異世界勇者して帰還したらスギ花粉が魔王より強いんだが?

鈴埜

異世界勇者して帰還したらスギ花粉が魔王より強いんだが?


 俺の名は羽田勇気。ごく普通の高校二年生。


 見かけは。

 実はつい先日異世界に召喚され、魔王と戦い世界を救ってきた。

 平和が訪れた世界に勇者なんてチート野郎は不要だろ?

 最初に女神様と約束したんだ。全部終わったら元の世界に帰してくれってね。

 女神様は約束を守ってくれた。

 この、とんでもないステータスのまま元の世界へ帰してくれた。




「ぶぇっくしっ!!!」

「勇気汚い! ちゃんと口元抑えなさいよ!」

「はい、勇気。お前専用ティッシュ箱」

 今は二月。もうすぐバレンタインデー。

 勇者なんてやってきたから、俺は俺に自信を持った。自信があるやつっていうのは自然とカッコよく見えるもんだ。もちろんその自信には実力もついてくる。

 運動は最近動きが良くなったねを重ねて重ねて、以前とは見違えるほど上手くなり、勉強も、勇者として魔物と戦い続けたあの辛さを思えば大した事ない。あと、言語能力は、スキル【異世界言語】を得てしまった今、英語に限らず、ドイツ語フランス語スワヒリ語まで完璧だ。

 こちらでは使わないようにしているが、実は魔法も使える。


 完璧で究極の勇者様だ。


 が、なんの因果か今俺は、たった一つの敵の前に成すすべもない。

「魔王より強敵だぜ……スギ花粉がよぉ」

 勇者のステータスで、状態異常や怪我などは治りやすいしかかりにくい。


「日本中のスギの木を切り倒すしかない……」


「国有林を切り倒すなら日本を敵に回すことになるな!」

 先程ティッシュボックスを渡してきた、親友の智樹が言った。幼馴染の栄子も頷いている。

 体の不調を感じて、俺は魔王の攻撃かと思った。なんだこの嫌がらせのような症状はと、悩み苦しんだ。

 親に耳鼻咽喉科に連れて行かれ、ゴブリンすら倒したことのないような細腕の女医に告げられた。

「花粉症ですね〜かなりひどいから辛かったでしょう? お薬出しますね」

 は? 単なる状態異常? それが治らないと?

 暇な授業中よくよく考えてみたら、アレルギーとは、自己免疫の過剰反応である。

 つまり、強い免疫を持つ勇者俺。免疫が荒ぶり、アレルゲンが侵入したら大暴れでやり過ぎた。

 つまり、俺様が強いゆえに強い反応を引き起こしているのだ。

 ちなみに医者で処方された薬は、毒判定されて、俺のパッシブスキル【毒耐性】によって儚くも消えた。

 俺はこの季節、死に体のまま生き続けなければならないのか? 辛い、辛すぎる。


 憎い。


 スギ花粉が憎い!!




「全スギ魔物化計画をブチ立てた」

『勇者よ落ち着きなさい……』

 俺が勇者の力を持て余してしでかさないか、ミニ女神が付いてきた。

 二頭身になったぷにぷに小さなそれが、今俺を必死になだめている。

「スギが受粉生殖をやめればいいと思うんですよ、女神様。つまり捕しょk……」

『勇者よ、今あなたの脳は花粉に冒されています……少し休みましょう』

「日本各地に魔物化したスギが突如として現れる!! 俺のスキル【植物知識】があれば、魔改造なんてこっちのものですよ。花粉症に悩む同志たちも大喜びっ」

 ニカッと笑ってミニ女神様にサムズアップすると、彼女は深いため息をついた。

『日本が北海道と沖縄以外壊滅します』

「確かに。それは困りますね」

 俺は一人しかいない。同時多発したスギ魔物を倒すにはさすがに本州は広すぎる。人的被害が出るのは本意ではない。

『先程捕食といっていた人が……勇者よもう夜中です。寝ましょう。あなたの部屋だけは、私の最後の力を振り絞り聖域展開サンクチュアリで花粉の侵入を防いでいます。さあ、眠るのです、勇者よ。北海道大学を受験しましょう……』




