不思議な親子

 まるで本物の宝石が目にはめ込まれているかのような澄んだ瞳に、間抜けな顔をした俺が映っていた。自分の気の抜けた顔でさえ、この目を通せば良いものに見えそうだ。

 あまりの美しさに見惚れていると、水色の瞳がスッと横に細められた。


「……話せないのか?」

「え? ああ、いや、悪い。俺は第一魔術師団長からの特別任務で来た。ヴァミリオンと言う。第三魔術師団の人間だ」

「ああ、お前が例の……」


 魔力回路を損傷した魔術師か、とこちらを見下ろす男は、見た目は俺と同じくらいの年齢に見える。しかし、ザグラスとはまた違う、高位の貴族らしい威厳のある空気を纏っていて、ずっと年上の貴族の老人と対峙しているような感覚を覚えた。


 入れ、と案内されて足を踏み入れると、パンを焼いているいい匂いと、ニンニクの食欲をそそる匂いが鼻をくすぐった。この店はカフェのようだった。

 店内に入って最初に目についたカウンター席の奥では、カタカタと何かを調理している小さな背中が見えた。


「シノ。客だ」


 男が声をかけると、くるりと体をこちらに向けた少女と視線がぶつかった。ふわりと少女が微笑んだ姿は、前にザグラスの屋敷で見た絵画の天使のように美しく見えた。


 シノと呼ばれた少女はカウンターの前までやってくると、本くらいの大きさの紙をこちらに差し出して、また調理場へと戻っていった。


 なんだ? と思いながらも目はスラスラと字を追いかけていく。


"いらっしゃいませ 席にお座りになってお待ちください"


 会話をする暇もないほど忙しいのか、これがこの店のスタイルなのか。

 男は何も言わない。


 俺以外に客が見当たらないので、きっとこの店はこういった案内の仕方なのだろう、と思っておく。

 男が静かにカウンター席へと座ってくれたので、俺もその隣に腰かけた。


「昼食はとったのか?」

「いや、まだだが……」

「それならちょうどいい。今からだからな。シノ、三人分用意してくれ」


 男がそう言うと、調理中の彼女は分かったとでも言うようにスッと片手を上げる。

 まるでその返事の仕方を予測していたかのように男が少女をじっと見つめていたのが気になった。


「あの子は?」

「私の娘だ」

「むすめ!?」


 光に当たるとキラキラと輝く銀色の髪。澄んだ水色の瞳。皆が口を揃えて言うだろう整った顔立ち。男のほうは胸の辺りまで髪を伸ばしているのに対し、少女は肩より少し上で丁寧に切り揃えられているという違いはあるものの、たしかに容姿はとてもよく似ている。

 しかし、男にこんな大きな娘がいるとは誰が見ても思わないはずだ。俺だって、少し年の離れた兄妹だと今までずっと思っていた。


「失礼ですが、いくつなんですか」

「お前が思っているよりはずっと年上だろうな。それと、堅苦しいのは嫌いだ。気にするな」

「……神様ってのは不平等だな」

「人間が勝手に祭り上げているだけだ。そんなものだろう」


 苦笑する俺と同様、男も鼻で笑っていた。

 無神論者なのだろうか。なんとなく、この男とは気が合いそうだ。


 男のほうが話しかけてくることは一切無かったから、俺が話題を振ると返事をしてくれるという程度のものだったが、しばらくの間彼とちょっとした世間話をして過ごした。


 やがて、調理場の火を消す音が聞こえてきた。


「出来上がったみたいだな」


 そう言うと男は立ち上がって調理場まで歩いていく。


「シノ。あとは私が運ぶから席に座っていろ」


 俺も手伝ったほうが良いかと立ち上がりかけると、微笑みながら首を横に振る少女と目が合った。

 何も言っていないのに、と自分でも一瞬動揺したのがはっきり分かった。

 あの少女は人の心が読めたりするのかもしれない。


「あの魔術師の隣に座ってやれ。貴族の男の使いで来たらしい。シノのほうが上手く話せるだろう」


 思わずどういうことだ、と男を見てしまったのは仕方がないだろう。

 ザグラスからは、この店の手伝いをして欲しいという特別任務を受けて来たのだから。

 店主である男と詳しく話をしようと考えていたのに。


 するとそんな俺の疑問を察したかのように、少女は俺の隣へとやってくると羽ペンで何かをスラスラと書き始めた。

 何を書いているのだろうかと手元を覗き込んだ途端にピタリと彼女の手が止まる。


"ご挨拶が遅くなりました。このカフェの店主をしています、シノと申します。生まれつき声が出ないのでこのような形の会話ですみません"


 ペコリとこちらに頭を下げる少女が今ほんの十数秒で書いたとは思えないほど、とても美しい字だった。


 なるほど、声が出ないために筆談なのかと納得がいった。

 だがこんな少女が店主をしているだって? 看板娘というわけではなく?

 ザグラスの言う「この店の手伝い」とは「声が出ない彼女の手伝い」ということなのだろうか?


 さまざまな疑問が頭の中をグルグルと回転していった。


 ザグラスは魔術が必要ないと言っていたから、どうせ大した任務ではないのだろうとたかを括っていたが、いずれにせよ想像していたよりも大変な任務になりそうだと、乾いた笑みがこぼれた。

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カフェ『ガーデニアの家』の不思議な親子 文月はづき @07hazuki

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