紡ぐ物語
@desifall
終わり
乙女の愛と初恋
あなたの今と共にありたい、あなたの未来を導きたい、あなたの過去を知り尽くしたい。
胎動する貴方達は熱気と野望に溢れ、宇宙が膨張するように絶えず広がり続ける。
凝り堆積する貴方達は、私の元で遊びすぐに去っていってしまう。
きっとまた私の元に帰ってきてくれる。
そう信じて待ち続ける。
貴方達が頻繁に私の元へやってくるようになる。
混ざり合い溶け合う幻想を見る。貴方達と私は元は一つで今も変わらない。だから寂しさや恋しさを感じることはないわ。こうして貴方達を見ていられるもの。
生命の存在を呑み込み均してしまう貴方達は誰よりも醜くいかもしれないわ。
誰よりも傲慢で欲深い貴方達は、その無知故に空の玉座に座っているかもしれないわ。
きっと貴方達は憎まれているわ。きっと貴方達は嘲られてるわ。
それでもいいの。私の子は等しく愛しいものだから。その分私が愛して与えればいいもの。
引いては押され、また引いていく。
膨張は阻害され、やがて一つになる。
貴方達は見ていて飽きないわ。これが目に入れても痛くない、と言うことなのね。
貴方達の今に私は寄り添うわ。
貴方達の過去に私は理解を示すわ。
貴方達の未来に貴方達の背を押すわ。
でも、どうして私は貴方達と触れ合えないのかしら。
どうして私は貴方達と抱き合えないのかしら。
どうして私は貴方達から愛を貰えないのかしら。
寂しい。私を見て頂戴。
こうして貴方達を見守るの。
ずっと一緒だから寂しくないわ。
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暖かく、柔らかい。初めて得た刺激。
貴方が私に触れた日。私が貴方に触れた日。
その日を今も思い出して、その感情に耽るの。
貴方が私を抱いてくれた時、背筋がゾクゾクしたわ。
貴方の肉体と、その力強い抱擁に私はなす術もなくされるがままになるの。
甘い痺れと、張り裂けそうな興奮が胸中を駆け巡ったわ。
思わずギュッと力強く抱きしめ返すのだけど、それ以上の力で返してくれた時は、愛おしくて愛おしくて、堪らず呑み込み一つになりたいと強く思ったほどよ。
我が子を抱く母はこの様な心境だったのね。
貴方が抱きついてくるのが嬉しくて、私は必死に愛したわ。
ずっとこうしていたい、このまま母として我が子を愛し続けたい。この喜びに浸っていたい。貴方達の成長を疎ましく思ったのは、恥ずべき事なのだけれど。このまま私に抱かれて永遠を微睡み続けて欲しかったわ。
どんな時にも終わりはやってくるの。幸福は長くは続かないものなの。
私の必死の懇願は貴方達に届かなかったわ。
貴方達を抱いた手はいつのまにか解けていて、貴方達は突然私の前から消えたの。
貴方達は以前と変わらず、私の元にやって来て遊ぶだけになってしまったわ。
私を見てくれなくなったわ、私を抱いてくれなくなったわ、私を愛してくれなくなったわ。
あの温もりが恋しい、あの抱擁が忘れられない、あの温もりを、あの愛をもう一度。
あぁ…愛しているわ貴方達を。
だから早く帰って来て、そうじゃないと私…
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白光が閃き、続いて灰が舞う。
綺麗に整地された灰が女の道を舗装していく。
空が広かった。普段は人の営みや建物に遮られて狭く窮屈に見える空が、今はどうしようもなく広く青かった。
それは、ある日突然現れた。
一夜にして街を灰に変えた。残らず綺麗にだ。自身の目でその惨状を確認したとき、私は唖然としてその場から動けなかった。
人々の営み、美しき居城と市街地、それらを囲む堅牢な壁や山々――すべてが素晴らしかった街が、単一色の塵と化していた。
次に、それは最も繁栄した国を滅ぼした。精強な軍隊を有し、高度な文明を誇る国だった。
首都に至る道は、巨大な灰色の蛇が這ったように綺麗に平らに均され、生命の一切を感じさせない白い景色が永遠に広がっていた。
首都では灰の吹雪が舞っていた。
国の終わりとしては、あまりにも呆気ない光景だった。
難民たちは周辺国に避難していたが、首都から来た者は一人もいなかった。
各国が協力し、混成軍が結成された。
その目的は、それの正体を突き止め、仮に人為的なものならば討滅すること。
すぐに報告が上がり、解決されるだろう――そんな淡い期待が抱かれた。
しかし、その期待も混成軍の主力を担う国の消滅とともに打ち砕かれる。
報告によれば、その国との連絡が途絶えたため調査に派遣された斥候が、灰の大地を目撃したという。
