当主代理
凛とした声は、俺の思考を見透かしたように、否定の言葉を紡いだ。
驚き顔を上げれば、シュンセイの真っ直ぐな瞳に射抜かれる。
「眠っている間、具体的に何を経験したかは分からない。だが、甘い誘惑を見せる空間から、お前は自力で這い出てきた。それは生半可な意志じゃ叶わない。その理由が今は思い出せなくても、思い出す努力を怠るな、向き合え。人柱から逃げるために戻ってきたんじゃなくて、
シュンセイによる激励は、まるで胸ぐらを掴んで揺さぶられる様な、激しい熱を秘めていた。
しかし実際の彼は、指先一つ動かしてない。
ただその圧倒的なまでの威厳と言葉で、向き合うことから逃げるな、と。
最初の目的でもあった俺の行動原理を、尊重してくれた。
「ありがとう、シュンセイ……だけど」
「皮肉な話ですけどね」
最後まで言うより早く、トウノサイによって言葉を遮られてしまう。
彼は目尻を下げ、落ち着いた声音で語り聞かせる。
「ユメビシ君が居なければ、コエビ君は間違いなく誰かの手によって、始末されていましたよ。なので彼女を生かしたのは、君にしか成しえない功績です」
「それによぉ、あの子は此処にくる前から追われてたんだろ? 寧ろ境界が曖昧になって
カナンは言いながら、頭をグリグリと撫でてくる。
その無骨さが暖かくて、甘んじてそれを受け入れてると、くすくすと肩を揺らすリンシュウが視界に入る。
「ふふっ、逆に君はもう少し怒っていいのよ? だって、何も聞かされてなかったのでしょう、この詐欺師から。良いのかしら? さっきの口ぶりだと、当主にされるみたいだけど」
「当主……そうだ、当主ってなんだ!?」
『人柱』の衝撃が大きすぎて、すっかり流してしまった単語を復唱する。
詐欺師ことヨミトは、待ってました! と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべた。
「ねえユメビシ、そもそもの話。どうして
「え?」
――それは当主の件と、何か関係があるというのか?
訝しみながらも、昨日の状況を思い返してみる。
あの瞬間――寄生妖植物に苦しめられているコエビを見て、自然と体が動いていた。
これまで何度も積み重ねてきた行為の再現、と言えば良いのか。
何をどうすれば助けられるのかは、頭より身体が理解していた気がする。
色々と記憶が抜け落ちているのに、的確な対処が出来たのは、そのせいだった。
「……分からない。ただ手順が、身体に染み込んでいたとしか」
「そうだろうね。ユメビシに知識があろうが、なかろうか。記憶の有無なんかも実際は関係ない。だって
「手の……異能?」
手袋越しに、皺だらけで赤黒くなっている両手を眺める。
かつて移植された……見知らぬ誰かの遺物だったが、今ではすっかり馴染んでしまった自身の一部。
そういえば、と。今朝の衝撃的な光景が頭をよぎる。
ヨミトは素肌の手を熱っぽく撫でながら、誰かの名を口にしていた。
……そうだ。確か、『キク』と呼んでいたか。
「さらに正確に言えば、かつて
――ん?
「だから失踪中の当主が見つかるまで、ユメビシを当主代理に任命する」
「ま、待ってくれ。俺が……代理とはいえ、当主なんて」
急に言われても、困るに決まってる。
だけどヨミトの中にあった賭けでは、俺が戻って来た時点で当主になることは確定事項だったらしいから、何を言っても無駄な足掻きかもしれない。
そう脳で理解しながらも、ダメ元で拒否の意を示しておく。
「おや、嫌そうな顔だね? でも他に適任者はいないし、これ以上当主不在のまま放置も出来ないけど……救済処置はあげよう」
「救済処置?」
「ユメビシを当主代理から解放する条件は二つパターンがある。一つ、現当主が帰ってくること。正直これは望み薄だろうから、実際は残り一つ……ユメビシ以上の適任者を見つけてくること。制限時間は約半年後に催す秋祭り。それまでに見つからなかった場合、当主就任ノ義を行い、ユメビシには代理から正式な当主になってもらう」
今度は主人達が面食らう番だった。
反応は綺麗に二極化されており、笑みを浮かべるカナンとリンシュウ、悩ましい表情のシュンセイとトウノサイである。
「おい待て、半年後に主神祭? 正気か?」
「本気も本気だよ、シュンセイ。そちらのタイムリミットもギリギリだったしね、今年はなんとしてもやるよ」
「確かに、もう何十年と放棄してましたからね……これは慌ただしい、一年になりそうです」
ヨミトの有無を言わせない物言いに、否定派の二人は早々に諦めたらしい。
先程から会合は、ヨミトによる決定事項報告会になりつつある。
これで反乱が起きないのは、一応筋が通っているからだろうか。
「ひっさしぶりに、祭りが出来るのかぁ! 楽しみだなぁ、おい!」
「退屈しなさそうで、嬉しいわぁ」
――その祭りまでに、代わりの適任者を連れてこないと、俺が正式な当主にされる!?
話を総括すると、季楼庵の現当主は失踪中で、これにより不都合が生じていた。
その問題を俺が囚われることで補っていたが、戻って来た今、再びこの問題に直面している。
本来当主ではない俺に摘出行為がで出来るのは、移植された両手が……かつて当主だった『キクさん』の物だから。
成り行きはどうあれ、その力を扱える適任者が、当主になってくれ、と。
「……あのな、当主、当主って。そんなに重要な役職なら、どうしてもっと早くに代役を立てなかったんだ?」
「そう思うだろう? いやぁ〜。どこから話せば良いんだろうね、この場合」
何故かヨミトの視線は、シュンセイを捉えていた。
それどころか残りの三人も彼の様子を窺っているが、当の本人はそっぽを向いており、一向に口を開くそぶりを見せない。
「もう、まどろっこしいわねぇ。責任持って最初から話してあげなさいな、ヨミト。シュンセイもそれで良いわね?」
最初に痺れを切らしたリンシュウは、少し低い凄みのある声で先を促す。
上目遣いで笑みを浮かべているものの、背筋の凍る迫力があった。
流石に沈黙を続けるのが困難になったシュンセイは、両手を頭の横に掲げ、降参の姿勢をとる。
「……分かった。でも今は、手が移植された経緯までで充分だろ」
「シュンセイが
そんな何かが引っ掛かる前置きの後、ヨミトはゆっくり語り出した。
知られざる、俺と季楼庵当主達による――因縁の話を。
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