し合える同級生がおりました、これ以上を求めることは強欲なのでしょう。実際にそれで満足しておりましたし、楽しく過ごせておりました。
帝国総軍学院では、指揮官や魔術師の育成が重視されています。しかし、学院に集うのはそれだけではありません。身体能力に秀でた者、魔術に卓越した者、さらには特殊技能を持つ者など、幅広い才能を持つ学生たちが在籍しています。そのため、単に「軍学校」とは呼べず、むしろ総合的な魔術学院といった方が適切でしょう。学院では、学術的な知識だけでなく、武器術や体術、さらには魔術の実践能力も重視されており、それらが評価の対象となっています。
魔術とは、この世界の根源的な秩序「源律」を書き換え、応用することで発揮される力です。例えば、身体機能を強化することで常人の数倍の筋力を得る、といったことが可能です。この力は常識的な物理法則を超越しており、魔術師は度々「理の外に生きる存在」とも呼ばれます。しかし、力には代償が伴います。行使するたびに肉体の疲労や精神の摩耗が生じ、使いすぎれば命を失う危険もあります。ゆえに、魔術師にとっては自身の限界を知ることが必須なのです。
ただし、何事にも例外はつきものです。魔術師としての才能がある者は、一般的な術師の倍以上の魔術を行使することができます。その行使回数や才能の違いがどこから生じるのかについては、まだ完全には解明されていません。しかし、一つだけ確かなことがあります。それは、もし魔術の源流である「律」に完全に適応し、自我を保ちながらその存在を許された者が現れたなら、その存在はこの世界の滅びを意味するということです。
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止めどなく流れる激流のような日々を過ごしていた頃です。
クラス別の対抗戦として練習試合が行われることになり、私は部隊長としてクラスを指揮しました。結果は圧勝。その日の夜。日課を終え荷物をまとめて学寮へと向かう帰り道のことです。一人の男が私の帰路を阻んでいました。確か別のクラスを指揮していた人物です。なかなか手ごわかったのを覚えています。彼は私の正面に立つと、私の顔を正面から見据えます。その目は鋭く私を突きさすようですが、同時に悔しさと焦燥が見て取れました。彼は徐に腰に下げた刀剣を抜き放ち、言います「お前は強い、私の敗北だ。だが…私は負けられない。負けることは許されない、許せないのだ」彼の言葉には、言い訳や弁論と言った響きはなく、純粋な執念が込められていました。「今度は一対一だ。逃げるつもりはないだろう?」
断ることもできました。煙に巻くこともできました。第一、彼と私には隔絶した差があります。知識、経験、そして根本的な魔術師としての適正が。それでもその気迫には抗い難いものがありました。
彼の戦いぶりは見事でした。
開始の合図と同時に、彼はためらいなく大規模な魔術を行使し、平坦で簡素な実習場を一変させました。瞬く間に障害物が生成され、視界を遮る壁や、隠れるための遮蔽物、空中を旋回する巨大な岩石が現れます。視線を戻す間もなく、岩石の一つが視界を遮り、彼の気配が消えます。恐らく、正面戦闘を避け、隙を突く一撃による短期決戦にて決着をつけようという戦略なのでしょう。
彼の戦い方は、まさに芸術的です。剣を手にした彼は、剣術と魔術を巧みに組み合わせ、連携の中でその真価を発揮していました。死角からの剣撃の一閃は、魔術による身体能力の強化と完璧なタイミングで融合し、その速度と鋭さは見る者を圧倒するほどです。一撃必殺の精度とその戦術は洗練されており、試合場を疾駆する彼の姿には緻密な計算と技術が宿っていました。
彼が魔術で生み出した障害物により、私の視界を遮られ、立ち回りが制限されることにより、彼が有利な位置取りを確保すると同時に、隠れる場所を点々と移動することで、私に自分の位置を悟らせず。心理的圧力を与える攻撃と、間合いを詰めていくその動きは、非常に巧妙であり実践的です。
このような戦術を駆使し、彼はこれまで多くの対戦相手を打ち負かしてきたのでしょう。その戦術眼と確かな戦闘技術は、間違いなく驚嘆に値するものでした。
しかし、この場ではそれすら無意味でした。この戦場は、すでに私の「支配下」に置かれているのですから。彼が生成した障害物は音もなく元の平坦な足場へと戻ります。不利を悟り、彼の全ての魔術と体力を賭した全霊の剣撃は虚しく空を裂きました。
反撃は不要でした。彼の戦術は、全て私の掌の上で崩れ去っていたのですから。静寂が戻った戦場に立っていたのは、疲弊し尽くした彼と、魔術の構築を終えた私。
勝敗が決着するときは一瞬でした。
疲労で倒れ伏し、動かなくなった彼と。始まりから一歩も動かず立つ私。
私は深いため息をつきながら、一言だけ短い別れの言葉を告げようと近づき、軽く治療をかけているとスクリと立ち上がりました。身体は傷つき、足元も覚束ない様子でしたが私を一度見ると、短く感謝を述べ、歩いて立ち去っていきました。
翌日、彼は私の通学路に立っていました。腕を軽く組み、足を揺らしながら、誰かを待っているようにも見えます。
私が同級生に声を掛けられ、軽く返事をしていると、不意に彼がこちらに視線を向けました。どうやら、私に用があるようです。
力強い足取りでこちらに向かってくる彼に、無視を決め込むわけにもいかず、仕方なく私の方から歩み寄ります。そして少し、突き放すような声で問いかけました。
「なにか御用でしょうか?」
先手を打つようにそう言うと、彼は眉間に軽く皺を寄せ、真剣な表情で口を開きました。
「あれは見事だった。本当に……完敗だ」
潔い言葉でした。本心からの言葉なのでしょう。
「だが、お前、手を抜いてただろう?」
突然の問いに、一瞬だけ口を閉ざしてしまった私。それを見逃さなかった彼は、鼻を鳴らし、苦笑を浮かべました。
「やっぱりな。分かってたさ、勝てないことぐらい。」
彼は私の目をまっすぐ見つめ、今度ははっきりとした声で言い放ちました。
「次はお前の全力を、俺が打ち破る。」
その宣言には、自分への悔しさと、次こそ勝つという固い意志が混ざり合っていました。私が返す言葉を見つけられないうちに、彼はズンズンと校舎の方へ歩き去っていきました。
それが、彼との因縁の始まりでした。
紡ぐ物語 @desifall
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