誰も「軍はどうなったのか」とは口にしなかった。同質量の灰となったのだ。一人の逃走者すら許さずに。
その日を境に、人々はようやく気づいた。
それが意思を持って人を害するものであり、
それが人の理を超えた厄災であり、
それが誰にも止められぬ滅びそのものであると――。
「私は渦。
あなたたちの力の渦。
すべての戦禍の炎、暴力の渦。
私はあなたたちの力の根源。
見守り、与え、導くの。
ずっと見ていたわ、あなたたちの道程を。
ずっと共にあったの。あなたたちが欲し、私が分け与えてきたの。」
女は緩やかな足取りでこちらに向かい歩みを進める。
「知ってしまったの。あの日、あなたが与えてくれた愛を。
寂しかったの。恋しくて、寒くて、真っ暗で。
それでも待っていたの、あの日の抱擁を、あの日の温もりを。」
近づいてくるその姿は、母が幼子を迎え入れるかのよう。
四肢を柔らかく広げ、豊満な胸で抱擁するような仕草で歩を進める。
「あなたたちは私の元で遊ぶの。でもそれがどうしようもなく、あの日を思い出させる。」
艶やかな長髪は、そこだけ色が抜け落ちたように白く、舞い上がる灰がそれを彩る。
女の美貌は、死の間際でさえ脳裏を蹂躙し、理性を削るほどだった。
女神――そう呼ぶほかない、誰もが直感する美がそこにあった。
「もう一度抱き合いましょう。もう一度愛し合いましょう。」
切れ長のアーモンド型の目がこちらを向く。その慈悲深くも歪んだ相貌が囁く。
「愛しているのよ、あなたたちを。」
赤い瞳が私を捉えて離さない。
体が震える。
あの日世界を襲った大災害――それすら比較にならない確かな滅び。
どうしようもない死の気配が迫る。
仕えた国は滅びた。
共に戦い抜いた戦友たちも、先ほど灰と化した。
だが、後悔と憤怒、無数の無念と責任が私を突き動かす。
熱を込めるように筋肉を動かし、慣れた動作で構えを取る。
あの日、世界を救うために手に入れた力。
大災害を退けたあと、その使用を恐れずにはいられなかった力。
感情に突き動かされ、それを引き出す。
できるだけ力強く、恐れを振り払うように、望む形を一瞬で出力する。
「嗚呼。」
その時、女は確かに私を見た。
私個人を、初めて認識した。
「あなた様だったのね。」
構えた刃――白銀に輝くそれは、すべてを切り裂く刃であり、すべてを滅ぼす律そのものだった。
私が今も五体満足でここに立つことができるのは、果たしてこの力に拠るところが大きいのかもしれない。
「あなた様を待っていたわ。ずっと待っていたの。」
女は感極まったように震えながら紡ぐ。
「ああ、抱き合いましょう。温め合いましょう。愛し合いましょう。
永遠に微睡みましょう。今度こそ、離さないわ。」
瞬間、間合いの内に入られる。
遅れることなく相手の動きに合わせ、斬撃を三撃見舞う。同時に相手が避けやすい場所を作り誘う。
その誘いに乗ったかと思えた女は、回避も迎撃もせず、ただ悠然とその斬撃を迎え入れるように前へ出た。
一撃目の軌道に合わせ、女が腕を振るう。それだけで大きく軌道が逸れる。
こちらの動きを読んでいたのか、それともただ見えているだけなのか。
数多の敵を屠った軌跡は、己の意志に反して虚空を斬り、制御を失う。
腕に伝わるエネルギーが体勢を崩す。
その崩れに逆らわず自ら飛び込み、距離を取るために力を用い、白銀の刃で彼我の空間を遮る。
――嫌になる。なんたる暴力だろうか。
ただ腕を振るうだけで、私の全ての小細工を打ち破るとは。
「ああ、そんなに急に抱きしめてはいけないわ。もっと求めたくなってしまうもの。」
女は宣う。
斬撃は確かに当たったはずだが、その白磁の肌には一切の傷が見当たらない。
「もっと私を見て。もっと私を感じて。もっと私を触って。」
憎たらしいほど魅惑的な四肢を引き立てるかのように薄い布が揺れる。
「愛しているわ、あなた様。愛しの私の子、愛しの私の恋、愛しの私だけの旦那様。」
ああ、なるほど。
私はこの瞬間、この場で悟った。理解してしまった。
私がこの女に惹かれる理由を。
この女が仇敵であるにもかかわらず、受け入れたくなる理由を。
こいつは私だ。
正確には、私が求め続けたものだ。
私の本心、私の野望、私の望み――それがこいつだ。
赦されず、禊げない。
ただ己が犯した罪と向き合うしかない。
安堵する。
私の罪がいまだ赦されていないことに。
せめて最後は苦しまぬように――そう願いながら、慣れた動作で構えを取った。
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