第36話 食ひてしがな物語

「どうして魔法が【あのこ】に届くと思ったの?」

 と、女神様的な何かが言った。あれ? 俺は、あっちの世界の女神様的な存在に連絡を取ろうと思ったのだが、どうもなんか、旧世界側の方の女神様にそれをインタラプトされたっぽい。あー。ミスったかもしれない。その可能性を考えておくべきだったかあ。

「もう一度聞きますね。どうして魔法が【あのこ】に届くと思ったの?」

 と繰り返し聞かれる。俺は観念して、女神様に答える。

「いやそのう。まず、魔法ってなんなんだろうなと思った時にですね、なんらかの方法であちらの『世界』全体とかにアクセスしているのだろうとは思ったわけです。というのは、『牛』はいますかと聞いても答えはでないけれど、『オピオタウロス』はいますかとかは教えてくれるわけで、世界で共通に生まれている情報とか、知識とか、あるいはアカシック・レコード的なものに接続して、なんらかの処理を発生させるのが魔法なんだろうと思ったんですね。

「で、ということは、魔法の作動自体はかなりオートマチックなのかもしれなくて、上位存在によるコントロールはないかもしれないけど、少なくともなんらかの形で一個上層のレイヤーに接続している可能性はあるなと思ったんですね。上層レイヤーをバグらせるであろう方法として既知のものは『時魔法』だったわけですが、『時魔法』は発動はするけど使用者が消失するという変な性質があって、これはなんか世界全体に干渉するかなんかで、だから俺が死んだ時みたいな一種の『イレギュラー』処理になって、俺の排除に女神様が動くということはありそうだなと思いはしたのですけども、これがオートマチックな排斥だったらちょっと困るので、別の手法として、小さいシグナルで上層レイヤーに情報伝達しても無視されるだけだが、シグナルを増大させれば、上層レイヤーに接続していること自体が確かならば、なんらかのメッセージになって、どっかのタイミングで管理者が覗くと言うこともあり得るかなと思ったんですね。それで、とりあえずまずは、女神様に伝達事項あります魔法を使ったとそういうわけです。まあ、どうもミスったぽいですが」


 俺がそう言うと、女神様は、

「いいえ。私が介入しなければ、おそらくそれは成功したでしょう。それで? あなたはそこまでして、何を伝えたかったのですか?」

「それは俺が言わなくても分かると思いますけど、端的に言えば、ということですね。ていうか、あなたでしょう? その、【あのこ】の宇宙? 世界? に、侵略的外来生物を送り込んでいるの」

「……もう少し、詳しく話して貰えるかしら?」

「いやだから。【あの世界】も、【もともと俺がいた世界】も、あんたたちが管理している一種のビオトープみたいなものなんですよね? で、しかし【あのこ】のビオトープには、時々アメリカザリガニみたいに侵略的生物がやってきちゃあ、世界をめちゃくちゃにしていくって言うんですよ。で、そう言う時は、本来は望ましくはないけど、【あのこ】自身がその生物をなんとか除去して、また世界が平和になるようにあれこれ手を打っていると。でも、どうしてもまたそれが発生してしまうので、もうちょっとマシなビオトープから、そういうのが発生した時にやっつけてくれるかもしれない生物をなんとか譲り受けて、まあその生物は今【あの世界】で頑張ってくれてますけどね。俺は思ったんです。

「侵略的生物は、シンプルに侵略的生物なんだろうと。つまり、どこかのビオトープ作成者のビオトープで、有害な生物が湧いたとしますよね。それが燃えるゴミの日の前日とかだったら、その生物を除去して燃えるゴミに出せばいいんだが、ちょうど燃えるゴミの日の夕方とかにその生物が出てきて、来週の月曜までゴミ収集は来ないとなると、そのビオトープ作成者はどうするかというと、適当にどっか戻って来れないところに捨てるんじゃあないかと思ったわけです。ちょうど


 俺がそう言うと、しばらく女神様は黙り込んで、

「なるほど、ね」

 とだけ言った。


「まあ、そもそもこの魔法が成功するかどうかすら賭けだったし、しょうがないですね。俺から言えることがあるとすれば、まずは、できるだけそういうズボラはやめたほうがいいですよということと――次は正規の手段で俺の魂を破砕? 漂白? することですね。もしまたあの世界に戻すならば、俺はまた時々チャレンジしますよ。一応だいぶ縁も所縁もできてしまったので、魔王に破壊されるとなると気の毒ですからね」


「あのねえ。どうも、あなたは私のことをずいぶん見下しているようですけれど――いやまあ、私の喩えも悪かったかもしれませんが――、私はこう見えて、【あのこ】のことを心配しているんですよ?」

「普通、心配している人のゴミ袋にゴミ混ぜて収集させるようなことはしないですよ」

「だからね。なんです」

 は? 俺は俺自身の推理の前提となっている事象が覆ったので、結構驚いた。確かに言われてみると、魔王の発生源はズボラ女神だと思っていたのだが、その「ズボラさ」そのものが、信用できない語り部であるところの女神による証言でしか判断できないものであったのだ。そうかい。そこが嘘なんかい。


