第49話

「まーたそれ見てんのか」

呆れた声とともに、乱雑に机の上に放り投げられたスポーツバッグ。

ジッパーにくっついている、バスケットボールを持つ古ぼけたフェルトのマスコットが本人に変わって申し訳なさそうに揺れた。

誰かだなんて見なくても分かる。

「う”っ!いいじゃん!好きなの!」

隣の声の主にいーっだ!と舌を出すと、『なけない おおかみ』というタイトルの、角が折れ古びた絵本をそっと撫でた。


窓の向こうに広がる空は茜色。

昔懐かしいキャラメル箱みたいな、ひそやかな佇まいの町立図書館。

本よりゲームに夢中な今日びの小学生はここには滅多に寄り付かない。

現に、寂れた閲覧席にはあたし 夏目 ひなこと幼馴染の上地 敦(かみち あつし)の二人。

「ひな、いい加減その絵本離れしろよ…高校生らしく他に読む本たくさんあんだろーが」

ため息ついたあっちゃんのお決まりのセリフ。

「あっちゃんをにはこの絵本の良さが分かんないんですーぅ!!」

「絵本と一緒に引きこもってばっかだとカビ生えて彼氏の一人もできねーぞ?」

大きな体をイスに収めて、あっちゃんはニヤリと笑う。

あっちゃんは、いつもあたしをチビだの胸ないだの引きこもりだのと言って揶揄う。

一言で言えば、意地悪だ。

しかも間違いじゃないのが悔しい。

「い、いいもん!彼氏なんかいらないんだから!」

「へぇ?ま、絵本にべったりなお子さまひなこには言い寄る男なんていねーか」

ぐっ、何も言い返せない…。


確かに背は低いし、本の世界に入り浸っていて今時の女子高校生らしいメイクもファッションも知らない。

発育途上だと信じたい幼児体型な身体つきは成年雑誌の表紙を飾るグラビアアイドルから見れば鼻で笑われるだろう。

唯一の慰めは長い髪くらいだろうか。

昔馴染みの美容院にお世話されている髪は、オーナーのおばちゃんから毎回褒めてもらえる。

でも、それだって小さい頃からずっと聞かされてるから今さらあんまり嬉しくない。


分かってたけど、全然いいとこないじゃん!あたし!

頭を抱えたあたしにさんざん失礼なことを言ったあっちゃんは満足したのか、帰んぞ、と二人分のカバンと絵本を取り上げた。

緩く結ばれたタイが目の前で揺れる。

イケメンだなぁ、あっちゃんは…。

「おら、前向いてあるけボケひなこ。

それとも俺に見惚れたか?」

見下ろすあっちゃんがくすっと笑う。

「うん、あっちゃんってカッコいいよね」

昔はそんな感じしなかったのになー。


あたしがひんひん泣くあっちゃんのこと、お姉ちゃんみたいに守ってたのに。

発育が良すぎて185センチまで伸びた身長の上には、非公式な親衛隊まであると噂の整った顔立ち。

涙で溶けそうだった大きな瞳はくっきり二重に、鼻ちょうちんを作っていた鼻筋はすっと通り涼やかだ。

少し癖のある黒髪を短く立たせスポーツマンらしく爽やかで、ちょっとストイックな感じがまた良いのだと、文学研究会の後輩の女の子が言っていた。

人参嫌いなのに。

要領がいいから勉強もできて、小学校に上がったくらいからいつも女の子の輪に囲まれてる。


でも、一番の魅力は。

「しかもイケボだし」

「ん?なに?」

ポソッと呟いたあたしの声が届かなかったのか、あっちゃんが屈んで距離が近くなる。


どきん。


ほら、あっちゃんの声に慣れてるあたしでも、耳元で囁かれると心臓が音を立てる。

「あっちゃんは声までイケてるって言ったの!」

「アホ。そんなんひなこに言われんでも知ってるわ」

歩きながらおでこをピンと小突かれた。

くそぅ、本人があっさり認めるのもそれはそれで腹が立つ…。

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