第50話

図書館の出入口をくぐると、ぬるい初夏の空気が流れてくる。

そのまま、右手の自転車置場へ。

自転車に跨るあっちゃんが後部座席に座ったあたしへ振り向いた。

「おら、手ぇ回せ」

う”。

ほんの一瞬、躊躇う。

最近この仕草が苦手だ。

なんだかとってもこそばゆい。

でも苦手だって気づかれたくないから心を無にしてあっちゃんの手に自分の手を載せる。


あっちゃんの力強い手があたしの腕をぐいっと引っ張り自分の腰に巻きつけると、最後にポンと叩いた。


最後のポン、は小さい頃あっちゃんとあたしを乗せた自転車が急カーブを曲がり切れず転けて膝小僧をずるむけにしたあとから始まった約束ごと。


車掌さんの指差し確認みたいなもんかな。

だから、ちゃんと捕まってるよって、あたしも一瞬腕に力を込める。


「発車オーライ!」

「…ひなお前、タダ乗りの癖にいい度胸してんなぁ?」


薄闇の中、自転車は滑らかに走り出す。

ぐんと勢いを増すペダル。

「う、ひゃわっ!あっちゃんっ!」

突き出たマンホールの衝撃に、慌ててあっちゃんの腰に回した腕に力を入れた。

「だせー声。参ったか」

けらけら笑うあっちゃん。


立ち漕ぎでもないのにこのスピード、さすがバスケ部スタメン…っ!


「なぁ」

角を曲がった川沿いの一本道はこの時間になると少しだけ涼しい。

でもって夕暮れ時は無性に切ない。

「んん?なーにー?」

「ひなも俺の声でドキドキすんの?」

「は?」


なんだこの男。


そんな変なこと突然言われたら、心臓が激しく盆踊りするでしょーが!


「し、しないよー?」

たらったらったた。


「だだだって、こーんな小さい頃からずーっと聴いてた声だよ?」

いやいや、これはうさぎのダンスだっけ。


「ちっ、つまんねーの」

予想通りだったのか、舌打ちされたものの深く突っ込まれずに済んだ。

「ひなこは昔っからどこ行っても本ばっかだもんなー。

本以外にドキドキしねーの?

…例えば、クラスの男とか」


ふぎゃっ!

違ったー!もっと回答しづらい方に方向転換しちゃったーーーー!


「くくく、クラスっ⁈」

今度は頭の中が阿波踊りしている。

あそれそれ。


こ、これは適当でも誰かの名前を言わないと永遠に突っ込まれるルートのヤツ…⁈

しかも嘘だとバレたらこめかみグリグリされるヤツ…!


誰か誰か誰か……??

身近な男性、お父さん?あっちゃん?弟の健也?いやいやダメでしょ!

あーもう名前よ降ってこいっ!

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