仮-百華繚乱

@ppp-slv

第1話 序

神奈川県某所─


「しゃ!レート更新!!!」

コントローラーを置くと慣れた手つきで写真を撮りスマートフォンに映し出されるツイートボタンを押す。

地元から出たことの無い箱入り少年“空木良定”は友達といえる人物もいず、ただひとりゲームに明け暮れていた。

部屋を灯すのはテレビゲームの閃光と携帯の僅かな明かりのみで、明る過ぎる画面には彼の幼い顔が映ることもなかった。

「は〜ノルマ達成したし寝よっ。明日金曜だし...」

静かに眠った少年は、ただの少年であるはずだった─


金曜日の学校。普通の学校だ。週末だからかいつもより浮かれてる人が目立つかな。そういった至って普通の学校だ。優しい人がいて嫌な人もいる、学校に来ない人もいるし、来てるのに忘れられてる人もいる。一番最後は僕のことだ。有難いことにいじめられたりはしない。そこまでの関心すら持たれないからだ。ある意味一番辛いような気もするのが、それは自分が虐められたことがないからだろう。

5月でも相変わらず震え上がるような寒さの中ポケットの中のカイロを握って冷えきった手を暖める。心のカイロであるゲームをできない時間は苦痛である。


僕みたいなやつは教室だろうがどこだろうが一日中気配を消して過ごす。友達がいなかろうと多少のプライドはあるからだ。極力目立たないようにと。果たしてこれをプライドと呼べるのかは甚だ疑問だけど。

人と関わりたい訳ではないが、40人近くの人がいる教室で一日中喋らないのは僕くらいだ。時々「あいつって声出るの?」「おいおい聞こえんぞ」なんていう会話が耳に入る。

当然反論したくもなる、でもコントローラーさえ握ればお前なんてねじ伏せられるんだと心の中で叫ぶぐらいしかできることなどなかった。このようなことを考えるなんて情けないとは思うが成績も運動神経も大概皆は僕より下だし。だから黙って今日という日もやり過ごす。いやな人間だな。一体僕はいつからこんなこと続けているんだっけ。


「うっつぎくーん」

聞き覚えのある声で目が覚めた

「はいッ!?!!」

「寝てた?珍しーね。まいーや委員会のやつつくろ」

「あ、ああぁ...うん...」

「なに、面倒くさいのー?わかるけどさ」


垂れ目でサラサラの髪をもった少女キョウさんは同じクラスの人気者だ。面白いし なによりかわいい感じの。たまたま委員会が一緒になってしまい会話する機会ができてしまっただけだけど僕は女の子と根明が苦手なのだ。両方を併せ持つ人と喋るなんてアレルギーが出そうだ。雪原を裸で歩き回るほどおそろしい。そもそも陰キャが明るい女子に絡まれるなんて、100億回擦られているラノベっぽくて嫌だし。なにより他の人の怨みを100億個買いそうだ。


「なー!!聞いてんの?」

「えぁ?!な、なんでしょ...」

「やーっぱ聞いてないじゃんかー。まったくさ今日までなんだからちゃんとしてくれって」

「す、、みません」


畏まる僕をよそに彼女は、うつぎクンってすぐ謝るよな。なんて言っていいながら椅子を揺らしていた

僕はすみません。と、申し訳程度に微笑んで委員会で使う飾り付けを作り始めた。突如すごく気色悪い笑顔じゃなかったか不安になりキョウさんを見上げたが、キョウさんはそんなこと気にせずハサミに手をかけていた。


「そーいえばうつぎくんってさ、人生楽しーわけ?」


「え?」


綺麗に線の上を辿っていたハサミはその一言で真っ直ぐに入った。間違いない、悪口である。陰キャだから、僕がずぅっと独りでいるから、さっきの微笑みがキモかったから...!ラノベみたいで嫌なんて嘘だ。ラノベのヒロインはツンデレキャラじゃない限りこんなこと言わないし何より彼女はツンデレキャラではない。思ったことは口にするし、思ってないことは決して言わない。現実はラノベとは真反対なのだ。現世は残酷なものだと僕は今の今まで忘れていたというのか。


「お───。わたしは時々帰りたくないよ」


キョウさんは遠くを見た。

悪口かなんてどうでもいい。その位、深刻に感じたのだ。何も言えなかったというか、言ってはいけない気がした。だって僕は一体彼女の何を知っているだろう?キョウさんが経験してきたことの多くはみんな知っちゃいない、そんな感情で止まってしまった僕の手をながめキョウさんは困ったように笑った


「あのさ、いーことってあんましないけど、期待することは悪いことじゃないと思うんだよ」


僕にはその意味がよくわからなくてキョウさんの顔を見つめてしまった。今まで見つめたことのなかった彼女の瞳を。はじめて間近で見た彼女の瞳は深淵のようだった。その瞬間聞いたことの無い爆発音を耳にしたんだ。


正面に座るその子は驚いた様子もなく、窓の方に目をやった。時間にして数秒だろう とてつもなく長く感じていたが、誰かが廊下を走る音で我に帰った。その音は確実に此処へ近付いて来ている。

僕は底知れない不安に襲われた。でもそれは聞き覚えがない爆発音と誰かが向かってきているせいではなく

他でもなく目の前にいる少女の何かを知ってしまった気がしたからだ


「ん、ふよーくん 聞こえた?あのさほんとに....いいの?.....ん、りょーかい」


「き...キョウさん...?」


彼女は振り向いて少し考えた後、僕のもとに寄って紙切れを渡した後


「きっとだけど いいことあるよ。きっとだけどな?」


そういって当然のように窓から身をなげた。

僕は動けないままでいた。


間髪入れずに教室のドアが開いた


「こんにちわー!迎えにきたよ!」


状況に似合わず明るい声の主は此方へ一歩二歩と近付いてくる でも振り返ることができなかった。

理解が状況に一切追いついてない。


遂に僕の両肩に声の主が触れた

そしてこっちの顔を覗き込んだ。そこにはこの恐怖とは真逆の可憐な少女が困った表情で僕のことを見ていた


「キミがウツギくんだよね?もう大丈夫だよ」


僕は多分其れに少し安心していた。見ず知らずの女の子の優しい声に──

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