『勇者よ! あなたやってしまいましたね!!!』

 ズン、と重い音が響き渡る。

 町内に響き渡る警報。外から聞こえるヘリの音。人々の怒号。

「勇気! 起きてきなさい!!」

 階下から母親の切羽詰まった声が聞こえる。

「気づいてしまったんですよ……全部魔物にする必要はないと。一匹が明らかに魔物になれば、日本国自らスギを葬ると!!!」

「もちろんそのスギは俺が倒す!! ある程度暴れてもらってから」

 ということで、スギが人的被害を出さないようストーキングすることにする。

 この日のために通販したフルフェイスの防塵マスクと、体型をごまかすためのフード付きマント。今の世の中いろんなものがあるなぁ。

 ちなみにアイテムは持って来れていないので、拳である。まあなんなら魔法あるから大丈夫。風系ならわかりにくいし。

 量産型のジャージを着て、これまたありふれた靴を履いていざ出陣である。



「フルフェイスマスクさんサイコー!」

『ならば普段からそれをしていなさい』

 聖域展開サンクチュアリでただでさえ少ない力を使ってしまった女神様は俺についてくるだけだ。

「単なる不審者じゃないですか。俺は普通の高校生活を送りたいの!」

 スギ魔物が暴れている方へ近づくと何やらおかしなことになっていた。


「スギちゃぁーーーーん!!」

「スギちゃん可愛い!! こっち向いて!!」

「スギちゃんに受粉したい!!!」


 真っ昼間に手作りうちわの男どもが、スギ魔物の後を程よい距離をとってわらわらと取り巻いている。

 俺が施した【植物知識】で魔改造したスギ魔物。とりあえず暴れさせたいので暴れる要因を考えることにした。

 スギ魔物(♂)がスギ魔物(♀)を探して動き回ればいいかと思ったのだが、♂=花粉なので、♀を歩き回らせることにした。なんとなく。

 

 その結果がこれである。


 下半身が杉の枝でわさわさしてるゴジラなみの大きさを持つ少女が街を♂を求めて彷徨っている。ちなみに♂はまだ作ってないから、いない存在を求めて無駄に彷徨う可哀想なスギ魔物ちゃんだ。

『なぜ暴れさせる必要があるのですか!』

「スギが全人類にとって敵だという共通認識を植え付けたいからだよ!!」

『それを作ったあなたが全人類の敵ではないですか!!』

「どーも、魔王勇者です! ……しかし、容姿を間違えたな」

 どうせなら可愛い子と思って、異世界で俺のD(童貞)を捧げたパーティーメンの聖職者の顔にしたら、ファンがついている……。

 巻き込み事故が起こりそうで殴りに行きにくいし、彼女の顔を殴ることにちょっとためらいが出てしまう。


「女神様どーしよこれ」


『いい加減にしなさい!!!』






「あれ? ユウキ!? ユウキー!!」

「元の世界に帰ったんじゃないの!? 何その兜は?」

「ユウキー! 一秒会えなくて寂しかったよー!!」


 ……異世界に再登場してる、俺。


「女神様?」

『それだけの力を持ってしまったあなたを元の世界に戻したのが間違いでした。こちらの世界で余生を過ごしなさい!』


 女神様オコぉぉぉ!!!!!


 フルフェイスマスクをぐっと上に押し上げる。空気がうまい。くしゃみ鼻水が出ない! 目がしょぼしょぼしない!!!

 家族や友達のことは少しさみしいけど、俺はもう元の世界で生きられない体になっちまったしな、まあ、諦めるか。




 勇者の暴走に慌てて再び召喚した結果、元の世界の衣服までこちらへ運んでしまった女神様(本体)。

 衣服についてきていたスギ花粉がこの世界で魔物として勇者と戦うのは、また別のお話。

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