第51話
「みみみみ三栖くん!」
「…はぁ?」
「三栖くんとはクラスだけでなく文学研究会で一緒でして!横目で盗み見したところ色白くて、伏せたまつげが意外と長くて、物語に出てくるザ・深窓の令嬢って感じかなー、なんちゃって、ははは……」
この前の部活動の日にあった自分だけの新発見がひょろりと出てきた。
あぁこれはあたしの胸の内だけにこっそり閉まっておくつもりだったのに…っ!
「ひな、お前…三栖みたいなのタイプかよ」
あっちゃんの声が低くなり苛立ちが混じる。
えっ⁈名前出してもダメ?
「いや、そんなに反応するよーなものではなくてですね?
脳内男性名ストックの欠乏が激しいというか、該当年齢層ではあっちゃんしか出てこなくて回答にならないというか…ね?あっちゃん?もしもし?
あーつーしーくーん?」
「……」
シカト。
…回答すた結果、あっちゃんは天の岩戸にお隠れあそばされました。
ほんとなんなの⁈
自分から聞いてきたくせに!
あたしの声聴こえてるでしょーが!
「あっちゃんのまぬけー!アホとんまバスケバカ!イケメンイケボ!」
ぎゃっ、あっちゃんを落とす言葉が見つからなくて結局褒め言葉になっちゃうし!
「負けねーよ」
「ふへっ…?」
「見てる長さなら、負けねー」
どくん。
やめて、あっちゃん。
「ずぅっと。ひなこしか見てねーから」
ぐんぐん吹いてくる風の薫りは春から夏へ。
頬が熱い。
だめだよ、無視しなきゃ。
イケボなんだからばっちり聞こえちゃうよ。
笑って切り返しできなくなっちゃうじゃん。
「…見張ってねーとカビ生やすからな、ひなこは」
肩をすくめる気配がして、俯くあたしの頭は後ろ手にぐしゃぐしゃ乱暴に掻き回された。
けらけら笑うあっちゃん。
「…毎度ご面倒をオカケシテマス」
大きな手のひらの下でもごもごと呟く。
あっちゃんは意地悪だ。
突然、答えられないことを言う。
なんて返せばいいのか分かんなくて、火照る熱で言いたいことがパズルのピースみたくバラバラになって、喉の奥でもつれる。
こんがらがって解こうとヤキモキしてる間に、今みたいにあっちゃんは苦笑して別の話題に変えてくれる。
蔑ろにしてるつもりはないんだよ。
変なこと言うあっちゃんのせいなんだから。
あっちゃんに心の中で文句を言ってみても、ただの八つ当たりだって分かってる。
「あちー。5月だってのにあっちいな。冷凍みかん食いてえー」
「あたしも食べたい!コンビニに方向転換っ!ゴー!」
「おぉっし!捕まっとけよ!」
でも、八つ当たりすら受け止めてくれるあっちゃんの優しさに、あたしはまた甘えて見ないふりをするんだ。
だって、絵本のことだって体型のことだって揶揄いはするけれど否定されたことは一度もない。
『しゃーねーなーひなこは』って苦笑いして受け入れてくれる。
こんな居心地のいい場所他にないことは、今までそれなりに傷ついてきたから分かる。
だから、中学からあっちゃんに彼女が何人できても何も言えない。
言わないことで今の定位置を確保するズルイ自分。
今日だって、図書館に引きこもるあたしを迎えに来ないで彼女さんとデートしなくていいの?って聞きたいけど恐くて聞けない。
絵本の白いおおかみと一緒。
鳴けないの。
どうして一緒にいてくれるの?って聞けない。
あっちゃん、って呼べない。
だから、探しに来てくれあるのをいつまでも森の中で待ってる。
面倒くさそうにしかめっ面しながら、でも『しょーがねーな』って手を差し出してくれるのを。
なけない、おおかみ。
あたしは、
深い森の奥から踏み出した
あの一歩が羨ましいんだよーーー。
【Scene end】
大体合ってる親愛事情 @sen72
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