第6話:ライムグリーンの輝きを
前の話(桜田さん)
https://kakuyomu.jp/works/16818093090933341388/episodes/16818093090933389643
クリスマスだからと言って、特になんてことも無く学校の時間は過ぎ去って、陽気なクラスメイトたちはキャッキャと騒いでいたけれど、到底そこには混じれなくて。
校門を出ると、もうもはや日常に解けつつある雪がはらはらと舞っていた。
朝は、そう大して降ってなかったくせに。
思わずブレザーの袖を掴む。いつもならコートでも着てくるのだが、今日はあらぬ期待でも抱いていたのか、寝坊して忘れてきてしまったのだ。
あぁ、寒い。ぼんやりとまとまらない思考は、いつしか頭にこびりついて離れなくなってしまった石倉の存在に向かって行く。
違和感を感じてから少しして、いつもの如く観察している間に俺の感じた、石倉への違和感はいつしか確信に変わっていった。
この前はツリーを眺めてため息を吐いたかと思えば、恋人たちを見つつ眩しそうに目を細めていて。そして、ふとした瞬間に黄昏れる様な顔をするように感じていると、今という季節はクリスマスだということに気が付いた。
……こうもピースが揃えば、俺にだってどうして石倉が変なのかも、気付けないことでは無くて。
あぁ、畜生。
……気付いたから、何だ。だから、何だってんだよ。
馬鹿馬鹿しい。
そう毒づくのに、威勢もその無い言葉はもうもうと白い煙になって霧散して。
……気付くべきじゃ無かったんだ。
俺という人間は異性が苦手で、他人に無関心だから、他へむける心なんてものを忘れ去ってでも働ける奴なはずで。
なのに、どうして今、石倉の一挙一動に俺は心を動かされている?
このままだと、引き返せなくなるぞ。
頭の中で、変わろうとしない俺が警笛を鳴らす。
「馬鹿馬鹿しいっ!」
……黙ってろ。
俺が変わらないから、俺が変わろうとしないから。どうせ、どうせと自分のことを先延ばしにしてしまうから。だから、俺のこの呪いは解けてくれやしないんだ。
俺の本心はどうなんだ。あいつの横には俺が居たいと感じたあの時の感情は、聖夜のツリーが見せた幻覚だったとでも言うのか?
俺の心に問うが、そんなもの分かりきっている。
イルミネーションで街はまだキラキラと輝いている。この人工的な光さえ今の俺には暖かい。……聖夜はまだ、終わらずに俺を見守ってくれるはずだ。
華奢な石倉、生真面目な石倉。あいつの横は、俺がいいんだ。
なぁ、サンタ。
願掛けでもするつもりで、至る所でピカピカと光る赤い帽子を見つめてみる。イルミネーションに照らされたサンタはまるでこの季節の象徴だ。それはまるで、俺たちをクリスマスへいざなう道しるべのような。
道しるべ、か。
……そういえば。
雷でも落ちたかのような唐突の閃きに身を任せて、走り出す。
俺の学校からの最寄り駅、町一番のクリスマスツリーが目印、だったか。
ほんの数日前、石倉と会ったあの場所では2号店が開店予定なんだと、店長が嬉しそうに言っていたのを覚えている。
時計を見る。夜の早い冬はもうイルミネーションが燦々と煌めいていて。今から急ぐなら、石倉のバイトが終わるまでに間に合うかもしれない、とも感じられる。
冬の夜が長い事だけが、唯一の救いか。今夜を逃せば、また俺は変われない人間に戻ってしまう、そんな気がした。
頼む。あの目に痛いほどの輝きを俺が持つことは叶わないけれども、宝石たちよ、どうか俺を助けてくれないか。
ぜえぜえと荒くなる息を無理やり沈めて、豪奢な門をできる限り落ち着き払いつつ開ける。
商品配置が一緒なせいか、目的のライムグリーンはすぐに見つかって。
……安っぽいのは、分かっている。だけど、これでいい。
「こちら、いただけますか」
店を出るなり、身を翻して、走る。間に合うか、どうだ。
