第2話 少し変な、俺の後輩

前の話(桜田さん)

https://kakuyomu.jp/works/16818093090933341388


 新しく後輩が入ってきたと思えば、そいつは変な奴だった。


「石倉つむぎと言います。新入りですが、精いっぱい頑張ろうと思います!」


 力こぶを作りながらおどけて言って見せる彼女に、この場がにぎやかになる中、俺は誰にもばれないようにこっそりと溜息を吐いた。

 新しいバイトが来ると店長が言っていたからどんな奴なんだろう、って少し期待していたのに、実際に来たのはちっちゃな中坊みたいな、よりにもよって女子だった。はぁ……面倒くさい。またキャッキャウフフとここで女子が騒ぎやがるのか。

 数か月前にやっとやめていった騒がしい、ネイルで派手な先輩を思い出すと頭痛がする。

 パン、スキンヘッドの店長が打った柏手の音で我に返れば、店長がにこやかに俺へ視線を向けていた。


「じゃ、石倉さん。これから研修期間はあそこにいる倉岡君にいろいろと教えてもらってね」

「え、俺すか」


 そんなの、ごめんだ。思わず喉から本音が口をつっついた。

 店長はどうせ俺の気持ちを分かっているくせして、年が近いことをいいことに後輩⦅石倉つむぎ⦆の背中を押して俺に送り出した。


「よろしくおねがいします!」

「……あぁ、よろしく」


 近くに来ると余計にそいつは幼く見えた。背丈は頭のてっぺんが、ようやく俺の肩に届くかどうかぐらいしかなかったし、声も俺がどう足掻いても出せないくらいに高い。


 それからひと月、俺は確かにそいつの仕事に付き合った。けれどもそいつは悲しいくらいに不器用というか無知というか、初めて棚卸しに付き合ってやった時には危うくネックレスを落としかけ、接客をさせてみると客に何かを言われるたびに「倉岡さん」とこっちにやってくる始末。


 正直、とても居心地が悪かったし、面倒だった。


 石倉がバイトに来てからちょうど一か月、夜の清掃をしていると、几帳面な字で「研修ノート」と書かれている茶色がかった大学ノートがお客用のソファに置かれているのを見つけた。多分石倉のではあるだろうが、興味が罪悪感を上回って、今日の清掃は早く終わったから、店長に報告する前に少しばかり覗き見ても罰は当たらないだろう、なんて自分に言い聞かせてみる。


 そういったほんの悪戯心からノートを開いてみれば、そこには表紙と同じ几帳面な文字でバイトの入り時間からその日のやるべきこと、さらには俺がアドバイスしたことにいたるまで事細かに書かれていた。


 変な奴だ、と思った。そしてそれと同時に、こいつなら俺の呪いを解いてくれるかもしれない、とも。


 ぱたんと表紙を閉じて時計を見れば、長い針がノートを開いたときとは真反対を指していた。俺にとってこのノートはよほど驚きだったらしい。店長に清掃終了の連絡をするのといっしょに、これ、忘れ物です。と、あのノートを渡しておく。


 失礼しました。そう言って扉を閉めようかというとき、何かいい事でもあったみたいだね。と、いつもよりもさらに顔の皺を深くした社長が俺の方を向いてそんなことをいうものだから「ええ」と俺は反射的的に返してしまっていた。

 石倉はきっと、今までの女子とは違う。あのノートを見てから、そう信じたいと思った。


 いつしか俺の目は石倉を追うようになっていて。今までぼんやりとしていたから気づかなかったが、初めはあんな危うげだった棚卸しの手際はとても良くて、おろおろしていた接客も、お客の前に立って堂々とするようになっていた。


「誰かの幸せの、ささやかな道しるべになる。それが俺たちの仕事だ」初めに石倉へ口にした言葉を口の中で転がす。確かに今の石倉の姿勢はどこまでも真摯に、誰かの道しるべであろうとしているものだった。


 そうして過ごして12月に差し掛かり、石倉は無事研修を終えて、接客に回されてカウンターで元気にお客と話す光景をよく見るようになった。

 石倉は研修後も時々話かけてはくれるが、やはり俺の呪いはそう簡単に解けてはくれなくて、積極的に話かけるなんてことは、出来ていない。


 そんな中、不意に、石倉が変だ、と思った。

 特に業績が悪くなっただとか、そんなわけでははない、けれども何となくお客を送り出すときに黄昏れるかのような顔をするのだ。


 今日もまた、この店が閉まって深い夜を迎えて。

 店長に清掃終了の報告を終え、扉へ手をかける。

 外では雪が降っていた。明るい電灯に照らされて銀に輝く粉雪、赤と緑で飾り付けられた外観を見てようやく気付いたが、クリスマスは、もうそろそろか。


 ポケットに手を突っ込んで、バイトのシフト表を引っ張り出してみれば、24日はフリーだった。

 もしも本当に善い行いをした者へサンタが願いを届けてくれるというのなら、一度ばかり、この静かな聖夜に思いを託してみるのもありなのかもしれない。唐突にそんな考えが頭をよぎった。

 至極自分勝手な話だ。自嘲気味に毒づくが、その言葉には覇気がなかった。……やはりあれか、石原なら俺の呪いを本当に解いてくれると信じてしまっているのか。


 どこまで馬鹿なんだ、俺は。


 その言葉は少しずつ積もってゆく真っ白な雪の中へ、凍えた息とともに消えていった。



 次の話(うたさん)

https://kakuyomu.jp/works/16818093090696352104/episodes/16818093090838583399

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