「私たちは、生まれてからしばらくの間は、一緒にもっと大きな世界で暮らしているのですが、まあ、あなた方の言葉で言えば、成人に伴って家を出るみたいなことですね。ある段階になると独立して、そう、あなたの言うところのビオトープを作って、そこから実りを得て生活するのです。それになんの意味があるのかとかはあまり考えたことはありません。ですから、きっと私も、そういう種類の生物なんでしょうね。あなたたちより遥かにスケールが大きいだけで。

「ということで、『生きている』私たちには、私たちなりの制約があるのです。その一つが、原則的には他の世界に干渉できないということです。だから、一緒に育った【あのこ】が疲れていても、元気がなくても、私には本来、どうすることもできないの。【あのこ】の世界は、【あのこ】自身がなんとか実りを得られるようにしなければならないのね。

「でも私は心配だった。それで、こっそりと実りを融通したりもしたんです。それが、あなたの言うところのキライトね。【あのこ】はとても感謝していたけれど、それでも――『何が起こっているか』は教えてくれなかったし、疲れが癒えてる様子もなかった。それで、次は、【あのこ】自身にも隠して、実りを渡してみようと思った。それが、あなたなんです。

「おかげで事情が分かったわ。多分、あなたが言うのが正しいのでしょう。誰か――あの世界に、『魔王』を送り込んでいる不届者がいるわけね。心当たりもあります。そうね。今までは、妹の会社で横領が起こっていることも気づいていなかったけれど、横領が起こっていることは確実で、妹がその濡れ衣を着せられていそうということに確信が持てたと言えば、あなたにもわかるかしら?」

「ちょっとわかります」

 まあ、そういうことだったらお姉ちゃん(お兄ちゃんかもしれない)には言いにくいよね。でも、そうだったんだ! という強い確信が得られれば、お姉ちゃん(またはお兄ちゃん)の社会的立場などがしっかりあれば、問題解決に導くことができるかもしれない。この女神様も、思ったよりしっかりしてそうな上に、思ったよりシスコンぽいので、多分なんとかするのであろう。そういう感じだったのか。


「ということで、あとは私がなんとかします。あなたは、期待以上の働きをしてくれました。どうもありがとう。お礼と言ってはなんですが、あなたの魂を望む世界に連れて行きましょう――といっても、【ここ】か【あそこ】かくらいですけれど。どうします?」

「いや、俺はまあ、すき焼きも食えたのでもう思い残すことはないです。その代わりと言っちゃあなんですが、ヒエンくんの肉体に、ヒエンくんの精神を取り戻してもらうわけには行きませんか? いや、言語野とかが残っていたわけですから、あと記憶領域とかを復元すれば反魂できそうな気がするんですよ。で、俺も別に、ウカにだけチラッと言ったのと、キライトくんにはまあ話したんですが、他の人には自分が取り替えっ子チェンジリングだとは言ってなくて。ヒエンくん本人には、これまでの記録の手紙を書いていますし、キライトくんには、魔王外来生物説は教えてあって、それを伝達するチャレンジをして、ヒエンくんになった俺が手紙を渡しにきたら多分成功しているという手紙を書いているので、それでなんとか連続的な人格としてやっていけると思うんです」


「……わかりました。本当に特例ですが――なんとかやってみましょう。では、あなた自身の魂は、どうなっても構わないというのですね?」

「まあ、はい。さっきも言いましたが、特に思い残すこともないので」

「わかりました。私はあなたに感謝していますよ。どうもありがとう。さあ、お眠りなさい」


 女神様がそう言うと、俺は穏やかな眠りに包まれた。あー楽。こういう気持ちだったら、全然死とか余裕だな。みんな元気で頑張れよ。























 と思ったら、なんか、めっちゃ乳児で目覚めてやんの。

 頭の中に声が響く。

 「そこは――『不届者』の世界です。とは言っても、その世界を破壊するのはあまりにも気の毒なので、そっちの世界で『魔王』の発生とか、撃退方法とかを整理して、また私に教えてくれれば、そっちの世界自体は残しておくことができます。つまり、あなたの肩に、その世界の命運がかかっているということですね――うふふふ」

 なんと。なんでだよ。めちゃくちゃ貢献したのに、なぜそんなことをするのだ――とちょっと恨みかかったが、すぐに思い直した。仕方ない、あの女神様と、あっちの世界の【あのこ】のために、魔王についての情報収集くらいならしてやろう。今度は乳児からだから、言語学習もまあ行けるであろう。常識も学べる。やってやる。それに。


 母乳をいただきながら、俺は新しい生きる意味も感じていた。

 俺は――――




 今、無性にごま豆乳担々鍋が食いたくて、たまらないのだ。

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食ひてしがな物語 雅島貢@107kg @GJMMTG

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