ルーザー

西順

私は見返したい

 1月の東京。温暖化久しい近年には珍しく、教室の外では雪が降り続けている。このまま積もるようなら、もうすぐ電車も止まるだろうから、午後休校で昼には下校となるだろう。こんな大雪の日には、私が『世間』に負けた、中学1年のあの日を思い出す。


 3年前━━。私は自分が特別な人間だと思い込んでいた。今振り返れば、周囲に馴染めなかった反動で、そう気取っていただけなのだが、自分は周囲の有象無象と違い、特別な人間で、それを周囲が理解出来ないから、自分は孤独なのだと、思い込もうとしていたのだ。


 そんな私の気分を盛り上げるのは、誰とも知らない新進気鋭の海外の新人アーティストの曲で、その日、午後休校になったので、傘を差しながら、ヘッドホンでスマホに落としておいた、そのアーティストの曲を聴きながら家路に就いていた。


 トンと背中を何かに突かれた。振り返れば、私とは真逆の、クラスの人気者である女子が、降り積もる雪の中、傘の先端で私を突いてきていた。


「何?」


 ヘッドホンを外しながら、不機嫌を隠そうともせず、私はその子に返事をした。私はこいつとは違う。こいつは世間に迎合し、世間と言う1つの集合体のうちの1人であり、そこから外れた私とは、何もかも違うのだ。当時の私はそんな風にその子を見ていたからだ。


「何を聴いているの?」


 その子は友達でもない私に、馴れ馴れしく尋ねてくる。傘でつつきながらなので、その綺麗な髪や、か細い肩に雪が降り積もるのを気にもせず、目を輝かせている。


「あなたが聴いても分からないよ。洋楽だから」


「へえ!」


 その子はその目を更に輝かせ、


「聴かせて!」


 と無遠慮に手を差し出してくる。ヘッドホンを貸して欲しいのだろう。こんな要求、普段の私なら無視していたが、その日は、その子の眩しい瞳に屈して、私は素直にヘッドホンを渡していた。


 私からヘッドホンを受け取ったその子は、「ふんふん♪」と鼻歌を歌いながら、私の好きなアーティストの曲にノっている。


「良いね!」


「分かるの?」


 疑いの目をその子に向ける。そのアーティストを真に理解しているのは、この地球中で自分だけだと言う、理由のない自信があったからだ。


「恋人へのラブレターの曲なんだね!」


「え? ……あ、うん。そう……かな?」


 ドキリとした。暗い曲調だったから、私はてっきり別れの曲とか、世間への反抗の曲だと思っていたのだ。しかし、どうやら英語に通じていたらしいその子の話では、この曲は恋人へのラブレターなどと言う甘い内容の曲だと言う。


「ありがとう! このアーティスト、私も好きになっちゃった! ダウンロードしてみよう!」


 そんなありきたりな言葉を吐き、その子は私にヘッドホンを返却し、傘を差して去っていく。呆然とそれを見送る私を置き去りにして。


 翌日からだ。そのアーティストの曲はまずクラスで人気を得ていた。クラスの人気者が勧めてきたのだ。この波に乗ろうと言う有象無象どもが、曲を聴いては、その子に「良いね!」と同意を示す。本当はそのアーティストの事などどうでもよく、『その子』に気に入られたかったように私には映って見えた。


 だがその波は私のクラスのみに留でまらず、学年に波及し、全校に波及し、地域に波及し、1ヶ月後には、全国ニュースに取り上げられていた。


 私の、私だけのアーティストだったそのアーティストは、遥か海の向こうで何故か流行し、それは自国に還元され、世界的なアーティストになっていく。そのアーティストは世間に迎合し、ワールドツアーは好評を博し、私だけが取り残されていった。……気になっていた。


「私たちって、気が合うのかもね!」


 ある日、その子が私に言ってきた。それは青天の霹靂で、私のプライドを完膚なきまでに粉々に打ち砕き、私が特別な人間でない事を告げる最後通牒であり、死刑宣告だった。


 クラスの人気者と言う、世間の中心にいるようなその子に、「気が合う」などと言われる事は、私の感覚は、私を爪弾きにした世間と同じと言われたのと同義であり、私が特別な人間でない事を証明する証言だったからだ。


「……うん、そうだね」


 プライドを粉々に打ち砕かれた私には、『世間』の伝道師であるその子に迎合する以外、自分を保つ道はなく、私はその日からその子の取り巻きの1人となったのだ。


 やはり午後休校となったので、雪で電車が動かなくなる前にと、早めに家に帰ってきた。


 自分の部屋に戻ってきたら、スマホにメッセージアプリから連絡が入る。件のその子だ。内容は、


『とうとう明日だね! 楽しみ!』


 との簡潔なメッセージだった。明日は、そのアーティストがワールドツアーで、来日コンサートをする日だ。私は当然のようにその子にコンサートに誘われ、偶然チケットが取れたので、その子と2人でコンサートに行く事になっていた。


『私も楽しみ!』


 こちらからも当たり障りのないメッセージを送ると、私は一張羅に着替え、ギターを抱える。


 誰にも言っていない秘密。その子にも言っていない秘密。私は仮面を被り、素顔を隠し、PCに繋いだカメラで撮影を開始する。ギターを掻き鳴らし、世間への不満を歌にする。叫ぶ。吠える。絶叫し、飛び跳ね、自分こそは特別だと、世間へのせめてもの抵抗を歌にして、ネットの海に垂れ流す。


 これは私が見付けた抵抗だ。こんな事をしているのが私だけとは思わない。誰かと同じかも知れない。それでも構わない。私が自ら掴み取った抵抗手段なのだ。私は、私の歌で世間へ雪辱を果たす!

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ルーザー 西順 @nisijun624

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