足が痛い、通行人の視線が集まって嫌だ。そんな感情もいつしか消え去って、目の端からだんだんと近づいてくる見慣れた扉を睨みつける。
ちょうどいい、このままの意気だ。
ダン、という音でもしていそうな程に力いっぱい扉を押し込むと、バイト中の石倉と、ばっちり目が合った。
「あれ? 倉岡さん、どうしたんですか?」
至極驚いたように石倉がこっちを見つめる。
「なにか、忘れ物でもしたんですか?」
「……あー」
……駄目だ。言えねぇ。当たり前だが、石倉は俺のこの気持ちを知りやしない。さっきまでの威勢はどこへやら、思いだけはこんなにも燃えているというのに、あと一歩が、どうやっても踏み出せそうじゃ、なかった。
「……なんでも、ない」
はぁ、情けない。周りから視線を集める俺自身が居たたまれなくなって、思わず回れ右をしてしまう。
はぁ。白い息が、広がって、消える。
さっきまであんなに高ぶっていた熱も、冷えてしまうとやはり虚しくて。ブレザーのポケットに突っ込んだ左手が感じる感触が、さっきまでは勇気をくれていた確かな感触が、今は余計に俺を虚しくさせる。
行きよりも全力だったのか、店からは歩いてでもかなりある、高く輝く大きなツリーがすぐ目の前に来ていて、思わずぶつかりそうになる。
こんな遠くまで来たら、石倉と会うなんていう万が一もあり得ないか。……だって石倉、バイト中だし。
痛む心を温めるように、人工的な光が輝くツリーを囲む塀へ腰掛ける。
なぁ、サンタ。俺は無理だったよ。深く、深く吐いたため息はまた白い雲になって霧散して。……これじゃ、逆戻り、いや、むしろ石倉には引かれたかも知れないな。星すらも見えない明るさの中、俺だけが陰にいるようで、余計に虚しい。
「帰ろうか」
どれだけの時間が経ったろう、もういい加減寒くなってきて、家に帰ろうかとした、その時。
ヒールが、飛んできた。
バイトの、黒くて質素な見慣れたヒール。まさか。
「……石倉」
そこには今、俺が逃げ出してきた人、石倉がいた。
とりあえずヒールを足元に置き、履かせてやると、俺の口は自然と動く。
「……石倉、仕事はどうしたんだよ」
石倉、どうか聞いてくれ。
俺にはとうていそんなこと言えなくて。思わず放った言葉は数秒の、いやもっと長い沈黙を生んでしまって。
そんな中だったからか、ひゅっ、みたいな、重い沈黙を破るかのように短く、浅い呼吸音がいっとう強く聞こえた。
彼女の威圧感が、目の前で膨れ上がる感じがする。
「倉岡さんが……誰かの幸せのささやかな道しるべになるなら。
……じゃあ、倉岡さんの幸せの道しるべには、誰がなるんですかっ!」
……何を、言っているんだ。
そう言おうとして……やめた。
彼女のその目は真剣で。その瞳には、豪奢なくせして安っぽい、クリスマスの電飾なんかじゃ表せない、まっすぐな光が宿っている。
硬直、そして次にやってくるのは驚き。驚いたのは何に対してか。石倉の大声か、その瞳か?
ただ、ただ一つ正しいのは、堪らなく石倉が愛しいということだけ。
「……私が、よかったんです」
ブレザーの上から俺を掴む石倉の手は、とても暖かかった。
「倉岡さんの幸せの道しるべになるのは———私がよかったから」
あぁ、石倉。それ、俺を殺しにでも来てるのかよ。熱い頬を寒さのせいにして、かじかむ手を言い訳にして石倉の手をつかむ。
「なぁ、石倉」
この年一番の、声が出た。
なぁ、サンタ。まったく粋なことをしてくれるよ。最後の最後に俺を試すようなことをして。
何かから守るようにずっとブレザーに突っ込んでいた左手の黒箱を取り出し、膝をつく。積もった雪が膝を通してその存在を主張するが、気にするものか。
「お前が、好きだ」
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